ESG投資とパフォーマンス : SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか

ESG投資とパフォーマンス : SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか

著者 湯山 智教 (編著)
出版社 金融財政事情研究会
発行日 2020/10/8
 わが国の資産運用の分野では、近年、ESG投資が潮流となり、あたかも「ESG投資」という通行手形を持っていないと関所を通してもらえないような風潮である。GPIFは「経済的リターンを前提としつつも、長期的な視点からESG要素を盛り込むこと自体が受託者責任」と考えているとみられ、ESG投資への積極的な取組みを行っている。これが最も大きなインパクトを与えたのは間違いないだろうが、年金基金などの受託者責任を有する投資家にとってみれば、あくまでも投資効果が得られることがESG投資の大前提とならざるをえないとすれば、本当に効果は見出せるのか。或いは、少なくとも投資期間におけるパフォーマンスを下げないのであればESG要素をふまえた中長期的な視点をもった資産運用は受託者責任に矛盾しないとの認識でいいのか。一方企業サイドに目を向けると、みせかけではなく真に積極的に取り組んでいる企業は本当にどれくらいあるのかといった点が私の問題意識である。

 本書は、ESG投資パフォーマンスをめぐる考え方や論点・課題、実証分析に関する既存研究のサーベイ、筆者が実際に行ったいくつかの実証分析をまとめたものである。第Ⅰ部がESG投資のパフォーマンス評価に関する論点と課題。第Ⅱ部がESG投資に関する実証分析という構成となっている。各章では、まず要点を整理しつつ、詳細へ入っていく形であり、さらにコラムを上手く交ぜることで、理解を深めやすくなっていると感じた。

 ESG投資パフォーマンスの考え方については、伝統的な現代ポートフォリオ理論の観点と、行動経済学の対比がわかりやすい。伝統的な現代ポートフォリオ理論の観点からみれば、市場が十分に効率的であれば、マーケットに対して継続的に超過収益を得ることができないという効率的市場仮説が成立するわけであり、ESG投資に継続してポジティブなリターンがあるというのはこれに反することになる。行動経済学の観点からは、効率的市場仮説は成立せず、市場にはアノマリーがありうるわけで、ESG投資もこれに該当するかもしれない。他方で、現代ポートフォリオ理論から一歩進んで、ベータの向上という考え方もあり、市場全体に対するESGエンゲージメントを通じて市場全体のリターンの向上を目指すというものであり、GPIFなどが取り入れている考え方である。ESG投資については、個人的には際立ったパフォーマンスが出ているとは思わないが、仮に成果があるのであれば、市場との対話・働きかけの効果が出ている結果なのか、はたまた、ESG投資が潮流にのり、需給関係が良くなっているだけなのか見極める必要があるだろう。

 また、ESGスコアについては、問題点として、客観的に検証することの難しさがあげられている。信用格付は、デフォルト率の実績などから格付の信用性について事後的に検証できるのであり、違いは明確である。ESGパフォーマンスを検証する際には、投資家が、直接、投資対象を評価するのは様々なコストがかかることから、各評価会社によるESGスコアを通じて投資の参考にすることは許容されるべきであるが、これらの媒体がどのような評価を行っているのかについて情報や透明性が確保される必要がある。この点でGPIFが指摘するように、各評価会社が提供するESGスコア間の関連性が必ずしも高くないことは問題になりうるのだろう。

 各章に掲載されているコラムも論点を明確に示す的確なものが選ばれていると思う。特に印象に残ったのは、ESG投資がなぜ支持されるかという理由に近江商人の「三方よし」の精神を引用したものや、ESG投資に効率的市場仮説とアノマリー(行動経済学)のどちらの理論があてはまるのかという難しい理論について、2013年のノーベル経済学賞が効率的市場仮説を唱えるユージン・ファーマ氏とアノマリーの存在を主張するロバート・シラー氏に同時に授与されたこと。などがある。

 また、ESG投資は義務なのかという論文の紹介もある。結論として、市場がESGスコアに過剰反応し、高ESGスコアを持つ銘柄が過大評価され、低ESG評価の銘柄が過少評価されている場合には、賢明な投資家としての受託者責任を有する投資家は、アンチESG戦略をとることが最も合理的になると指摘している。

 市場監視の立場からみたESG投資として、流行となったキーワードが投資勧誘目的でしばしば悪用されていた現実を踏まえ、金融商品の販売・開発にあたっては、顧客である投資家、主に個人投資家の利益を考えた形で行われているかという論点に基づく受託者責任の考え方からの注意も添えられているのはいかにも金融庁の方らしい。

 本書は、ESG投資称賛ではなく、批判でもなく、一貫して中立的立場で編集されている。ESG投資とは何かこれから投資を始めようという方から、プロの投資家まで、各レベルに応じて得るものが多い一冊だと思う。

この本を紹介した人

大山 誠

HCアセットマネジメント株式会社

都市銀行入社後、投資顧問会社・信託銀行の運用部長、企業年金基金常務理事などを歴任。2015年HCアセットマネジメント入社。広報業務担当。