価値と価格とインカムとバリュー

森本紀行
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バリューとは、valueであり、価値のことですが、投資の世界では、バリューは価値そのものではなくて、価格と価値の差(価格を上回る価値の部分)のことです。そのような特別な意味をこめて、敢えてカタカナでバリューと呼びましょう。

 バリュー投資は、投資の基本です。しかし、もっと基本的なことは、仮に適正価格(価値をそのまま体現した価格、いいかえれば、バリューがない価格)で資産を取得しても、投資収益はあるということ、そのバリューがないところにおける投資収益の期待値が、まさに、投資の本源的収益であるということ、です。バリュー投資とは、適正価格を下回るところで投資をして、本源的収益を上回る追加的収益を挙げようとする試みであります。
 では、この本源的収益とは何でしょうか。簡単です。広義の金利的要素です。資産を所有することに必然的に付随してくる金融収益です。そもそも、債券・貸付金・預金等の金利、株式の配当、不動産の賃料などのように、利息配当金収入の期待値を内包しないようなものは、資産ではあり得ません。ですから、定義により、資産を所有すれば、金利的な収益の要素が、必ず付随するのです。それが本源的収益なのですが、その金利的要素を明確にする意味で、ここでは、インカムと呼びましょう。
 金利は期間などによって様々です。便宜的に、長期の国債、長期といっても、10年なのか、超長期の20年、30年なのか、色々あり得るのですが、これも便宜的に10年にして、10年国債の金利を、インカムの指標にするのが、無難でありましょう。
 10年国債の金利をインカムの指標に置いたとしても、それは、最低限のインカムです。この10年国債の金利を前提にして、ある程度合理的に、他の様々な資産の価格が形成されているとしたときに、各資産は、それぞれの固有のインカムの期待値を持つことになります。例えば、日本の10年国債の利回りが、1.3%というときには、それを最低限にして、株式や社債、不動産などのインカム期待値は、その少し上に、おそらくは0.5-2.5%くらい上に、分布するのではないでしょうか。
 このような基準金利を前提にして資産の価格形成が行われている状態というのは、様々な資産が適正価格、即ち、価値そのもので、より本源的収益としてのインカムとの関係を明確にしていえば、本源的価値そのもので、取引されている状態です。このときに、各資産は、それぞれの固有のインカム期待値を持つことになります。逆にいえば、そもそも、資産価値(あるいは適正価格)とは、インカムの期待値の現在価値ということですね。

資産運用の基本的課題の第一は、このインカムの配分です。あるいは、伝統的な資産配分という用語を使うならば、インカムの源泉となる資産の配分、これが、基本中の基本です。

 機関投資家とは、債務に対応した資産を運用する投資家のことです。債務にはコストがあります。コストを上回るインカムの期待値を実現するように資産配分を行うのが、基本です。その際、特定のインカム源泉に偏らないように分散を工夫することを、分散投資というのです。
 ところで、価値と価格は一致しない場合が多いのです。ある資産の価格が価値を上回ったときは、割高なのだから、その資産の配分を減らし、逆に、価格が価値を下回ったとき、つまりバリューのある時は、配分を増やす、このようにして、資産配分のリバランスを行うこと、これが資産運用の第二の課題です。インカムが資産運用の第一課題とすれば、第二課題はバリューです。
 バリュー運用は、本来は、極めて保守的なものなのだろうと思います。つまり、価格が価値に対して割高になることまでを、想定するものではないのです。割安なとき、即ち、バリューのあるときにのみ、新規に配分を振り向け、もしくは配分を増やし、バリューが解消してしまえば、配分をなくすか、本来の基本配分へ戻す、というのがバリュー運用の基本なのだろうと思います。
 つまり、バリューのあるときだけ、バリュー運用がある、という保守的なものが、本来のバリュー運用なのです。なぜ、保守的なのかというと、価格が価値を下回る部分、即ち、バリュー部分が、価格の下落に対するクッションの役割を演じるからです。
 そもそも、インカムに基づく資産配分そのものが、極めて保守的なものです。インカムは、資産の基礎的収益であって、価値(と同時に価格)の上昇期待を含まないものだからです。バリューは、価格の上昇を見込んでいますが、価値の上昇までは見込んでいません。あくまでも、価格が価値に追いつく、その部分だけを見込んでいるに過ぎません。本来の資産運用は、現在の資産の価格を前提にして、将来の価値の上昇を見込まないで、あくまでも、現時点の資本市場の現実を基準にして、行われるものなのです。現時点の事実に立脚した、冷静で保守的な営みなのです。

そうはいっても、第三の課題として、資産運用の働きによって、価値を上げることはできないだろうか、という挑戦は残るわけであります。

 念のために強調しますが、価値を能動的に上げるのです。価値が上がることを受動的に期待するわけではありません。このような能動的な働きは、バリューアップ value upと呼ばれます。
 バリューアップは、主としてプライベートな投資の仕組みで行われます。これは当然で、投資対象へ積極的に働きかけなければ、バリューアップは行えず、そのような働きかけは、プライベートな関係性において、より有効に機能するからです。プライベートエクイティと不動産はその代表的な例でしょうが、融資などのクレジット投資の一部にも、強くプライベートな関係性におけるバリューアップの働きがあります。なお、パブリックな市場でも、例えば、株式のアクティビズムなどは、本来は、バリューアップを志向した運用です。
 バリューアップは、積極的な働きではありますが、一方で、極めて強いリスク管理を前提とした、堅実な運用です。なぜなら、ここでは、リスクの大きい小さい問題ではなくて、プライベートな関係性におけるリスク管理の可能性が問題なのです。当然に、管理できないリスクについては、投資対象にはしないという、強い自制が働きます。その意味で、本来は、保守的な運用なのです。

以上、インカム、バリュー、バリューアップという三つの課題で、資産運用の基本を纏めました。

 これは、古くから変わらない、資産運用の基本的な姿なのです。ただし、1980年代から進行してきた統計的手法の導入による技術化は、いつか本来の姿を、技術的装飾の氾濫の中に埋没させました。
 今、改めて重要なことは、原点へ回帰することです。実は、このコラム、2008年7月24日に第1回「資産運用の原点へ帰る!」というタイトルで書き始めたものなのです。今回が第53回になります。この間、非常に広い範囲のテーマを取り上げましたが、今回のコラムが、一つの総括です。
 次回以降、さきほど「技術的装飾」としてやっつけておいた手法との対比の中で、議論の精緻化を図ってまいります。詳述しないと、本稿だけでは、ご理解いただけないところの多いのは、承知の上ですので。
 なお、一つだけ、誤解がないように最後に付け加えますが、価値の上昇を見込まないことと、価値の測定に将来への展望を含むこととは異なる点に、充分ご留意ください。しかも、この二つは、極めて微妙な関係に立つのです。実のところ、価値の測定の中に、楽観的な仮定を内包させることで、価値の上昇を、こっそりと隠しこんだような投資のあり方が、横行しやすいのです。同様に、今のインカムとインカムの期待値も違うことにご注意ください。いずれにしても、これらの詳細、今後、おいおいと議論してまいります。

2010.1.21掲載:投資のオポチュニティーと金融の社会的機能

森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。