企業年金の「長期運用」と経営の時間軸

森本紀行
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「長期運用というのは、長期の視点に立って、いま判断し、いま行動することです。」

 と、来る10月15日の月例セミナ「資産配分から資産選択へ」の案内状の中に、書かれています。このセミナ、ぜひ、ご参加ください。今回のコラムは、セミナを本論としたときの序論です。
 案内状には、続けて、「いま」というタイミングの意味を考え直すべきではないか、過去の判断を墨守する資産運用など、あり得ないのではないか、「タイミングのリスクをとらない」ということは、「別のタイミングのリスク」を無自覚的にとることではないのか、とも書かれています。
 私は、これまで、数え切れないほど沢山のセミナを企画して、その案内状を自分で書いてきたのですが、いつも力を入れて書くので、案内状というよりも、独立したコラムではあるまいか、という仕上がりになります。実際、案内状を読むだけで充分、といわれて、参加頂けないこともありました。セミナの案内としては、失格かもしれません。
 この10月月例セミナの案内は、中でも特別に気合の入ったものであります。まさに、いま、伝えたいメッセージなのです。繰り返します。長期運用というのは、長期の視点に立って、「いま」判断し、「いま」行動することです。逆にいえば(逆にすると、なぜか、論調鋭くなる)、長期運用の名の下に、「いま」何もしないことは、正当化され得ないのだ、ということです。

企業経営の常識を離れては、企業年金の資産運用などあり得ないのではないでしょうか。

 これも、同じ案内状の中の一文です。何がいいたいのか、というと、企業経営の常識的時間軸における「長期」と、企業年金の資産運用における「長期」とは、一致していなければならない、ということなのです。
 従来、いわれ続けてきたことに、単年度の業績を重視する経営者に、企業年金の長期運用を理解してもらうのは難しい、というのがあります。当然ですが、資産運用の場合、毎年度、安定的に収益がでるとは限らず、年によっては、少なからずマイナスになることもある。その場合の経営に対する説明のことが、主として念頭に置かれているのです。そうかもしれません。しかし、ここから、一気に、企業経営の時間軸と、企業年金の資産運用の時間軸とは、違う、ということには、ならないでしょう。
 企業年金の資産運用は、企業経営における財務リスク管理の一部を構成するものである以上、時間軸が違うということはあり得ません。企業経営の視点は、単年度業績重視だから、短期的であり、資産運用の長期的視点とは異なる、そんなことはあり得ません。企業は、長期的視点で研究開発をし、長期的視点で設備投資計画を立て、長期的視点で人材育成に取り組んでいます。この意味における経営の長期的視点と、年金資産運用の長期的視点とは、同じでなければならないはずです。
 企業が、長期的視点で投資(研究開発、設備、人材などへの投資)を行っているのは、明らかです。では、このときの「長期的視点」とは、何をさすのでしょうか。問いが大きすぎて、答えようがありません。それでも、これまでの企業年金の資産運用における、通念としての「長期」と比較したときには、少なくとも、次の三つの点は、間違いなく、指摘できるのです。

第一に、明確なビジョンの存在です。

 ビジョンなき経営などありえない。世界経済の動く方向性と、その中での自社の相対的地位のあり方について、将来について、未来について、明確なビジョンを持たないでは、経営できないはずです。一方で、年金の資産運用はどうでしょうか。将来へのビジョンを持った資産運用になっているのか。ビジョンなき運用とまではいいませんが、将来への展望よりも、過去のデータの検証に、より大きな比重がかかっている点は、否めないでしょう。
 例えば、株式、外国株式、債券、外国債券という、いわゆる「伝統四資産」を基本においた資産配分は、一般的に普及しているものですが、この配分比率の決定は、将来への展望に基づいているのでしょうか。そうではなくて、過去の再現性に立脚しているのではないでしょうか。そもそも、過去データによる検証から、答えがでるものでしょうか。将来展望に基づく計画を、過去データで検証することはできるし、検証すべきでもありましょう。しかし、過去の検証からは展望は生まれないでしょう。
 伝統四資産という分類自体も、過去のものではないでしょうか。世界の資本市場の仕組みは、変化しています。現在の資本市場を基本にして、将来を展望してこそ、長期運用なのです。過去を長期に遡及しても、経営の視点における長期運用にはならない。

第二に、明確な期間の定めのない、漠然とした長期ということは、経営にはないでしょう。

 3カ年計画、5ヵ年計画ということはあっても、単なる長期はない。期間の定めがあるのは、その期間中に達成すべき課題があるからです。逆ですか。課題がある、課題は達成されなければならない、達成までの期限を切らなければならない、という順ですね。
 企業年金の資産運用も、常に、解決すべき課題を抱えています。今は、とりわけ、深刻な課題が多いと思われます。積立不足(前回コラム「企業年金の積立不足」をご参照ください)、上場企業であれば退職給付会計の変更の可能性、成熟化にともなう給付増、いずれも、「いつかは解決する」問題ではなく、「いつまでに解決しなければならない」問題です。
 積立不足の問題などは、資産運用だけでは解決できない程度に達しているのかもしれません。掛金の増加が避けられないのかもしれない。しかし、積立水準回復への確かな計画抜きには、企業経営としては、掛金負担は認め難い。その計画が資産運用を規定するのであって、その計画の期限が、資産運用における長期(短期で解決できるとは思えないので)でなければならないのでしょう。

第三は、環境変化への対応です。

 長期経営計画は、環境の変化に応じて変更されます。長期間変更しないから長期なのではなくて、長期的視点で、いま変更するから長期なのです。現代では、金融経済環境は、常に大きく変動し続けています。どうやら、変動幅が大きすぎ、かつ、変動の頻度が高すぎて、非常に経営しにくい時代になってしまったようです。それでも、経営は変化に対応しなければならない。一方で、長期の経営ビジョンは、ぶれてはいけない。そこに、経営の難しさがあるのでしょう。
 資産運用も同じです。ぶれてはいけないが、変化には対応しなければならない。そこに資産運用の難しさがある。では、現実はどうか。一度決めた資産配分は、環境変化にもかかわらず変えないことが、真の「リバランシング」なのでしょうか。環境変化は、資産間の相対価値を常時変動させます。新しい投資対象も含めて、投資価値の高い方へ傾斜を掛けていくような運用の方が、素直ではないでしょうか。あるいは、一定の投資期間について、目標とするリターンの実現確率を高める方向へ動いたり、損失を吸収できる余力の変動に応じて、自分の資産全体の価格変動性を管理(ロスカットも含めて)したりすることのほうが、一般企業経営の常識に近い「リバランシング」でしょう。
 要は、ぶれない投資のビジョン(固定的な資産配分ではなくて)の下、環境変化に対応しつつ、あらかじめ定めた投資のホライズン(期間)の中で、成果を実現していく、これが、経営の視点における長期的資産運用だ、ということです。では、具体的には、どうすることか、これが、10月15日の月例セミナ「資産配分から資産選択へ」のテーマです。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。