AIJ投資顧問なる投資運用業の会社があり、同社が企業年金から受託していた資産の大半が「消失」してしまったらしい、そのような報道が世を騒がしているようですね。一体、どういうことなのでしょうか。
さあ、一体何がどうなっているのやら、さっぱりわかりません。従いまして、論理的には、何が問題であるかを論じることはできません。しかしながら、心情的には、甚だ怪しからぬことであると怒り心頭に発する思いです。
AIJが怪しからぬということでしょうか。
おそらくは、AIJなる会社においては、著しく怪しからぬことが行われていたのでしょう。しかし、どこがどういけないのか、現時点では不明です。何もわかってはいないのです。私が強い憤りを感じるのは、何もわかっていないことについて、勝手な議論が横行していることです。少なくとも現時点では、AIJが問題なのではなくて、AIJ問題なる問題の独り歩きが問題なのです。
怒りの向く先を論じる前に、そもそもAIJ問題とは何かを整理しておきましょうか。
ことの発端は、日本経済新聞が、2月24日の朝刊の一面で、AIJが受託していた企業年金資産約2000億円が消失したという記事を掲載したことです。驚くべき内容の甚だ刺激的な記事でした。朝刊に掲載されているのですから、日本経済新聞社がこの「特ダネ」をつかんだのは23日の夜までのどこかです。
私自身を含めて多くの関係者は、記事を見た直後に、証券取引等監視委員会と金融庁のウェブサイトを確認したはずです。ところが、本件に関しては、当局からの何の発表も掲載されていなかった。金融庁のウェブサイトに「AIJ投資顧問株式会社に対する行政処分について」が掲載されたのは、24日の午後も遅くなってからです。しかし、24日9時37分から行われた自見金融担当大臣の記者会見によれば、行政処分が発せられたのは、24日の朝8時15分であったとのことです。
同じ自見大臣の記者会見によれば、AIJの行政処分(業務停止命令と業務改善命令)に至る経緯は、次のようなものです。少し長いですが、大切なところなので、大臣発言を引用しておきます。
「まず、2月17日に、証券取引等監視委員会より、本年1月から実施しておりますAIJ投資顧問への検査の過程で、当社において投資一任契約に基づいて行う顧客資産の運用状況について疑義が生じている旨の連絡を受けました。この連絡を受けまして、急遽、同日中に当社に対しまして報告徴求命令を発出したところ、当社より「投資一任契約に基づいて行う顧客資産の運用状況について、現時点では毀損額、毀損原因は精査中であるものの、投資家に説明できない状況にある。」という旨の報告を昨日の夕刻受けました。こうした事実は、金融商品取引法第52条第1項8号に基づく「投資運用業の運営に関して、投資者の利益を害する事実がある。」との処分事由に該当すると認められるため、投資者保護の観点から、当社に1か月間の業務停止命令及び業務改善命令を発出したところであります。」
この大臣発言の内容は、金融庁の「AIJ投資顧問株式会社に対する行政処分について」という文書の内容と同じです。そして、この大臣発言が、現時点で公式な事実として判明していることの全てです。これだけです。AIJ問題というのは、公式な事実としては、この自見大臣の発言に尽きていて、これ以上ではない。
なお、厚生労働省は、2月28日に、2011年3月末時点でAIJへ運用委託をしていた年金基金の匿名一覧を発表しましたが、そこには、84基金、総計1853億円という金額が記載されています。また、投資顧問会社は規制業ですから、定められた経営指標を当局に報告しています。AIJは日本証券投資顧問業協会の会員でもあるので、協会にも定められた指標を提出しています。同協会のウェウサイトへいけば、その数字を見ることができますが、それによれば、AIJは、2011年9月末時点で、124の私的年金から1984億円を受託しています。やはり、報道の数字は、それなりに正しいようです。
証券取引等監視委員会は1月からAIJに対する検査を実施していたのですね。
これもやはり、私自身を含めて業界関係者の多くは、証券取引等監視委員会が臨店検査をしている先を同委員会のウェブサイトで確認していると思います。ですから、私もAIJが検査を受けていることは知っていました。
同委員会が重大な疑義を認知して金融庁へ連絡したのが2月17日、それを受けて金融庁が同日直ちにAIJに対して報告徴求命令を発出したところ、同社より「毀損額、毀損原因は精査中であるものの、投資家に説明できない状況にある」との回答を得たのが23日の夕刻、そして24日の8時15分に、「投資者保護の観点から」行政処分が出た、というのが事態の流れです。
日本経済新聞の記者は、AIJが金融庁に回答した内容を入手していたことは間違いありません。そして、記者は、毀損額が資産額のほぼ総額に当たるとの追加情報まで入手して、「年金消失」という記事を書いたのです。そして、自見大臣の会見が新聞記事を受けて開かれたものであることは自明です。これ、順番がおかしいでしょう。
損失額について、自見大臣は、現在調査中であるから確たる内容はいえない、としています。しかるに、日本経済新聞は、ほぼ全額が消失と報道しています。もしも、報道が真実に近いのならば、日本経済新聞社の記者は、金融庁関係者から、行政処分の発表前に、行政処分の内容について担当大臣がいえないといっていることまで含めて、情報を入手していることになる。そして、新聞報道が先にあってから、金融庁の記者会見が行われている。そのようなおかしなことがあり得ていいのか。
まず怒りの第一の鉾先は、報道のあり方について向かうわけですね。
第一に、なぜ、検査情報のような高度な機密が、報道機関へ簡単に漏洩されるのか。むしろ、検査当局が、意図的に漏洩しているのではないのか。そのようなことが許されるのか。
第二に、なぜ、報道機関に漏洩した情報のほうが、金融庁の正式発表よりも、詳細なのであろうか。金融庁が詳細な情報を開示したがらないのは、事案の実態解明へ向けて検査が進行中であり、種々配慮すべきことのあることが理由であろう。しかし、では、なぜ、そのような配慮にもかかわらず、報道機関へは情報が洩れていくのであろうか。また、漏れてしまった情報についてまで金融庁が頑なに確認を拒むのは、なぜであろうか。
第三に、金融当局からの詳細な説明がない中で、事実確認のできない情報に基づく報道が先行することで、不当なる世論の形成が行われ、事実に基づかない臆断による不安心理が醸成されていくことは、金融行政のあり方として、著しく不適切なのではないのか。事実、日本経済新聞の著しく刺激的な報道の後、具体的な事実の解明経過が一切公表されない中で、根拠のない不安感情と、資産運用業界全体に対する根拠のない猜疑心が、広く世の中に拡散する状況が作りだされている。その原因は、金融庁の情報開示と報道機関との関係のもち方に、不適切なものがあるからではないのか。
ということで、怒りの第二の鉾先は、金融庁へ向かうわけですね。
AIJに対する行政処分の根拠は、「現時点では毀損額、毀損原因は精査中であるものの、投資家に説明できない状況にある」というAIJ側の説明(といいますか説明できないという説明)に尽きています。
私に限らず資産運用の専門家ならば直ちに明瞭に認識し得ることは、説明できないような資産状況などというものは、断じてあり得ないということです。故に、もしも、本当に説明できないような資産毀損があったとしたら、その背景は、常軌を逸した運用、即ち資産運用業界の良識として許される範囲を著しく逸脱した出鱈目な運用が行われていたのか、そうでなければ、そもそも運用ですらなかった、即ち詐欺的な行為であったのか、どちらかであろうというものです。つまり、どちらにしても、資産運用業界全体に共通するような一般的な構造問題なのでは到底あり得ず、AIJという特定の個社にかかわる反社会的な逸脱事例(おそらくは犯罪的な事例)なのであろう、ということです。
その場合、AIJの顧客および潜在顧客に対して被害が拡散しないように、AIJに行政処分を行う、これは、全くもって当然の行政行為でしょう。実際、行政処分の趣旨は、それ以外にはなく、まさに、法律に基づいて投資家の利益を保護することが目的なのです。このことは、金融庁の発表に明らかです。
私が、どうしても、納得できないのは、金融庁が次にとった行動です。先ほどの自見大臣の記者会見ですが、大臣は最後にこう述べました。
「それからもう1点、こういったことを含めまして、本件が発生した原因について、現在、証券取引等監視委員会が検査を継続中であるため、事実関係の解明を待つ必要があるが、監督当局としても、まず、早急に、投資一任業者に対する一斉調査を実施することとしたいというふうに思っておりまして、投資一任業者は263社ございますから、同時にAIJ(投資顧問)は今言った経過のとおりでございますが、投資一任業者を一斉に調査をすると、さっき申し上げたとおりです。」
これを受けて、実際に、2月29日に、投資一任業務を行う全ての金融商品取引業者に対して、詳細な報告者の提出命令が発せられます。結局、このような過剰な金融庁の反応が、AIJに起きたことが全ての資産運用会社に普通にあり得るかのような誤解を広く世の中に流布せしめたことは、間違いありません。私が強い憤りを感じるのは、ここです。
金融庁の使命は、投資家保護の観点から行政権限を行使することだから、AIJに対して重大な疑念に基づくだけで即時に行政処分を断行したことは、むしろ当然のこととして認め得るが、その余については、疑念だけで強力な権限を行使するのは疑問だということですね。逆に、そのような権限の行使が、不必要な不安感を醸成し、かえって資産運用業界全体の信用を揺るがすような事態を招いたことは、金融庁の失態であろうということですね。
AIJという特定個社について、投資家保護の観点から、事態の解明を待つまでもなく、そこに明らかに投資家の利益を損なう可能性が高いと考えられるような重大な疑念を認知するならば、即時に行政処分を行い、AIJに関して投資家の注意を喚起し、また既存の投資家の資産の散逸を防止する目的で、行政処分を行うこと、これは当然でしょう。これこそ、金融庁の役割です。
しかし、事態の解明を待たず、事件の原因の究明がなされる前に、単なる疑念だけを理由に、全投資運用業者の一斉調査を行うことが、どうして、投資家の保護になるのかは、理解できない。先ほど述べましたように、常識的な投資運用業者の理解としては、本件はAIJにおける極端な逸脱現象であり、業界一般の問題として取り上げるのは不適切というものです。もしも、業界全体の調査を行うならば、事態の解明の後で、事件の温床となった問題点を特定し、調査の趣旨を国民に対して明らかにしたうえで、そこに限定した調査を行うべきでしょう。
事態の解明が何ら行われていない現段階で、全投資運用会社の調査の必要性を金融当局が表明すれば、社会一般の受け止め方としては、本件がAIJ固有の問題現象ではなく、多かれ少なかれ投資運用業全体に潜む問題との印象になることは、避けられない。かくして、金融庁の行動によって、全くもって不当極まりないことに、業界全体の信用を傷つけられたことに、強い憤りを感じる。
事実として、金融検査を掻い潜ってAIJの事案は長期的に継続してきたのである。金融庁として第一にすべきは、金融庁自身の検査の不備についての自己点検であろう。それを、責任を取り繕うがごとくに、非常に安直に全投資運用業者調査に踏み切ったことにより、社会の批判は、金融庁から資産運用業界へ逸らされる結果となっている。これが金融庁の意図したことだとしたら、不当極まりないと思う。
自見大臣は、24日の記者会見の最後で、金融庁として何かをしなければいけないということで、この調査を持ちだしたのである。拙速極まりないものとしかいえない。
ということで、怒りの第三の鉾先は、自見金融担当大臣に向かうわけですね。
この大臣は、資質に問題があるのではないでしょうか。記者会見など、まるで意味のあるものになっていないですね。その中から、特に問題のものを紹介しておきましょう。
まずは、2月28日のものから、1990年4月1日から実施された厚生年金基金の資産運用の自由化についての発言ですが、「それはちょっと待ってくださいよ、株というのは永遠に上がるものではないと、やっぱり下がると。当時、株というのは永遠に上がるようにみんな思っていたのですよ。だから、早く投資顧問会社とか有利な運用をしないと、要するにバスに乗り遅れるというような雰囲気がありまして、がんがんそういうことを推進する人たち、あるいは推進している役所もあったのだろうと思います。具体的には言いませんけれども。私はやっぱり社会保障の本質を考えて、安心、安全、確実、有利なものをすべきだと、大変強く主張しまして、確かその投資顧問会社が年金の資金の運用をするのが1年延びましたよ。自分自身もそういう思い出があるんですね」、と述べています。
また、3月2日には、同じ自由化の問題に触れて、「それまでの年金の受託は、皆さん方ご存じのように、信託銀行と生命保険会社の大体2業態が何十年か受託していましたが、投資顧問会社を入れるということで、ある意味で天から降ってきたような社会部会の議題になりまして、大変もめました。よく覚えております。私はやはり年金というものは、安心、安全、確実、有利ということが大事ですから、私はそれに強く反発したことを覚えておりますが、結果として投資顧問業というのが年金受託(者)に入ったわけでございます。また、そういう経過がありながら、これは小泉内閣の時だったと思いますが、全体的な規制緩和のムードの中で、認可を登録に変えたということもございます」、と述べています。
これらの発言は、いうまでもなく、AIJ問題に絡んだ記者の質問に対する回答ですが、およそ回答にもならない、つまらない雑談です。しかし、いかにお粗末な発言でも、これらの発言は、自見庄三郎内閣府特命担当大臣の、大臣としての発言として、拝聴すべきものなのでしょう。
発言の趣旨は三つです。第一に、企業年金の資産運用にAIJのような投資顧問会社の参入が認められたのは1990年の自由化以降だが、自分はそれには反対だったこと。第二に、年金の資産運用は、「安心、安全、確実、有利ということが大事」だから、投資顧問会社には任せるべきではないと考えていること。第三に、投資顧問会社はもともと認可業だったが、「全体的な規制緩和のムードの中で」、登録業になったこと。
さて、私人として、あるいは一政治家として、どのような持論を展開されてもかまいませんが、金融担当大臣という公職の立場での記者会見の中で、しかも具体的にAIJ問題に絡めて、このような発言をすることは看過し得ない。
かような発言は、事実上、金融担当大臣自身が投資顧問業者に不信感をもっていること、AIJ事件の背景に投資顧問業という業態自体の問題性のあること、単なる「ムード」の中で規制緩和が行われてAIJのような会社が登録業で年金受託をできるようにしたことが問題の原因であること、などを強く暗示せしめるものです。かような趣旨の発言は、金融担当大臣のものとしては絶対に許容され得ない非常識な独断と偏見です。私には許すことができません。
次に怒りの鉾先が向かうのはどこでしょうか。
まだ、怒りの向かう先があるのですが、それは次の機会にしましょう。長くなりますから。
以上
次回更新は、3月22日(木)になります。
2012/03/22掲載「AIJ問題は投資運用業の埒外における犯罪的行為である」
2012/03/15掲載「AIJ年金消失問題という問題」
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。