風邪はひき始めが肝心。悪くならないように休養をとって、栄養のあるものを食べたらいいでしょう。
逆に、もっと働け、食事も抜きだ、というような過酷な労働環境は、あり得ません。そんなことを強要したら、風邪がこじれ、肺炎か何か、より深刻な病気になって命にもかかわるかもしれません。以前、地方銀行の頭取の方とお話をする機会がありました。そのとき、頭取は、「融資先のお客様の中には時々熱を出す方がいらっしゃいますが、しばらくすると何事もなかったように元気になられることが多いですね。」というようなことを仰っていました。やはり事業には、大波小波、変動が避けられないですから、熱が出る程度の不振は常にあるわけです。それが、風邪になり、肺炎になり、命にかかわる状況にまで至るかどうかは、銀行にも簡単には見通せないと思います。ただ、頭取としては、熱が出たときには、出来るだけ暖かく見守りたい、出来れば一緒になって業況の悪化を防ぎたい、というお気持ちだったと思います。
さて、「風邪をひいたら、もっと働かせるのか、食事も減らすのか、」ということですが、これもまた、別の地域金融の経営者のお言葉です。
風邪をひいているときに、(まさに金融の支援が必要なときに、)個人としての思いとは別に、銀行経営としては十分な支援ができない場合のあることを、言っておられるのです。もっと働け、というのは、リスクに応じた金利のことです。信用状態の悪化に応じて、与信リスクが高くなるので、金利を上げざるを得ないということです。食事も減らす、というのは、同じ理由で与信総量そのものも削減せざるを得ないということです。このような金融対応をとられれば、業況が一段と悪化するのは間違いありません。直るかも知れない風邪を、肺炎にしてしまうのです。ここに、現在の金融システムの深刻な矛盾が存在することはよく知られています。銀行には、厳格な資産査定、つまり融資先の信用リスクについての厳格な評価が要求されています。ですから、信用リスクの悪化に応じて、金利を上げたり、融資を回収したりするのは、銀行としての当然の行動、むしろ銀行の正しいあり方として求められている行動なのです。しかし、一方で、そのような行動は、資金を必要としている企業へ資金を回すという銀行の社会的使命に反してはいないか、という反論もあるわけです。
極めて難しい問題です。
伝統的な銀行という枠組みの中で解決するとしたら、恐らくは、銀行のROEは低くても良い、あるいは、低いのが当然だということになると思います。不良債権の増大を見込んだ資本の厚みを持たない限り、信用リスクの悪化している融資先に追加融資はできないからです。あるいは、銀行としては、銀行の債権に劣後する資本勘定の厚みを融資先に作ればいいわけですが、資本勘定に含まれる株式や劣後融資を保有することは、やはり銀行の所要資本を多く使ってしまうからです。一方、視野を広げて、資産運用ビジネスも取り込んだ大きな金融システムの中で考えると、色々と新しいアイディアが生まれるのだと思います。
例えば、銀行の債権に劣後する資本勘定の厚みを、銀行以外の投資家からの投資によって作ることが出来れば、銀行は融資条件を据え置くことも出来るはずです。実際、J-REITの案件ですが、第三者割当増資により海外の投資ファンドから資金調達を行った上で、銀行からの融資を継続して、破綻を免れた例があります。銀行としては、融資の継続に難色を示していた案件なのですが、資本増強を前提に金額を小さくして融資継続に応じたのです。つまり、銀行融資の一部を、海外ファンドからの出資に振り変えることで、破綻寸前のJ-REITを救ったわけです。J-REITの株主にも銀行にもメリットのあった案件です。言うまでもなく、低廉な株価で出資した海外ファンドに一番のメリットがあったのは、間違いないでしょう。日本には、このJ-REITと同様の状況にある企業がたくさんあるはずです。銀行としても、対応には苦慮するものが多いでしょう。もしも、このJ-REITを救ったのと同様な投資戦略をとるファンドが、日本にも沢山あったらどうでしょうか。銀行の経営からは完全に独立した、このようなファンドが、プロの資産運用業として構成される限り、銀行にとっても、ファンドの投資家にとっても、そしてなによりも信用の逼塞に苦しむ多くの企業にとっても、社会的に意味のある存在になるのではないでしょうか。
次回更新は、11/27となります。よろしくお願い致します。
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。