再び、ヘッジファンドなるものについて

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
前回の「ヘッジファンドなるものについて」の続きを、お願いします。前回は、ヘッジファンド戦略を、市場リスクをヘッジして価格の非効率をとらえること、と定義した場合に、マネッジドフューチャーズがヘッジファンドに含まれ得るか、というところで終わったのでしたが。

 マネッジドフューチャーズは、それが投資であって投機でない限り、単なる価格変動への賭けではあり得ず、何らかの価格の非効率を取りにいく工夫でなくてはなりません。そのとき、一つ考えられるのは、フューチャーズ(先物)の市場が、実物を扱う取引業者にとっては、在庫等の価格変動リスクのヘッジの市場であると同時に、投機家にとっての思惑による取引の市場でもあることです。
 十分な量の投機家がいなければ、実需をもつ業者のヘッジはできません。投機で買う投資家がいなければ、実需のヘッジの売りはできない。市場とは、立場の異なる多数の投資家が参加しない限り、有効には機能しないのです。
 さて、それにもかかわらず、投機と実需は、短期的には、常時、不均衡だと思われます。故に、価格は上がりすぎ、また下がりすぎる傾向をもちやすいのでしょう。そこに、投資の機会を見出すのがマネッジドフューチャーズだと思います。
 マネッジドフューチャーズは、価格変動に賭けているのではなくて、特殊な需給構造が作り出す価格変動のくせというか、ある傾向性に投資している、といえるでしょう。その限り、マネジッドフューチャ-ズは、市場リスクを避けつつ、価格変動の非効率から収益をあげるのだからヘッジファンドの要件を満たしているのではないでしょうか。
 それにしても、少し脱線しますが、投機は投資ではない一方で、投機が作り出す状況は投資の対象になることは、中々に興味深い点です。投資とは、投機を避けることではなくて、投機も前提にした、もう一つ上の仕事なのです。

ところで、ヘッジファンドの分類に、イベントドリブンというのがありますが、これは、どういう意味で、ヘッジファンドなのでしょう。

 イベントドリブンというのは、英語のevent drivenだから、何らかの出来事(イベント event)をきっかけとした投資機会をとらえることをいうのです。代表的な出来事は、合併・買収と破綻です。破綻につきましては、ディストレスト戦略として、前回取り上げました。今度は、合併・買収を検討しましょう。
 話は飛びますが、私は、いろいろな機会に、キャピタルストラクチャ資本構成)の重要性を論じてきました。キャピタルストラクチャというのは、企業の資金調達の構成をいうのであって、具体的には、最上位の債務から最下位の株式までの法律上の構成をいうのです。
 現在の金融の顕著な特色は、このキャピタルストラクチャの多様化にあります。債務の中には、複雑な優先劣後順位が定められますし、株式の中にも、多様な種類株を設けることができます。更には、債務と株式の中間に、多様なメザニン(mezzanine 中二階、株式を一階、債務を二階に喩えたときの中二階の意味)を作ることもできます。
 複雑化の一つの問題は、キャピタルストラクチャの中の特定部分の価値の測定が難しくなることです。そこに、非効率な価格形成の可能性があり、ヘッジファンドの投資機会があるのです。

キャピタルストラクチャ裁定のことでしょうか。

 そうです。キャピタルストラクチャ裁定の投資機会は、広くとらえるべきだと思います。前回取り上げた転換社債の裁定取引は、キャピタルストラクチャ裁定の一種です。転換社債は、キャピタルストラクチャ上の社債(債務)と株式の中間に位置するメザニンです。転換社債を買い(ロング)、株式を売る(ショート)ことは、まさに、キャピタルストラクチャ裁定でしょう。
 キャピタルストラクチャ裁定がヘッジファンドであるのは、同じ企業のキャピタルストラクチャの中での異なる位置の買いと売りの両建てだから、企業価値の変動からは中立であり、市場リスクをとらない投資になるからです。ここでは、純粋に、キャピタルストラクチャの中の相対価値の非効率を、投資機会として取り出しているのです。
 同じように、社債のヘッジファンド戦略もあり得ます。例えば、社債と劣後社債との間の裁定取引で、劣後社債を買い(ロング)、上位の社債を売る(ショート)投資戦略です。こうすることで、信用リスクを中立化しつつ、キャピタルストラクチャ間の相対価値の非効率を純粋に取り出すことができるのです。

ところで、イベントドリブンの例として、合併・買収を機会とするヘッジファンド戦略の話をしていたと思うのですが、それとキャピタルストラクチャ裁定とは、どのような関係があるのでしょうか。

 二つの会社が合併すれば、一つの会社になる。合併前の二つの会社の株式は、一つの株式になる。当たり前のことです。ですから、もしも、合併の成立を前提にしたら、合併前の二つの異なる株式は、合併後の一つの会社の種類株にすぎなくなる。だから、そこに、裁定機会が働くのです。
 合併に伴う株価裁定は、従って、広義のキャピタルストラクチャ裁定ですが、違いも明らかですね。つまり、合併の成立を前提にすれば、合併比率を調整後で、二つの株式は等価になる。等価の方向へ二つの株価は動くのだから、これは完全な裁定機会です。転換社債裁定と並んで、合併裁定が、代表的なヘッジファンド戦略とされるのは、このためです。
 完全な裁定機会だから、確実かというと、そうでもない。合併の成立を前提にしているところに、危険があるのです。発表された合併の全てが、成立するわけではないからです。合併が成立しなければ、この裁定機会、一転して損失機会になると思います。その合併成立の判断に賭けるところに、合併裁定の特色があります。

そうしますと、市場リスクをヘッジして価格の非効率をとらえるという定義、もしくは、市場リスクのないところで市場リスク以外の賭けを行うという拡大された定義は、ヘッジファンドとして知られている戦略のほとんどに当てはまるということでしょうか。

 その通りです。しかし、ヘッジファンド戦略が、きちんとした定義の中に収まるということと、存在する全てのヘッジファンドが、あるいは自称ヘッジファンドが、そのような定義の要件を充足しているかどうかは、異なる問題でしょう。
 よく考え下さい。例えば、転換社債裁定、合併裁定、ディストレスト、これらが、戦略的に優れたものであることはわかりますが、金額に換算したときに、一体、どれほどの機会が常時存在しているものでしょうか。機会を厳密に定義し、投資の完成度を追求すればするほど、投資できる金額が小さくなるのは、自明でしょう。
 その意味で、私は、かねてより、ヘッジファンドなるものの金額が大きすぎるのではあるまいか、との疑念をもってきました。つまり、ヘッジファンドなるものには、厳密に定義されたヘッジファンドではないものも、たくさん含んでいるのだろうと考えているわけです。

偽者のヘッジファンドですか。

 そうではありません。要は定義の問題だといっているのです。私のように狭くヘッジファンドを定義すると、ヘッジファンドでなくなるヘッジファンドがでてくる。そのような、いわばヘッジファンド的な何者かにも、投資価値はあるのでしょう。少なくとも、投資価値のあるものも含むのでしょう。

そのようなものにも、ヘッジファンド的な共通性はあるのでしょうか。

 そうです。例えば、前回も、共通性として取り上げただけで触れることのなかったファンドという性格です。しかし、またもや、時間切れではないでしょうか。

2010.12.9掲載:またまた、ヘッジファンドなるものについて
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。