前回のコラムでも触れましたが、企業年金連合会と年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、「国内債券、国内株式、外国債券、外国株式」という分類を採用しています。この分類、おそらくは、背後に、ある思想を内包しているのです。つまり、資産種別を並べる順序からして、まず、国内と外国に分けて、それぞれを、株式と債券に分けるという、資産運用についての一つの考え方を前提にしている(自覚的にそうなのか、漠然と慣習的にそうなのかは、わかりませんが)のだろうと推測されます。
いずれにしても、連合会やGPIFでは、二つの重要な意思決定、国内と海外の配分、株式と債券の配分を、同一階層で、行っていることになります。一方、最近、一部で採用されている「グローバル債券、グローバル株式」という分類では、国内と海外の配分の決定は、論理的に一階層の下の決定になります。ガバナンスとは、とりもなおさず、意思決定の階層秩序のことでしょうから、資産分類が、そのまま、ガバナンスの問題になるのです。
このガバナンスの問題は、かつて、2009年4月16日の特集レポート「徹底的に投資を科学する-根本的に問い直されなければならない課題-」で、論じたことがあります。ご参照ください。ここでは、特に、大学財団モデルを例にして、意思決定における権限委譲の重要性を論じています。
権限委譲の問題は、実は、年金基金や大学財団(投資家と呼びましょう)の内部のガバナンスを越えて、運用会社との関係の問題につながります。
資産運用というものは、資産配分から個別の銘柄選択まで、一連の階層構造をもった意思決定の連鎖です。そして、ある階層から下の意思決定は、運用会社へ委譲されます。その運用会社に権限委譲された範囲を、法律的に資産運用の委託契約で明定し、それをマンデイト(mandate カタカナのまま使われていますね。意味としては指示・命令でしょう)と呼びます。逆にいえば、ある階層から上の意思決定は、年金基金や大学財団の内部のガバナンスの問題だということです。
さて、話を、グローバル債券とグローバル株式の二分法に戻しましょう。
グローバル債券とグローバル株式、それぞれの内部における国別分散等の下位の意思決定については、二通りが考えられるでしょう。それを投資家(年金基金等)の側で行うか、運用会社の側で行うか、その折衷として、一部(例えばエマージング株式への配分など))は、投資家が行い、その他は運用会社が行う、などです。
話は飛びますが、といいますか、話が複雑なので例を出しますが、債券の運用では、ブロード・マンデイト(broad mandate広めの委託範囲)とか、コア・プラス(core plus いわゆる「コア」の拡大適用)などということをいいます。これらは、運用会社の責任範囲を大きくする運用委託形態のことです。
債券では、株式以上に、投資範囲の適格性についての制約が多いのです。代表例は、その名も投資適格(investment grade)社債です。普通は、BBB以上の格付をもつ社債と定義されるものです。多くの投資家は、投資非適格社債(ハイ・イールド債権 high yield bond 定義上、BBBよりも低位の格付をももつ社債)の組み入れ比率に制限をつけています。つまり、ハイ・イールドを独立した資産分類として、投資家内部のガバナンスで、投資額を管理しているのです。
ところが、現実の投資の機会としては、ハイ・イールドと投資適格社債との間の相対価格変動に、大きな投資妙味がある場合が多いのです。一般に、投資家内部の意思決定は、市場環境に機敏に対応できるほどには、柔軟には設計されていません。もちろん、敢えて機敏な意思決定の可能性を排除しているという面も、あるでしょう。それも、一つのガバナンスの設計哲学です。ですから、投資家の意思決定としては、ハイ・イールドの比率を環境に合わせて変えるようなことは難しい。故に、投資の機会を捉えにくい。
そこで、工夫されたのが、ブロード・マンデイトやコア・プラスと呼ばれる戦略です。これらは、一定の条件の中で、運用会社の判断として、ハイ・イールドなどの「本来的な投資対象(即ち中核という意味でコア)に含まれない資産(代表的には、ハイ・イールド)」への組入れを決めるものです。つまり、権限委譲の問題を少し工夫することで、ハイ・イールドの投資機会を捉えようとする努力なのです。
ガバナンスが資産運用にとって重要だということの本当の意味は、投資家と運用会社との間の権限委譲(マンデイト)を工夫することで、投資の機会をより巧みに捉えようとする、絶えざる努力の重要性です。もちろん、投資家の内部の組織的な権限委譲、といいますか、そもそも組織とは権限委譲の体系ですが、ここにも絶えざる工夫が必要なのです。
また、話は飛ばして、別な例を検討しましょう。
企業年金連合会のウェブサイトの「年金資産運用の基本的考え方と運用概況」をみると、「運用基本方針」、「政策アセットミックス」、「マネジャー・ストラクチャー」という、三つの階層をもっているようです。この構造、どのように連合会の組織と関連しているのか、別の機会にでも検討してみたいのですが、今の私の関心は、最後の「マネジャー・ストラクチャー」という階層です。
具体的に外国株式のところを見ますと、「国際分散投資」と「地域特化」という二つの種別があるようです。おそらくは、「国際分散投資」のほうは、国別・地域別分散等の下位の決定を運用会社(マネジャ)に委譲した委託形態で、「地域特化」のほうは、国別・地域別分散等の下位の決定も連合会が下した上で、各地域専門の運用会社に委託しているものだと思われます。
もしかすると、「地域特化」のほうは、特殊性の強い(それだけ分散効果の大きい)もの、例えば、エマージング株式とか、米国中小型株とか、さらにはプライベート・エクイティ(連合会の「年金資産運用の基本方針」には、プライベート・エクイティについて、「株式エクスポージャーの一部として投資を行う」と規定されています)などに重点を置いているのかもしれません。
連合会の投資の仕組みは、論理的には、「国内株式」と「外国株式」の配分決定が「政策アセットミックス」のレベルにあり、「外国株式」の中の一部の地域別配分が、「マネジャー・ストラクチャー」の中の「地域特化」のレベルにある、そういう構造になっているようです。
さて、この論理的構造と、連合会の組織(即ち、連合会内部の権限の委譲関係)が、どのように繋がっているのかは、残念ながら、ウェブサイトの中からは見えてきません。
実は、この点を、前掲の特集レポート「徹底的に投資を科学する-根本的に問い直されなければならない課題-」で問題にしたのです。
はっきりと、わかりやすくいってしまえば、例えば、「エマージング地域特化の株式運用会社の選択」にかかわる決定権限は、どこにあるのかということです。私の特集レポートでは、米国大学財団の例を引き、このような下位の意思決定は、現場の運用チームへ権限委譲されるべきなのではないか、ということを述べたのでした。
分類はガバナンスです。私は、前回のコラムで「分類という作業は、論理的・系統的に、大きな分類から、小さな分類へ降りていくものです」と書きました。意思決定というのは、論理的・系統的に、大きな決定から、小さな決定へ降りていくものです。二つのことは平行しています。だから、分類はガバナンスなのです。
分類の上位は、大きな投資領域を意味し、したがって大きな権限を意味する。分類の下位は、小さな投資領域を意味し、したがって小さな権限を意味する。大きな権限は、組織の上位に属し、小さな権限は、組織の下位へ委譲される。これは、投資の、というよりも、社会組織の常識です。
ところで、「大きな投資領域」とは、必ずしも、時価総額のような物理的な大きさを意味するのではないでしょう。理論的には、分散によるボラティリティ(私は、リスクとはいいません。この点は、ぜひ、2月18日のコラム「投資の損失とリスクとボラティリティ」をご覧ください)の削減効果への寄与度の大きさを意味するはずです。
資産間の相関の高まりが分散効果を下げていると指摘されています。おかしな議論です。そもそもが、分散効果が低下したのは、分類が適切でないからです。市場構造の変化に合わせて、分散効果の視点から分類を見直すことは、ガバナンスの論点と並んで重要なことです。次回は、このテーマを取り上げましょう。
アセット・アロケーションと分散効果(2010.3.18掲載)
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。