鮨屋の定番と、企業年金資産の長期運用の一貫性

森本紀行
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鮨屋にとって、アナゴ、コハダ、トロ、こういう鮨屋の定番は、無いとは言えないものです。

ですから、季節にかかわらず、鮨屋には必ずあります。ところが魚は、季節によって獲れたり獲れなかったり、獲れたとしても、大きさや味は毎日変わります。それでも、一流の鮨屋は、常に最高の味を提供しなければなりません。こういう難しい課題に挑戦しているからこそ、一流の鮨屋なのです。
 同じ産地のコハダを、いつも同じしめ方でしめていたら、コハダの品質の差によって、鮨の品質がぶれてしまいます。鮨の品質を一定に維持するためには、そのときの最良の産地のコハダを仕入れてきて、しかも、コハダの状態に応じて微妙に酢の加減を変えるなど、仕事に工夫をしなければなりません。つまり、常時、同じ品質のコハダを出すためには、毎日違うコハダを違うようにしめなければならないということです。江戸前の伝統を守るという哲学的に一貫した経営の姿勢が、日々変化する状況に応じたきめ細かい仕事を要求するのです。同じコハダを同じようにしめ続けるならば、鮨の品質がぶれてしまって、伝統の味を求める顧客の期待を裏切ってしまうのです。

経営の長期的視点、あるいは経営の一貫性というのは、このような鮨屋の伝統と同じものなのではないでしょうか。

経営環境は、日々変化します。一貫性というのは、変化にかかわらず同じことを続けるということではなく、変化に応じて守るべき価値を守り続けることなのだと思います。資産運用についても、長期的な一貫性ということが言われますが、同じことです。長期的視点にたった資産運用というのは、環境変化にかかわらず同じことを続けるのではなく、環境変化に応じて、守るべき価値を守る・守るために全力を尽くす、ということなのだと思います。

資産運用において、守るべき価値とは何でしょうか。

極めて判り易いことです。資産価値そのものです。しかし、資産の裏には、その資産の運用収益を通じて実現すべき社会的価値があります。企業年金の資産運用ならば、企業年金制度自体を存続させること、そのために年金資産を保全すること、これが資産運用の課題です。
 企業年金の資産運用では、「長期運用」の名の下に、環境変化にかかわらず一定の資産配分を維持することが、広く一般的に行われています。一定の資産配分を維持するということは、例えば、株式の組入れ比率を総資産の30%に定めているとすると、株式が大幅に下落して時価ベースでの組入れ比率が低下するときには、株式を買増して30%の比率に戻すという、いわゆる「リバランス」をすることになります。リバランスが正当化される条件は、下がったものは上がるという平均への回帰が成立することです。もちろん、十分な長期においては平均回帰するでしょう。しかし、株式が数年間も下がり続けることは、あり得ます。そうなると、リバランスをしたことにより、損失はどんどん拡大します。一般に、株式の下落が続くような経済環境では、母体企業も厳しい状況にありますから、年金財政の損失に対応できない場合もあり得ます。そうなれば、給付の減額、果ては解散という可能性も出てきて、資産運用が守るべき本来の目的に反してしまいます。実際、そのような状況を、ほんの数年前に日本の企業年金は経験しているはずです。
 リバランスの効果を否定するものではありません。しかし、長期運用だからリバランスをするのが当然、一度決めたルールだから守るのが当然、という発想には疑問を感じます。少しも当然ではないと思います。長期的視点に立って、即ち、企業年金制度の存立の基盤を守るという視点に立って、リバランスをするかどうかを考えること・一度決めたルールの有効性を常に見直すことが、長期運用だと思います。資本市場の環境、母体企業を取り巻く経営環境、全て変化します。非常に速い速度で変化します。構造的、本質的に変化しているとも思われます。そのような変化する環境の中でしか、資産運用はできないのです。

資本市場の構造は、ここ10年間でも大きく変わっています。

しかし、企業年金の基本的な資産配分の考え方は、変わっていません。株式、外国株式、債券(債券代替を含む)、外国債券という四資産の構成を基本にしています。組み入れ比率の決定以前の問題として、このような単純な構成自体が環境に即していません。この基本枠組みを維持する、しかも、その構成比率も一定に維持する、ということでは、とても本来の意味における長期運用にはなり得ないと考えます。
 江戸前の伝統を守ることは、古臭い流儀を墨守することではありません。大切なのは、顧客の満足です。顧客の嗜好は変わる、魚も変わる、という環境の中で、より良い魚を探し、より良い仕事を工夫することが、伝統を守ることになるのだと思います。だとすると、企業年金の長期的資産運用とは、母体企業の経営状況が変わる、資本市場が変わる、という環境の中で、投資対象の範囲をより広く拡大し、より適切に投資対象を選択することで、企業年金制度を守ることに帰着するのだと思います。

次回更新は、12/11となります。よろしくお願い致します。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。