投資の本質と乳牛の値段の関係

森本紀行
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投資の基本を表す格言の一つに、「豚よりも牛」というものがあるようです。

 「牛」というのは、食肉用の牛のことではなくて、乳を搾るための乳牛のことです。豚から乳を搾るという話は聞いたことがありません。豚は食肉用のものです。この格言の意味は、牛へ投資するというのは牛乳を搾ることだというのです。
 これは以前、アメリカの有力な投資顧問会社へリサーチに行ったときに聞いた格言で、その会社の投資哲学なのです。この会社の特色ある運用戦略に実物資産投資があります。実物資産投資に、この格言を当てはめるとどうなるでしょうか。答えは、パイプライン投資です。石油や天然ガスそのものに投資することは、豚を飼う(買う)ことなのです。それに対して、その石油や天然ガスを流すパイプラインを買うことは、乳牛を飼う(買う)ことなのです。パイプラインからは、定期安定的に、使用料(即ち牛乳)が生まれますが、本当の投資とは、この使用料を得ることなのだというのです。
 ビジネスとしての投資は、投機ではあり得ません。科学的にリスクとリターンが管理されなければなりません。石油や天然ガスの値上がり益を期待するのは、単なる投機であって、投資ではありません。パイプラインの使用料は、流量に対して課金されるので、中を流れる石油等の価格変動に伴うリスクは限定的です。パイプライン投資のリスクは、オペレーショナルなリスクです。例えば、石油価格が下落して、油田の生産コストを下回れば、生産が停止してパイプラインも使われなくなる、というようなリスクへ投資するのが、パイプライン投資です。鍵は稼働率です。

実は、このパイプライン投資の考え方は、現在の不動産投資の考え方と全く同じです。

 科学としての、あるいはビジネスとしての不動産投資とは、収益物件への投資のことです。即ち、投資対象は、ビルそのものではなくて、そのビルが生み出すテナント料収入です。ビルが乳牛であって、テナント料が牛乳です。ビルそのものを取得するのは、テナント料収入を売る権利を法律的に取得するための方便であり、投資の本質としては、ビルへの投資ではなくテナント料収入への投資です。
 さて、ビルの価値がビルの将来に亘るテナント料収入の価値だとすると、ビルの理論価格は、テナント料収入から諸費用を差し引いたネットキャシュフローの現在価値ということになります。もちろん、実際の取引価格は理論価格とは異なるでしょうが、両者間の緊密な関係は常時保たれているはずです。市場の効率性とは、実際取引価格の予見可能性、すなわち理論価格への裁定可能性の高さによって測定されるものだと考えられます。
 誰でも、「高い」とか、「安い」とか、いいます。しかし、何らかの価格の基準がない限り、高い、安い、の判断はできないはずです。この点を強調した言い方が、「割高」と「割安」です。この基準が、理論価格です。実際の取引価格が理論価格を下回る状況が、割安な状況ということです。繰り返しますが、投資は科学です。単なる感性で安いから買うというのは投資ではありません。科学的に計測された理論価格との比較によって、割高・割安を判別するのが投資です。問題は、理論価格が将来についての一定の仮定に基づいてしか計算され得ないことです。つまり、科学的投資におけるリスクとは、将来についての仮定の妥当性に係わるリスクだということです。

話を乳牛に戻しましょう。乳牛の理論価格は、これまでの説明で明らかなように、牛が生きている期間中に生み出す牛乳の売却総代金から飼料等の諸費用を差し引いたネットキャッシュフローの現在価値です。

 基本的仮定は、乳牛の余命と牛乳の量でしょう。これについては、おそらくは、酪農産業の長年の歴史の中で、妥当な推計値を算出するに足る統計が整備されているはずです(もしも整備されていないならば、酪農産業の発展と乳牛取引の効率化のために整備すべきです)。次は、牛乳の販売価格ですが、こちらは市況があるでしょうから、読みにくいものとなります。そして、同じくらい分からないものが、飼料価格です。
 仮定の不確実性が大きければ大きいほど、理論価格の妥当性は不確かになり、取引価格の妥当性検証が難しくなります。つまり、乳牛への投資リスクが大きくなります。別の言い方をすれば、取引の効率性は低くなります。そして、多くの場合、取引価格の低迷の原因になります。
 では、どうすれば、仮定の不確実性が低下するのか。鍵は、コストの価格への転嫁力の強さです。飼料代の上昇(これが、おそらくは、今の畜産農家の最大の悩みではないでしょうか)を、牛乳の販売価格に転嫁できれば、ネットキャッシュフローは安定しますから、理論価格も安定します。コストを転嫁できなければ、ネットキャッシュフローが減少しますから、理論価格は低下してしまいます。
 コストを価格に転嫁できるかどうかの重要なポイントは、牛乳のブランド力でしょう。例えば、「北海道は十勝のなんとか農園の牛乳」というブランドが全国的に確立しているのであれば、価格を上げても販売量は落ちないかもしれません。

もしも私が「乳牛ファンド」を作って乳牛投資をするとしたら、自らの投資の収益性と安全性の改善のために、最大限の努力をします。

 酪農経営は、もちろんプロの農家に任せるわけですが、任せっぱなしには決してしません。牛乳のブランド価値を高めるような努力を委託先の農家と共同で行います。そのような努力の対価としてのみ、ファンド運用の管理報酬があるのは当然ではないでしょうか。
 これが、ビジネスとしての資産運用業の本質です。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。