エマージング投資の方法論

森本紀行
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エマージング諸国の成長を抜きにした資産運用など、今日、全く考えようもありません。

 投資は、基本的に成長への投資だからです。しかし、エマージング諸国の成長へ投資すること、即、エマージング株式への投資、ではありません。
 よく知られているように、経済の成長と資本市場の成長は、同時平行しません。エマージング諸国の経済が世界経済全体の中に占める地位と、エマージングの株式市場が世界株式市場に占める地位とは、異なります。もちろん、世界経済における占率のほうが、株式市場における占率よりも、ずっと大きいわけです。
 おそらくは、世界の資本市場における地位は、しだいに、世界の経済における地位へ近づいていく。その過程では、エマージングの資本市場の成長率は、相対的に、先進諸国を上回る。そこに、投資の機会を見出すのが、エマージング投資です。

問題は、そのエマージングの投資機会へ参画する方法論にあります。

 大きく分ければ、二つあるのだろうと思います。一つは、エマージング諸国の域内へ投資することです。これが普通の考え方です。もう一つは、エマージング諸国の成長から「直接的」な恩恵を受ける先進諸国の領域へ投資することです。「直接的」というのは、間接的にだったら、先進諸国の、ほぼ全ての領域に、エマージングの成長からの恩恵(および、負の影響)が、及んでいるだろうからです。
 中国を例に取りましょう。それにしても、中国は、「エマージング emerging」、即ち、重要な経済圏として立ち現れつつある、というような現在進行形ではないですね。もう目立ちすぎるくらいに、立ち現れてしまった、という現在完了形ですよね。
 で、その中国への投資ですが、「グレーター・チャイナGreater China」という考え方があります。これは、単なる中国株への投資ではなく(もちろん、中国株を含んでもいいのですが)、中国に直接的な関係が深い企業であれば、広く、中国の外の企業へも投資するものです。広く捉えれば、「中国の成長」というテーマへ投資するグローバル株式戦略です。
 ちょっと脱線するようですが、グローバル株式にとって、国別の分散は、そもそもの運用戦略の趣旨からして、あまり意味がないですよね。「国」は、上場地に過ぎないのですから。ロンドンとニューヨークに上場されている一群のグローバル企業を集めれば、それら企業群の集積された売上や利益の国別構成比を、世界のGDPの国別構成比に近づけることは、充分に可能でしょう。
 そうした先進国の企業群(上場地はどこでもいい。東京でもいい)を中心にしたポートフォリオに、テーマ傾斜をつけることも可能です。例えば、「代替(クリーン)エナジー」というテーマです。実際、クリーン・エナジーは、広大な関連分野に、想像を超える巨大な投資需要を創出するのでしょうが、それらの開発競争は、全世界規模で展開している。どの国が、ということは問題ではなくて、世界を一体としてみて(これがグローバルの字義通りの意味ですけれども)、どの企業が、ということが問題なのでしょう。
 おそらくは、エネルギーの構造転換は、世界の産業構造を、根本的に変化させる。その変革の方向についてのビジョンなき資産運用はあり得ない。今、大転換の初期段階にあって、投資(投機ではない)の地平でのビジョン形成はしにくい。しかし、いずれ、変革と、変革が引き起こす成長の道筋が見えてくる。そこに、本格的な成長株運用、本来の株式投資としての成長への投資がはじまる。ああ、明日の展望はいいですね。しかし、今日がないと明日もないのですよね。

話を戻して、「エマージングの成長」というテーマ傾斜もまた、実は、クリーン・エナジーのテーマと並んで重要です。

 そのエマージングを中国に絞るのがグレーター・チャイナです。別に絞る必要もないので、「グレーター・エマージング」でいいのでしょう。
 エマージングの成長へ傾斜をかけるということは重要ですが、方法論的には、エマージングの国々の株式市場への比重を高めるというような、素朴な古典的な発想だけでは不十分です。ポートフォリオの中の企業群の売上や利益の総計の構成比など、より基礎的条件における、エマージングへの傾斜が問題なのだろうと思われます。
 それから、こうした「グレーター・エマージング」的手法の利点は、エマージング諸国の株式市場へ投資することの構造的難点に対する、一つの解であることも、見逃せません。構造的難点としては、外資規制、市場規模の小ささに伴うボラティリティの高さや流動性問題、ディスクロージャ等の市場秩序の整備状況、などなど、国によって事情は様々にあり得るわけですが、やはり、発達した先進国の市場とは、違うリスクがあるのです。ところが、「グレーター・エマージング」でしたら、投資対象は、主として、先進国の市場へ上場されている企業群なので、こうした問題を回避できるのです。

さて、この問題に関連して、第一の方法論、即ち、直接にエマージングの域内に投資することを考えてみましょう。

 エマージング諸国の発展初期段階にある資本市場に投資することには、当然、構造的リスクがある。公開株式市場のようなパブリックな仕組みが、リスク管理上、先進国と同じように機能するのか。実は、私は、前々回のコラム「市場型リスク管理の限界」の中で、先進国ですら、パブリックな市場でのリスク管理が難しくなっていることを論じています。もっとも、先進国ですら、ではなくて、先進国だからこそ、であって、エマージングならば機能するということかもしれないのですけれども。
 一方で、前回コラム「市場機能を支えるリレーションシップ型リスク管理の意義」では、パブリックな資本市場の機能によらない、個別の投資対象とのリレーションシップに基づくリスク管理、プライベートな関係性の中でのリスク管理の重要性を論じています。エマージング諸国へ直接に投資するとしても、パブリックな株式市場だけではなくて、パブリックな債券市場も、視野に入れなければならない。そして、プライベートな(同時に、非流動的な)投資、プライベート・エクイティ、不動産、インフラストラクチャ、実物資産なども、検討されなければならない。

エマージングへの投資はリスクが高い、非流動的なプライベートな投資はリスクが高い。二つ合わせて、エマージングのプライベートな投資となるとリスクが大きすぎる、というのは、一つの感覚としてはわかりますが、理論的には、必ずしもそうとは限りません。

 パブリックな市場が、プライベートな市場との比較で相対的優位にあるのは、情報の対称性と流動性でしょう。ところが、プライベートなリレーションシップを強化するほうが、より深いレベルでの情報の対称性を実現しやすい。これは、エマージングに限らず、先進国でもそうです。
 また、流動性ということも、資産が、今、売れるということは問題ではなくて、要は、現在の利息配当金などの定期キャッシュフローの確実性が高いことと、将来的な市場規模の拡大による転売可能性の上昇とが、問題なはずです。
 そう考えれば、例えば、エマージングのプライベート・エクイティでも、パブリック株式市場の拡大や、先進国からの直接投資の拡大の下では、それなりの流動性を見込めるわけでしょう。
 そして、不動産。人口の都市部への流入が激しいエマージング諸国では、都市部の不動産は、住居用にしろ、オフィス用にしろ、社会的必要性に基づく定期キャッシュフローの安定性が高く、将来的な流通市場の拡大にともなって、転売可能性も高く見込めるのでしょう。
 また、エマージングのインフラストラクチャ投資についても、経済成長にインフラストラクチャの整備が追いつかないところから生まれる社会的必要性は、不動産一般よりも、より大きいと思われ、定期キャッシュフローの安定性は、一段と高いのではないでしょうか。
 エマージング投資というのは、エマージング諸国における、経済の成長速度と、資本市場・不動産・インフラストラクチャなどの社会基盤の整備の速度とのズレがもたらす、社会的必要(需要)と供給のギャップのファイナンス、まさに、投資の本質としての時間のファイナンスなのです。その本質的な側面から、自由に投資のテーマを創造していくこと、これが、真のエマージング投資です。
 そのような意図から、12月18日に弊社共催で、「インフラストラクチャーセミナー ~新興国における投資機会~」を開催します。ぜひ、ご参加ください。よろしく、お願いいたします。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。