[緊急特別レポート!!]
本当に悪いのは誰だ!マドフ事件レポート①

森本紀行
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バーナード・マドフ(Bernard L. Madoff)の事件は、資産運用ビジネスの歴史に残るもの、いや、残すべきものです。

 個人の犯罪事件として規模が大きいから歴史に残るのではなくて、事件が提起した資産運用業界全体にかかわるビジネス倫理の問題があまりにも大きいので、業界の健全な発展のために、将来常に振り返って反省する際の糧として、歴史に残すべきものだと思います。では、事件は、どのような倫理上の問題を資産運用業界に提起したのでしょうか。特別レポートにまとめて、しばらく連載することにしました。
 まず、事件の概要を簡単に振り返ってみましょう。端緒は、2008年12月11日に、バーナード・マドフが逮捕されたことに始まります。バーナード・マドフは、バーナード・マドフ証券(Bernard L. Madoff Investment Securities)の創業者であり社長でした。同社は、株式の取引では、比較的有力な会社として知られていました。実際、マドフは、ナスダックの会長を勤めるほどの有力者として、証券界で重きを成した人物でした。
 逮捕の容疑は、ポンチ・スキーム(Ponzi Scheme、日本では、ねずみ講や無限連鎖講とよばれる古典的詐欺の手法)を用いて、実に、500億ドル(1ドル90円換算で4.5兆円)にもおよぶ巨額な資金を集めたというのです。この金額の信憑性は疑問(後述します)ですが、少なくとも170億ドル、約1.5兆円は集めたようです。仕組みは、投資収益として投資家に分配する金額を、新しい投資家から集めた元本でまかなうというもので、至って単純な詐欺です。日本でも、海老の養殖話だの、和牛商法だのとして、時々世を騒がせます。ですから、金額を別にすれば、別にどうということはない事件のようなのですが、マドフの場合は、全く本質が違います。順次論点を明らかにしていきましょう。

第一に、マドフはどのようにして、これほど巨額な資金を集め得たのでしょうか。

 実はここに、フィーダー・ファンド(feeder funds)という仕組みが介在します。今どきはインターネット検索の時代です。皆さんもマドフの名前をキーワードにして検索をされたと思いますが、マドフの名前を冠したファンドなど発見できなかったと思います。実際、そのようなものはありません。あるのは、全然別の資産運用会社の運用する複数のフィーダー・ファンドだけです。これらのファンドの名前や、形式的な運用会社の名前は様々ですが、中身は一緒で、同じマドフの運用です。これらの運用会社は自ら運用などせずに、マドフに丸投げしていたのです。
 フィーダー・ファンドが、いくつ存在し、総額がいくらなのかは、正確にはわかっていません。メディアの報道などから現時点で明らかになっているのは、以下のファンドです。
 フェアフィールド・グリニッジ(Fairfield Greenwich)社の運用するフェアフィールド・セントリー(Fairfield Sentry)というファンドが75億ドル(6750億円)、エフ・アイ・エム(FIM)社の運用するキンゲート(Kingate)というファンドが35億ドル(3150億円)、トレーモント(Tremont)社の運用するライ・セレクト(Rye Select)というファンドが33億ドル(2970億円)、ガブリエル(Gabriel)社が運用するアスコット(Ascot)というファンドが18億ドル(1620億円)で、この4つの大きなファンドがマドフの運用ファンドの大半を占めると考えられています。4ファンド合計で161億ドル(1兆4490億円)です。これ以外にも、やや小規模なものが、まだいくつかあるようですが、実態はよくわかりません。名前が出ているのは、フィックス(Fix)社の複数のファンドで4億ドル(360億円)、マグザム(Maxam)社のファンドの2億8千万ドル(252億円)、パイオニア(Pioneer)社のファンドの2億8千万ドル(252億円)などですが、これらのファンドは、オリジナルなフィーダー・ファンドなのか、上記4つのフィーダー・ファンドに投資していただけなのかは、わかりません。上記4ファンド以外の小型のフィーダー・ファンドが複数あるにしても、金額は大きくないと思われます。そうしますと、フィーダー・ファンドの総合計金額は161億ドルをやや上回る170億ドル(1兆5300億円)程度と推計されます。500億ドルではなくて、170億ドルというのが、恐らくはマドフのファンドの合計額です。

では、なぜ、500億ドルと報道されたでしょうか。

 それは、フィーダー・ファンドに投資していたファンド(いわゆるファンド・オブ・ファンズです)が、沢山あるからです。先程、フィーダー・ファンドなのかどうかわらないと申し上げたフィックス、マグザム、パイオニアなどは、もしかしたら、ファンド・オブ・ファンズなのかもしれないわけです。それから、マドフに投資していたという投資家の名前がいくつか挙がっていますが、これらの投資家はもちろん、フィーダー・ファンドに投資していた投資家です。したがって、フィーダー・ファンドの金額と全く同じ金額だけ、マドフに投資していたという投資家が現れることになるのです。500億ドルの半分は250億ドル。先程170億ドルという数字を出しましたが、170億ドルと250億ドルの間のどこかが、本当のところなのでしょうか。

実は、今回の事件の最大の問題点は、このフィーダー・ファンドの仕組みです。

 詐欺資金を集めたのはマドフではなくて、これらフィーダー・ファンドの運用会社なのです。詐欺の中核が資金を集めるという点にあるのならば、事件の中核はマドフにではなくて、フィーダー・ファンドの運用会社、特に主要な4社の責任にあるのではないでしょうか。
 これらのフィーダー・ファンドの運用会社は、自らをマドフに騙された被害者だと主張しているようです。本当でしょうか。実際、4社のひとつガブリエル社のアスコットに投資していたある投資家は、早速に損害賠償の訴えを起こしましたが、訴えられたのはマドフではありません。ガブリエル社のほうです。
 次回は、これらフィーダー・ファンドの問題性について、取り上げます。マドフのフィーダー・ファンドに投資していたファンド・オブ・ファンズの問題は、さらに、その後で取り上げることにします。

>>[緊急特別レポート!!] 本当に悪いのは誰だ!マドフ事件レポート②

>>友達を信じるな?良すぎるものは信じるな?マドフの教訓(前編)
>>友達を信じるな?良すぎるものは信じるな?マドフの教訓(後編)
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。