クレジット投資の魅力

森本紀行
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お金を貸したら、一定期間後に利息をつけて戻ってくること、これが投資の、というよりも金融そのもの、原点です。お金が戻ってくる、つまり、リターンreturnしてくるから、リターン(投資収益)というのです。

 リターンしてくる金額は、最初に貸し出した元本と、元本から生まれた利息の、二つの要素に分けられます。利息は、元本から生まれた子供だから、利息(利子)とよばれるのです。1月14日のコラム「価値と価格とインカムとバリュー」では、この投資収益の基本的形態である利子的要素を、インカムと名づけました。インカムという用語を使うのは、観念的に「お金を貸す」ということは、具体的形態(法律的または金融技術的)として、多様な姿をとりうるので、その全てに共通する利子的要素を、インカムと呼んだのです。
 投資の基本は、全く当然のこととして、このインカムを増やすことと、元本を守ること、この二つにつきるといっていいでしょう。なお、元本を守ることが大切なのは、元本が減ると、その上に発生するインカムも減るからです。これが、元も子もない、ということの本当の意味です。このことは、2009年4月のコラム「元も子もなくなるから資産を守れ!」(23日の前編30日の後編)で論じておきましたので、ご参照ください。

さて、このインカムですが、二つの基本要素に分解されます。

 一つは時間、もう一つは確実性です。「お金を貸したら、一定期間後に利息をつけて戻ってくる」と、冒頭に書きましたが、一定期間後という時間の要素と、戻ってくることの確実性の要素との、二つがあるのだということです。
時間の要素については、2008年8月 7日のコラム「時間と金利と農林水産業ファンド」で、論じておきましたので、ご参照ください。今回は、時間ではなくて、もう一つの確実性の要素について論じたいと思います。
 実は、1月の14日のコラム「価値と価格とインカムとバリュー」から始めて、21日の「投資のオポチュニティーと金融の社会的機能」、前回28日の「バリューとカタリスト」と、今、連載コラムの形で、投資の基本概念の整理をしていて、これが4回目になります。これまで、インカム、バリュー(およびカタリスト)、バリューアップ、オポチュニティ(およびプレミアム)というふうに、カタカナで基本概念を整理してきました。今回は、このインカムの中に、クレジットという概念を付け加えようと思います。クレジットとは、インカムの確実性のことです。
 クレジットという言葉で、何か特別なことを意味しようとしているのではありません。通常の信用リスクのことです。お金を貸したときに、元利金を回収できるかは、100%絶対に確実ということにはなり得ません。日本国政府に貸す(つまり国債を買う、ということですね)ときにすら、絶対に元利金の支払いが確実だとはいえません。
 元利金の支払いの確実性は、債務者ごとに、様々に異なります。だからこそ、目安として、信用格付が必要になるのです。しかし、格付は、目安にすぎまぜん。クレジット投資の王道は、あくまでも、投資のプロフェッショナルとして、元利金の支払いの確実性を詳細に分析評価した上で、投資価値判断を下すことです。
 ダブルA以上の銘柄に投資するというような基準は、それ自体としては、間違いではないでしょう。しかし、詳細な銘柄分析をすれば、ダブルA以上の銘柄の中にも、実質価値としては、シングルA以下と判断されるものもあるでしょうし、逆に、シングルA以下の銘柄の中にも、ダブルA以上の実質価値をもつものも、たくさんあるでしょう。特に、後者のように、表面の価値が本当の価値を下回るところに、投資の意味を見出すのが、本来のバリュー投資であるわけです。

さて、クレジット投資の魅力を考えるについて、いきなり、唐突なことを申し上げましょう。

 いわく、いかにクレジットに差があっても、即ち、いかに投資資金回収の不確実性が異なっていても、トータルリターン(利息による収益と破綻等による損失の合計値)の期待値は、同じであろうということです。これは実は、いわずもがなの、自明なことなのです。なぜかというと、予測される損失額を補填するように、利息水準が定められるからです。
 単純な例で考えましょう。絶対に確実な債券(そのようなものは、本当は、存在し得ないのですが、話を単純化するために想定するのです)があって、その金利が1%で、満期が一年としましょう。一方、破綻確率が1%で満期1年の債券が、多数の銘柄種類(統計的に1%の破綻確率が有意なものとなるのに充分なだけ多数、ということです)があって、破綻した場合は投資額全額が損失になるとしましょう(これも、そのようなことはなく、通常は、ある程度は回収できます)。この場合、破綻確率1%の債券の利率は、2%でなければならない。
 これは、簡単な計算ですね。充分に分散された破綻確率のある債券の集合は、破綻による損失1%を、残りの99%の2%(ほぼ2%ですね)によって埋めて、結局、1%の収益が残るからです。おそらくは、このことが、本来の「ハイリスク、ハイリターン」の意味だったのでしょう。破綻による損失(ハイリスク)を補償するには、高い利息(ハイリターン)が要求される、ということだったのです。
 しかし、一方で、この「ハイリスク、ハイリターン」のハイリターンについて、トータルリターンそのものも、ハイリターンになると考えられています。つまり、単なる損失補償分だけではなくて、さらに追加的なリターンも必要なのだと考えられています。なぜでしょうか。

一つの理論的根拠は、損失と利益は、単純に相殺されないということだと思います。

 つまり、発生の時期がずれる可能性があるということでしょうね。損失は、いつ発生するかわからないから、保守的には、事前に引当てたほうがいいですね。銀行等の資本規制の考え方は、まさに、そのような思想に立脚しています。こうなると、実は、経済も変わるのです。
 さきほどの同じ単純例でいっても、破綻確率のある債券は、投資したところで、1%の損失を引当てます。つまり、資本規制上、1%相当の資本が要ることになります。ところが、破綻確率のない債券のほうは、そのような引当ての必要がない。この違いが重要な意味を持ちます。破綻確率のある債券へ投資する場合は、必ず、追加所要資本があって、その資本には当然にコストがかかるのですから、その資本コスト分だけ、さらにリターンがないと辻褄が合わないというわけです。
 この資本コストの問題は、非常に重要な意味をもちます。破綻確率が高くなるほど、引当額が大きくなり、所要資本が大きくなるので、要求リターンが急激に高くならざるを得ないということです。クレジット投資は銀行等の金融機関の本業です。その重要な投資主体が、このような資本利潤の要求をもつことは、クレジット関連投資対象の価格に、大きな影響を与えます。ここに、クレジット投資の魅力があるのです。

なぜ、クレジット投資は魅力的なのか。

 企業年金や財団のような、本来の投資家は、資本コストがないからです。他人の資本コストを含んだリターンを、資本コストを払わずに手に入れることができる。ここに、大きな魅力があるはずです。さらにいえば、理屈上、信用リスクが大きいものほど、資本コストが大きいので、相対魅力度は高いはずなのです。
 最後に、一つ付け加えておきましょう。鋭い読者の方は、既にお気づきでしょうが、サブプライムに代表される、信用リスクの大きな債権(券)を使った資産担保証券は、まさに、この資本コストの作り出す非効率を、ものの見事に逆手にとった金融工学の濫用であったわけです。
 資本規制下にある銀行等にとっては、資本コストのかからない投資対象に組成する一方で、資本規制を受けない投資家にとっては、資本コスト分だけ追加リターンがでるように組成していたはずなのです。その理屈自体は、やはり、正しいのだと思います。しかし、理屈を実践する方法は、明らかに間違っていたと思います。それでも、方法の間違いは、基本理論の正しさと関係ないのも、事実でしょう。

2010.2.10掲載:インカムと時間とキャピタルストラクチャ
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。