この「日本企業価値向上ファンド」は、3月25日から4月2日までを当初申込期間として、新しく設定されたばかりの投資信託です。4月3日からは、継続申込期間に入っていたのですが、それも、すぐに募集停止になったということです。
この継続申込期間というのも、もともと、来年の3月23日までになっていて、この期間が終了すると、この投資信託へは、追加の投資ができなくなる取り決めだったのです。いわゆる限定追加型と呼ばれるものです。今回の野村證券の措置は、単に、募集期間の終了を早めただけのことです。
運用会社は、やはり、野村アセットマネジメントですか。
やはり、そうです。あるいは、もちろん、そうです、というべきでしょうか。
野村證券と野村アセットマネジメントは、ともに野村ホールディングス傘下の兄弟会社ですから、もし、野村證券が取扱い投資信託の選別に関して、野村アセットマネジメントの商品を優先的に取り扱うならば、金融庁が問題視している系列関係重視の姿勢を示すものとなりますが、さて、本件は、どうなのでしょうか。
客観的な事実としては、野村證券が扱う投資信託のなかでは、野村アセットマネジメントのものが多く、野村アセットマネジメントの商品を扱う販売会社のなかでは、野村證券の存在が大きいのです。この歴然たる事実を前に、仮に、野村が系列関係重視の姿勢はないと主張しても、説得力はありません。
しかも、野村證券専属の投資信託のようですね。
この投資信託は、野村證券のためだけに設定されたものです。ですから、おそらくは、野村證券の営業政策を反映した商品開発になっているのだと思われます。しかも、資産の保管と管理を行っている受託会社は、これまた、兄弟の野村信託です。
要は、販売会社、運用会社、管理会社は、全て同じ野村ホールディングス傘下の兄弟ですから、これは、実質的に、野村が、グループとして、商品設計、販売、運用、管理まで、一貫して引き受けた投資信託だということです。
ある意味、徹底した系列関係重視ですが、野村として、全責任を丸抱えで負うということなら、それはそれで、いいということでしょうか。
金融庁が系列関係重視の投資信託の販売を問題にするのは、販売会社に、顧客の視点に立った中立性を求めているからです。つまり、顧客の視点で、顧客の利益に適った投資信託を、顧客の投資相談にのるようなかたちで販売するならば、販売会社は、取扱うべきものを選択するに際して、全ての投資信託に対して中立的な姿勢で望まざるを得ないのですから、理論的に、特定の運用会社のものに集中するはずはないのです。
逆に、特定の運用会社、しかも自分と資本系列が同じ運用会社の投資信託の取り扱いが多いとしたら、金融庁としては、顧客の利益よりも、企業グループの利益を優先した結果であると推定せざるを得ないわけです。
もちろん、推定は推定にすぎないので、反対の事実を立証できればそれでよいのです。ですから、この野村丸抱えの投資信託も、野村ホールディングスの利益の最大化が目的ではなくて、野村として全責任を負うことで、顧客の利益の最大化を目指すものとして、そこに、野村ならではの固有の価値を顧客に提供できるというのなら、少しも、問題はないわけです。
では、その検証をしてみましょう。最初に、野村證券は、なぜ、販売開始早々に、売り止めにしたのでしょうか。
販売会社の野村證券側は、その理由を明らかにしていませんが、運用会社の野村アセットマネジメントは、次のように、述べています。
「当ファンドは、設定来、皆様に多大なるご愛顧を頂いており、ファンド全体で現在約1700億円規模のご資産をお預かりするに至っております。
弊社では、当ファンドの投資対象市場の流動性等を総合的に勘案した結果、運用資産規模を適正な範囲に維持するため、お買付けお申し込みの受付を当面見合わせることにいたしました。」
「日本企業価値向上ファンド」というからには、日本株の戦略ですが、「投資対象市場の流動性等」が懸念されるような事態は、あり得るのでしょうか。
さあ、日本株式市場の時価総額と流動性からすれば、1700億円は、普通は、大きすぎるという規模ではありません。1700億円未満が適正規模というような戦略は、相当に傾斜が強いというか、投資対象を厳選する結果、銘柄数が少ないもの、あるいは中小型株の比重が大きいものになるのでしょう。
しかし、この投資信託は、その名の通り、安倍政権の経済政策を背景に、「コーポレートガバナンスの強化」が「日本企業の「稼ぐ力=収益力」の向上」につながることを見込んで、企業価値向上が期待される銘柄に投資するというものですから、いうなれば、日本株の主流そのものであって、むしろ、大型の投資信託への成長を目指すべきもののように思われます。
「投資対象市場の流動性等を総合的に勘案」するというなら、野村證券の売れ筋の「アムンディ・欧州ハイ・イールド債券ファンド(トルコリラコース)」のほうこそ、問題ですね。
この投資信託は、野村證券の売れ筋第二位の投資信託で、実は、最近まで、長らく、第一位だったのです。内容は、名称そのものが表現している通り、投機的ともいえるほどに著しく傾斜の強いものですが、なんと約3700億円もの残高があり、もちろん、普通の追加型の投資信託ですから、今でも募集しているのです。
片や、特殊な領域に特化した投資信託が残高3700億円で募集中、しかも売れ筋上位にあり、片や、日本株という大きな市場で、その主流となるべきものが1700億円で売り止めというのは、さて、どうしたことか。「投資対象市場の流動性等を総合的に勘案」した結果として、こういう事態になるものかどうか、大いに疑問です。
「日本企業価値向上ファンド」の場合、限定追加型で、しかも、繰上げ償還を前提にしているところに、本当の理由がありそうですね。
日本の投資信託市場は、金融庁ならずとも、驚き呆れるほどに、奇怪なこと、奇妙なもの、非合理な慣行の氾濫ですから、今さら何があっても、特に騒ぐ必要もないのでしょうが、さても、追加型なのに、募集期間を限定し、しかも、繰上げ償還を前提にするというのは、一体、どういう思想に基づくのか。
これは、事実上、運用期間を限定する単位型の投資信託と同じですが、期間の始まりと終わりは、単位型と違って明確に定まっておらず、販売会社と運用会社の相談で、一定の幅のなかで任意な裁量で決められるようにしているのです。
まず、募集期間を一年とした限定追加型にして、実際には、予定の金額に達したところで、今回、実際にそうしたように、募集を停止する。償還については、既に、募集段階において、一定の条件が成就したときに、繰上げ償還することを宣言しておく。条件が成就しなければ、繰上げ償還しない。こうすることで、単位型にはない自由度を確保しているわけです。
どういう条件で、繰上げ償還になるのでしょうか。
基準価格が15000円になったところで、日本株の運用を停止して、償還するというのです。基準価格10000円で設定されるわけですから、50%上昇したところで、運用を止めてしまうということです。
また、基準価格が15000円に達しなくても、2022年3月には、信託期間が終了して、自動的に償還になります。つまり、運用期間は、最長でも、7年しかないのです。従って、繰上げ償還の想定は、7年未満の短期的な株価上昇に基づいているということです。
なぜ、運用を止めなくてはならないのでしょうか。
理解できません。少なくとも、まともな投資戦略としては、そこに合理的な理由を見いだせません。
そもそも、日本企業の構造改革による「稼ぐ力」の向上に期待するということは、長い時間軸における長期的な企業価値成長に投資することではないでしょうか。それが、どうして、50%の株価上昇で運用停止ということになるのでしょうか。
安倍政権の総合的経済政策のもとでは、企業価値向上は、投資家と企業経営者との建設的な対話から生まれることになっているはずです。短期的な株価上昇を目的として投資することで、どうして、企業価値向上につながるのか。「日本企業価値向上ファンド」という名前が泣くのではないでしょうか。
投資戦略の趣旨からは、むしろ、信託期間を定めずに、永続する大型投資信託への育成を図るべきものですね。
日本の投資信託市場の構造問題は、深刻です。次から次へと、新しい投資信託が投入され、一部は、順次償還されながらも、多くは、規模の小さい投資信託として、放置されたように残るので、結果として、膨大な数の投資信託が存在することになっているのです。
新しく投入される投資信託は、目先の高配当を謳い文句にして投機的ともいえるような特殊な分野に投資するものであったり、一時的な価格変動等の機会をとらえるものであったりと、とにかく、表層的な差別化を志向したものばかりです。
こうした市場の仕組みは、販売会社の主導のもとに、高額な販売時の手数料を得ることを目的としているのではないかとの疑念を免れないものであり、真の顧客の利益が守られているとはいえない状況です。
故に、投資信託の構造改革は、絶対に断行されなければなりません。実際、それが金融庁の重点施策である以上、必ずや、断行されるのです。そうなれば、投資信託は、永続するものとして、質の高い優良なもののみが大型投資信託に育っていく、そのような構造になるはずです。
この野村の「日本企業価値向上ファンド」は、今、この改革が叫ばれる時期に設定されたものとして、また、安倍政権の経済戦略に即した運用戦略の主旨からして、本来は、新しい時代の投資信託の一翼を担うものでなければならなかったはずです。とても、残念です。
まさか、新手の販売手数料稼ぎではないでしょうね。
実は、そうした嫌疑をかけてみたい気もします。繰上げ償還になれば、販売会社としては、当然に、同じ顧客に対して、新たな投資信託を販売することになりますが、そこで、また、販売手数料が入ります。ちなみに、「日本企業価値向上ファンド」の販売手数料は、3.24%(税込)です。数年で償還すれば、また、3.24%を得る機会がくるのです。
金融庁は、販売して暫くしてから、解約を推奨して、新しい投資信託に乗り換えさせ、その都度、販売手数料をとる行為、いわゆる回転売買について、厳しい態度で臨んでいます。しかし、この野村の「日本企業価値向上ファンド」の場合、償還なのですから、解約の推奨ではありません。つまり、形式上は、回転売買にならないのです。
そう考えれば、野村證券専属の投資信託となっていることも、理解できるような気がします。解約ではなくて償還なのですかから、野村の顧客基盤のなかだけで、回転させる必要があるからでしょう。
もしも、これが実態ならば、金融庁の改革路線への逆行というか、非常に大胆な反逆です。まさか、そうでないことを願うほかありませんが、本当にそうなら、もはや、筋金入りの株屋根性に、畏怖に近い念を抱くのみです。
それにしても、裏には、プロフェッショナルを自称する運用の担当者がいるわけですね。自称プロでなく、真のプロなら、何か疑問を感じないのでしょうか。
「日本企業価値向上ファンド」という名前のもとで、プロフェッショナルとして、真剣に銘柄選択に取り組んだとしても、単なる市場要因で50%上昇すれば、そこで終わり。仮に、銘柄選択要因だけで50%上昇すれば(まずは、考え得ないことですが)、それは、非常に優れたことなのですが、やはり、そこで終わり。どちらにしても、7年で終わり。それで、本人は、プロとして、満足なのでしょうか。それとも、プロではないのでしょうか。
これなど、まだしもいいのです。大和住銀投信投資顧問が運用するものに、「日本株厳選ファンド」という立派な名前の投資信託があります。しかし、これは、通貨選択型のもので、売れ筋一番は、ブラジルレアル建てのものなのです。なぜ、日本株をブラジルレアル建てにしなければならないのか。
収益率を規定するのは、日本株の銘柄選択効果などわずかなもので、第一に、ブラジルレアルの変動に、第二に、日本株式市場自体の変動が支配的要因になります。このようなものが真の「日本株厳選ファンド」であるわけがありません。もしも、運用担当者が真のプロなら、堪えられないでしょうし、堪えているなら、真のプロではないでしょう。
以上
次回更新は4月23日(木)になります。
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≪ アーカイブから今週のお奨めは「GPIF」≫
2014/3/13掲載「GPIF改革、あるいは投資家の内部統治と信託」
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。