不動産と、いわゆる「不動産ファンド」と、本来の不動産ファンド

森本紀行
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不動産に投資することと、不動産ファンドに投資することとは、同じではありません。決定的な違いは、不動産ファンドが負担する債務です。つまり、現金で不動産を取得することと、一定割合の借り入れを行って不動産を取得することとの違いです。

 最近のJ-REITの株価の大幅な下落の背景にあるのは、不動産価格の下落でしょうか。空室率の上昇や不動産価格の弱含みが一因であるのは間違いないでしょうが、J-REITの下落率の大きさを、それだけで説明できるでしょうか。実は、主因は、不動産そのものの価格下落ではなくて、弁済期の近づいた借入金の借り換えに関する不確実性だったのではないかと思われます。
 J-REITの場合は、私募の不動産ファンドに比べると、有利子負債の比率は低いのですが、それでも、ファンド総資産に対する借入金額の比率でみて、50-60%程度の借入れはあります。負債の内訳は、銀行等からの短期借入金と長期借入金、および投資法人債の発行で構成されています。問題になっているのは、弁済期の近づいた銀行等からの借入金です。不動産市況に変化がない限り、融資に関するリスクも、ほとんど変動をしないはずなので、銀行等は、借換えに応じると考えるのが自然ですし、実際、ほとんどのJ-REITが、そのような楽観的仮定に立脚していたと思われます。
 ところが、不動産市況に重要な転換点が来ているとの認識が一般化するにつれて、銀行等は、融資の継続に慎重になってきたとされます。そうなると、俄然、状況は一変します。借換えができない限り、J-REITは不動産を売却して現金をつくるか、増資をするしかありません。そもそも、不動産取引の急減が、市況の転換の理由なのですから、不動産の現金化は困難ですし、強行すれば、著しく安い価格での売却となり、投資家に損失を与えます。借換えが困難な状況では、増資はもっと困難です。残された方法は、低い株価での第三者割当増資ですが、そのような増資自体が、J-REIT株価の下落要素となります。完全な八方塞がりの状況が、今のJ-REITです。
 債務負担することなく、端的に収益不動産を所有しているだけならば、このような問題は起こりえません。つまり、不動産に投資しているだけであれば、借入金に係わる財務リスクは発生しないのです。しかし、不動産ファンドに投資すれば、借入金に係わる財務リスクは不可避ですし、現在のJ-REITの状況ですと、主役である不動産固有リスクよりも、従属的要素である財務リスクのほうが優越してしまっています。これでは、不動産へ投資することの投資意義は、失われてしまいます。まさに、本末転倒ですし、不動産ファンドへ投資する投資家の期待を裏切るものともいえます。

ファンドの本来の機能は、小口でも分散されたポートフォリオへ投資できる仕組みを提供することです。

借入金をすることは、あくまでも補助的機能のはずです。複数の収益不動産に分散投資することは、巨大な投資家にしかできないことです。ですから、分散投資のためには、ファンドは必要なのです。本来のファンド機能と借入れとは、直接関係ありません。本来は、財務リスクを排除し、借入金を最小限に抑えた不動産ファンドがあるべきなのです。まさに今、J-REITは、その存在意義を問われているのだと思います。投資家のためのJ-REITだったのか、不動産関連業界のためのJ-REITだったのか。
 それにしても、J-REITの問題は、多数の興味深い論点を提供してくれています。以下、いくつか挙げてみますので、皆さんも、考えてみて下さい。
 実は、J-REITの全時価総額よりも、私募ファンドの総額の方が、何倍か大きいとされています。しかも、私募ファンドのほうが、ファンド総資産に対する借入金額の比率が高いとされています。実態の見えない私募ファンドですが、J-REITの現状から私募ファンドの状況を類推するとしたら、いったいどうなるのでしょうか。
 ファンドB/Sの左側、即ち、不動産価値自体に大きな変動がない中で、ファンドB/Sの右側の債務に関する不確実性によって、同じ右側の資本勘定の急減を招いた、というのが今のJ-REITですが、これは、実は、バリューといわれる状況なのではないでしょうか。ファンドB/Sの右側(資本構成あるいはキャピタル・ストラクチャ)に上手に参画することで、ファンドB/Sの左側のバリューを取ること、これが、バリュー投資の王道だとすると、まさに、今がチャンスともいえるのです。では、「キャピタル・ストラクチャに上手に参画すること」とは、具体的に、どういうことなのか。ここに、資産運用ビジネスの基本的課題があるのです。しかも、「キャピタル・ストラクチャに上手に参画すること」は、別に、J-REITに限ったことではないでしょう。そもそも、企業とは、事業価値(B/Sの左)をキャピタル・ストラクチャ価値(B/Sの右)でバランスさせているものです。事業価値にキャピタル・ストラクチャを通じて割安に投資すること、これが資産運用です。

しかし、事態は、もう少し複雑です。もしも、キャピタル・ストラクチャが本当に崩れてしまったらどうなるでしょうか。

継続基準(ゴーイング・コンサーン基準)の事業価値は、一気に、清算価値(通常は、継続基準価値よりも、かなり低い)へ変わってしまいます。そうなると、実は、今のJ-REIT株価が妥当だということになります。清算価値すらも下回る株価という、もう一つのバリューが考えられる所以です。

次回更新は、9/18となります。よろしくお願い致します。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。