できるだけ幅広いテーマを、できるだけタイムリーに届けることができればと思いますが、場当たり的に時々の感想を綴るようなことをしても読み物として面白くありませんでしょうし、読者の方々にとっても役に立たないと考えます。
そこで、基本的事項から始めて、高度に技術的な事項まで、少し系統的に資産運用の全体を見通すような内容にすることにしました。ごく基本的なことから始めるのは、最近の資産運用のように専門性や高度な技術性が表面を被っていて、見かけ上分かりにくくなっている世界では、とても有益なことと考えるからです。資産運用とはいっても、要は日常の言葉としては利殖であり、素人の方がそこから連想されるものと本質的な差があるわけではありません。資産運用業界の立場としては、プロの責任として理論的枠組みを明確にした上で、様々な専門的用語を用いて技術的手法を論じなければならないのは当然です。しかし、そこに前提とされているはずの基本的な問題は、実は正面から論じられないままに放置されているのかも知れません。
例えば大分古い話になりますが、1990年の9月には、10年物の国債の利回りが8%を超えたことがありました。
このときには、長期信用銀行等の発行する利付金融債などの公社債を買い求める個人投資家が、銀行の窓口に長蛇の列をなしたとのことです。 実は、この後の日本株式市場の低迷と、長期金利の一方的な低下という事実からすると、このときの多数の個人投資家の行動は、投資成果上、極めて正しかったのです。誰しもが素朴な常識的判断として、金利は高いほうが得であるということはわかります。実際、投資の素人の個人の方々は、その常識的判断に従って正しく行動しました。しかし、投資のプロであるはずの機関投資家は、そのように行動できたでしょうか。むしろ、あの時の高金利は、プロの投資家による国債等の債券の売却が原因であったかもしれません。
投資において、金利の水準と並んで基本的な要素は時間です。実際、端的に金利の水準をいうことはありません。金利というものは、10年満期の国債の利回り・1年物の定期預金金利というように、必ず期間と一体となったものです。そもそも金融とは、時間の利益を供与することなのです。長期的には使途が明確でも、当面の具体的使途がない資金の運用ということが、資産運用の原点です。一方で社会には、設備投資、インフラ・ストラクチャ投資など、長期的に資本を固定しなければならない分野が沢山あります。ここに、長期資金の出し手と取り手の利害の一致という資産運用の古典的構図があるわけです。年金資産などは長期的資金の代表例なので、本来は具体的使途がない資金を長期に寝かすということが基本的な収益源泉になるはずなのですが、実際にそうなっているかどうかは疑問です。
また、株式への投資といえば、個別企業の株式への投資を考えるほうが普通のはずです。
一方で、株式市場の指数に連動する、いわゆるインデクスファンドなるものがあって、機関投資家の運用の大きな柱になっていますし、現在では、個人向け投資信託の世界にも普及しています。しかし、市場指数というのは日経平均のようなもので、まさに平均です。平均というような抽象的なものに投資するよりも、個別具体的な企業の株式を厳選して投資するほうが、常識的には本当の投資といえるのではないでしょうか。
それから、機関投資家の世界では、フル・インベストメント原則といって、株式市場の上限変動にかかわらず、余裕資金を一切持たずに資金の全額を株式投資に振り向けます。市場が下落すると思っても現金比率を上げることはしないし、市場全体が割高で、もはや買うものがないと思っていても、相対的に安いものを買うことで、やはり現金比率を上げることはしません。安いときに買って高いときに売るという、単純な常識的発想と少し違うのがプロの投資です。でも何となく、プロの理論よりも素人の常識のほうが受け入れやすくはないでしょうか。
もちろん、プロの投資が非常識だというのではありません。ただ、一つの可能性として、原点に合致した良識・常識の上に、高度に技術的な要素が付け加えられた結果として、原点が見えにくくなっていることも否定できません。
投資や金融というのは、人類の歴史とともに古い産業です。投資の理論の技術的発展はあっても、基本的仕組みは何も変わりません。単純な原点への回帰は、おそらくは次の技術的発展のきっかけを提供するかもしれません。かつてルネサンスという古代への回帰が、近代の幕開けとなったようなものです。
ということで、次回からは、金利・時間・銘柄選択・タイミングというような基本的問題を考えていきたいと思います。次回更新日は8月7日ですので、よろしくお願いいたします。
HCアセットマネジメント株式会社
代表取締役社長
森本紀行
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。