何をいまさら、というような表題ですね。過去の損失処理を巡る不適切な会計処理が露見したこと、これが株価下落の原因ですよね。どうみても、そうとしかみえませんが。
株価下落と、その原因との関係は、科学的論証の困難なものだと思います。故に、仮に、株価下落に伴って生じた株主の損失について、損害賠償請求訴訟が提起されるにしても、「金融商品取引法」第二十一条の二(虚偽記載等のある書類の提出者の賠償責任)の適用がない限り、簡単ではないと思います。つまり、オリンパスの過去の経理処理が有価証券報告書等の虚偽記載等に認定されることが、必要なのだと思います。
なお、いうまでもないですが、「金融商品取引法」第二十一条の二の意義は、損害額の推定規定をおいたことにあります。逆にいえば、推定規定をおかない限り、損害額の認定が困難であることを示しているのです。つまり、この規定により、虚偽記載と株価下落に伴う損失との間の因果関係、および損失額の見積もりについて、挙証責任の大幅な緩和が図られているのです。そうでもしない限り、損失額の認定はおろか、損失をもたらした株価下落の原因についてすら、論証が困難であるということです。
オリンパスは、虚偽記載の事実を公表したわけではないですね。
そうです。虚偽記載を公表したのではなくて、虚偽記載の可能性を完全には排除できない不適切な処理の存在を公表しただけです。もしも、この不適切な処理が虚偽記載に該当することが判明し、そのことを改めて公表したら、それが虚偽記載の事実の公表になるのだと思います。
故に、いつ虚偽記載の事実を公表したのか、という技術的な問題が生じますね。常識的に考えれば、不適切な処理を公表した日に遡って、虚偽記載の事実を公表した日を認定するのだと思いますが、あくまでも形式的な議論をすれば、不適切な処理を公表した日ではなくて、それが虚偽記載であったと公表した日が、虚偽記載の公表日になるのでしょうね。些細なつまらないことのようですが、法律の適用は、簡単ではないでしょう。
オリンパスの株価の下落は、不適切な処理の公表よりも前、前社長の解任から始まっていますが。
法律の規定は、「当該公表日前一月間の当該有価証券の市場価額の平均額から当該公表日後一月間の当該有価証券の市場価額の平均額を控除した額を、当該書類の虚偽記載等により生じた損害の額とすることができる」としています。
オリンパスの事案の場合、仮に虚偽記載に該当したとしても、どの日を虚偽記載の公表日とするかで、推定損害額自体が大きく動いてしまいます。前社長の解任のときには、不適切な処理すら公表されていないので、この日まで起算点を動かすことは、さすがに難しそうです。実質的な損失は、前社長の解任のときから始まっているのですが、その日から虚偽記載の公表の日までの損失は、この規定とは別の仕組みで論証するほかないのかもしれません。困難な論証になると思います。
法律の規定は、この規定ができる以前の西武鉄道等の虚偽記載に関する判例と、当然でしょうが、同じ基本思想に立脚しているのです。即ち、虚偽記載の事実を知っていたならば、そもそも投資自体を行わなわなかったであろう、という想定です。つまり、株式を保有していたこと自体が損失である、という想定なのです。故に、虚偽記載の公表の後に株価が下落したときは、株価の下落と虚偽記載公表との間の因果関係の立証抜きで、法律的仮構として、その間の因果関係の存在を推定し得る、という構成にしているのです。
しかるに、オリンパスの事案の場合は、前社長の解任と株価の下落との間に、事実としての連続性が認められるにもかかわらず、その間の因果関係を論証することはできないであろう、と考えられます。ただし、事後的な調査の結果、前社長の解任の背後に虚偽記載の事実があったと判明したときには、前社長解任、後任社長による不適切処理の存在の公表、そして虚偽記載の公表に至る一連の時間経過と、その間の株価変動との関係で、法律の推定規定が当て嵌まる損失を特定することもできなくはない、と考えられます。しかし、相当にこみいった話になりそうですね。
念のためですが、ややこしい話を整理いたしますと、ここで法律の推定規定に当てはまる損失というのは、その背後にある株価の下落が、法律の構成上は、虚偽記載の公表に起因するということであって、それ以外の株価の下落は虚偽記載の公表と関係がない、ということです。
虚偽記載の事実を知らずに投資したことが損失の原因であって、虚偽記載の公表は損失実現のきっかけを与えるもの、ということなのだとすると、虚偽記載の内容は関係ない、ということでしょうか。
おそらくは、そのようにいいきっても構わないのだと思います。虚偽記載の内容が、例えば、有価証券投資に絡む損失を買収に絡めてのれんへ付け替えたこと、ということだったとして、その操作の事実を最初から公表していたら、株価はその事実を織り込んで形成されるのでしょうから、別に不都合はないでしょう。しかも、そのような馬鹿なことは、理屈上、起きないですよね。だったら、最初から、余計な操作をせずに適正な開示をすればいいのですから。
適正な情報開示のもとで、公正な株価が形成され、それに基づいて投資家による株式の売買がなされている以上、ある企業の中で有価証券投資による損失が生じたこと自体は、不適切な経営かもしれませんが、不法でも、違法でも、不正でもないですよね。その結果、株価が下がろうが、それは、自然な市場要因による株価変動です。しかも、金額の多寡にもよるのですが、その損失が、本業とは関係のない有価証券投資によるもので、しかも一回性の過去の出来事だとしたら、将来の企業価値へ与える影響はほとんどないとみなされ、株価が大幅に下落することも考えにくいのです。
オリンパスは、2009年5月12日に、2009年3月期決算で、巨額なのれんの償却を行うことを発表しているのですが、その情報の公表自体は、株価にほとんど影響を与えていませんね。
そうです。逆に、5月13日には、急騰しています。もっとも、2008年中に、2009年3月期が大幅な減益になるとの見込みを発表していて、その段階で株価の大幅下落がおきていたことも、2009年5月には株価に反応がなかった理由かもしれませんが。要は、いかに巨額なのれん償却でも、公表さえされていて、それが将来にわたる企業価値に影響がないものと判断されれば、株価には反応しない、ということでしょうね。
もしも、2009年の5月12日の開示情報が、より真実に近い内容のものだったらどうなっていたでしょうか。例えば、ここで計上する損失は、過去の有価証券投資に起因する損失で、不適切な処理により、のれんの形態をとっていたのにすぎない、というような発表をしていたらどうでしょうか。
おそらくは、虚偽記載に該当し、上場廃止になるとの観測から、株価は急落したのではないでしょうか。入念な事前準備のもと、2009年3月期において、過去の不適切処理の完全な更正を行うと発表しても、それが虚偽記載に該当する可能性は残るので、上場廃止の可能性による株価下落は免れなかったような気がします。
もしも、オリンパスが、損失を隠さずに、金融商品会計が導入された2001年3月期において、全て減損処理をしていたら、どうなっていたでしょうか。
その発表によって、株価が下がったか、ということですよね。全く、わからない。少なくとも、当時の経理処理の適正性についての基準からいえば、2000年3月期までは、含み損を抱えた有価証券を簿価計上しておくことは、ある程度は、許容されていたのだと思われるので、虚偽記載が行われていたとは判断されなかったのではないでしょうか。つまり、オリンパスの将来的企業価値に与える影響は限定的という評価になって、実は、株価の下落も限定的だったのではないでしょうか。あるいは、下落自体しなかったかもしれない。
では、なぜ、当時のオリンパスの経営陣は、損失を隠そうとしたのでしょうか。
第三者委員会の調査は、その原点における動機を解明するものでなくてはいけないと思います。ただ、常識的に考えて、いくつかの可能性は、思いつきますね。まずは、経営責任の曖昧化。第二は、何らかの不適切な技巧による損失の隠蔽が行われていて、当時において既に、実体を公表し難くなっていた可能性。第三が、自己資本の維持。
私は、第三の自己資本比率の問題に、大きな関心をもっています。なぜなら、もしも、このような大規模な不適切な経理処理を行う実益、経済的実益が、オリンパスにあったとしたら、自己資本比率の維持が、そのうちの重要な一つであったろう、と思うからです。
2000年3月期では、オリンパスは、今よりもずっと小さな会社でした。総資産5360億円、純資産1900億円であったのです。この中に、もし1000億円の損失が隠れていたとしたら、オリンパスの財務基盤の実体は、かなり違っていたと思われるのです。
現に、今のオリンパスの問題は、自己資本比率が低すぎる、有利子負債が大きすぎる、ということですね。
そうなのです。オリンパスの発表を信じるならば、結局は、繰り延べてきた損失は全て実現しているので、自己資本比率は、2009年3月期以降、かなり低くなっているのです。実は、ここに、今回のオリンパスの株価の下落率が大きい理由が潜んでいるのだと思います。
つまり、融資している銀行の対応によっては、オリンパスは、資金繰りに窮する可能性があるのです。極端な場合、黒字倒産すら考え得る。そこで、いまのオリンパスの経営にとって、銀行の支援をとりつけることが、極めて重要な課題になっているのだと思われます。
その際の障害が、反社会勢力の介入の有無ですね。
おそらくは、ここが最大の注目点なのでしょう。もしも、経理操作の手段として、反社会勢力を利用し、そこへ資金が流出していたとしたら、オリンパスは、お終いでしょうね。銀行の社会的責任として、融資を継続することが困難になる可能性が高いからです。
11月21日に、事態の調査にあたっている第三者委員会は、これまでの調査では反社会勢力へ資金が流出した事実は明らかになっていない、というコメントを発表しています。これは、調査途中の発表としては異例だと思いますが、高度に機微にわたる論点であることを反映しているのです。
上場廃止に伴う損失は、どう考えるべきでしょうか。上場か非上場かは、企業価値に関係ないですよね。それでも、損失はあるのでしょうか。
上場廃止に伴う実体的損失は限定的なのだと思います。上場廃止によっても、企業価値に大きな影響は生じないだろうからです。しかし、株価の下落による損失は別問題ですよね。これは、株式の価値と、株式の価格との間の難しい問題なのです。上場廃止によって、価値は変わらなくても、価格は変わるのだと思います。
上場しているということは、株主にとっては、市場で自由に売買できるということですが、非上場になってしまうと、自分で苦労して買い手や売り手を見付けてこないといけなくなるし、譲渡価格の算定も面倒になる。では、上場しているということの価値、市場で自由に売買できるということの価値は、どの程度のものでしょうか。例えば、株式の実体価値を100としたときに、それが、上場しているときには、その上場しているということだけで、どれくらい割高になるのでしょうか。私の適当な感覚を述べてよければ、30前後くらいではないでしょうか。
さて、今回のわかりにくい話をまとめると、どうなりますか。
第一に、オリンパスの発表を信じる限り、損失の償却は完了しており、いまさら、過去の経理処理の方法の適正性を議論しても、将来にわたるオリンパスの企業価値には影響がないだろうから、株価が大きく下がる理由はないのではないか、ということ。
第二に、虚偽記載と認定されて、上場廃止になる可能性がある。その場合でも、企業価値が変わらない以上、株価は三割程度の下落にとどまるべきなのではないか。特に、非上場化されても、被買収によって回収できる可能性や、再上場にそれほどの時間を要さない可能性、などを考慮すべきだろう、ということ。
第三に、最大の危険性は、反社会勢力との関係がでてくる可能性があること。こうなると、銀行の対応が硬化し、資金繰りが困難になり、破綻してしまうかもしれない。それでも、短期間に簡単に再建される可能性が高いとは思いますが、その過程で、株主の権利の縮減が起きるでしょう。その程度は、見積もり難いですが、相当に大きいかもしれない。結局、この危険性が、株価の大幅な下落の理由として、一番大きいのだろうということ。
第四に、仮に、虚偽記載に認定されたとしたときは、「金融商品取引法」第二十一条の二の適用が検討されるのだと思いますが、株価変動は、前社長の解任から始まって、大きな振幅の中で推移しているので、虚偽記載の公表日とはいつだ、ということが面倒な問題になりそうな気がすること。
以上
以上の議論は、過去の論考を前提にしたものですから、できましたら、下にある関連論考を合わせてお読みいただけると、幸いです。次回更新は、12月8日(木)になります。
≪オリンパス関連≫
2011/12/15掲載「オリンパスが好きです」(最新コラム)
2011/12/08掲載「オリンパスの第三者委員会調査報告書」
2011/11/24掲載「オリンパス問題の深層 」
2011/11/17掲載「オリンパスのどこがいけないのか」
2011/11/10掲載「オリンパスの悲願と裏の闇」
≪ 東京電力特集最新版≫
2012/03/01掲載「東京電力の不徳のいたすところか」(最新コラム)
2012/02/23掲載「東京電力の無過失無限責任と社会的公正」
2012/02/16掲載「東京電力の責任よりも先に政府の責任を問うべきだ」(最新コラム)
2012/02/09掲載「政府の第一義的責任のなかでの東京電力の責任」
2012/02/02掲載「東京電力の責任が政府の責任より大きいはずはないのだ」
2012/01/26掲載「東京電力の株式の価値」
2012/01/19掲載「東京電力を免責にすると国民負担は増えるのか」
2012/01/12掲載「東京電力免責論の誤解を解く 」
2012/01/05掲載「東京電力の免責を否定した政治の力と法の正義」
2011/12/22掲載「東京電力の国有化と解体」
≪ JR三島会社関連≫
2011/10/06掲載「JR三島会社の経営安定基金のからくり」
2009/07/23掲載「JR三島会社の経営安定基金と大学財団」
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。