またまた、ヘッジファンドなるものについて

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
ヘッジファンドなるものについて」の三回目を、お願いします。前回前々回と、ヘッジファンド戦略の定義について、ヘッジという共通の概念を軸に整理したのでした。今回は、もうひとつの要素、ファンドという概念を取り上げていただきたいと思います。

 ファンドというのは、本来は、投資信託と同じことで、多数の投資家の資金を合同して運用するための技術的な工夫にすぎません。ファンドという何か特別の投資の方法があるわけではありません。しかし、世の中では、ファンドというと、何か特殊なものを、しかも人によっては、何か胡散臭いものを、想像されことがあるようですね。
 ハゲタカとか、乗っ取りとか、価格操縦とか、冒険的投機とか、法規制の潜脱行為とか、何か、そういうことと誤解される人もいるのでしょうが、事実として、そのような正規な投資の枠組みから逸脱したようなものも、形式的にファンドを用いればファンドには違いないのだから、困ったものではあります。
 繰り返しますが、ファンドというのは、合同運用の形式にすぎないのであって、それ自体、運用戦略上の特別の意味をもたないものです。ましてや、反社会的な行為を象徴するようなものでは、決してないのです。

ということは、理屈上、ファンドを用いないヘッジファンドもあり得るということでしょう。

 現に、セパレイトアカウント(separate account 合同運用ではない一人の投資家専用の運用口座)を設定して、ヘッジファンドの運用会社に運用させることも、行われています。ファンドではないヘッジファンドというのも変ですが、あり得ることです。

しかし、ファンドという概念を敢えて取り上げるのは、ヘッジファンドがファンドという建付けで登場してきたことに、それなりの理由があるということなのでしょうか。

 おそらくは、そうなのでしょう。ただし、ファンドという形態がもつ諸特性のうち、ヘッジファンドの戦略にとって、本質的なものもあれば、そうでないものもあるのだと思います。
 とりあえず、思いつくままに、ヘッジファンドによって利用されているファンドというものが、一般的に備えている属性をあげてみましょう。概ね、三つのことがあげられるのです。自由度の高さ、一定の秘匿性、レバレッジ(片仮名を使わない主義からすれば、借入とすべきですが、一般的な借入ではなくて、ファンド固有の借入という意味で、敢えてレバレッジとしておきます)、この三つです。
 自由度の高さというのは、規制の緩さと同じことではないのですが、やはり、高度に規制された現代の資本市場の仕組みの中で、自由度の高い運用を確保するためには、ある程度、規制環境の緩さということも要件にはいってくることは、避け得ないのです。
 実際、ほとんどのファンドは、ケイマンなどの、いわゆるオフショアに設置されています。このようなオフショアの場合、やはり、ファンドの設立と維持管理に関し、設計の自由度や費用等の面で、利便性が高いことは、否定できないのです。
 念のために申しますが、米国にしても、英国にしても、あるいは日本にしても、国内の合同運用の仕組みである投資信託に高度な規制を課しているのは、投資のプロではない個人投資家の保護を目的としているからです。
 一方、ヘッジファンドの投資家は、たとえ個人の富裕層であっても、明らかにプロの投資家と看做さざるを得ないのです。プロの投資家を対象とする限り、多くの規制は不要なのです。より簡易な仕組みを用いることで、費用を節約し、また運用戦略の自由度を確保することは、投資家の利益にもなるのです。

ヘッジファンドについては、自由な組み立てが大切なのだとは思いますが、一方で規制強化論もあるようですね。

 そのようですね。しかし、私の見立てでは、規制強化は、仕組みの自由度とは別の視点で考えられているのだと思います。一つは、明らかに、不正資金の流入阻止、いわゆるマネーロンダリングの排除にあるのだと思います。そして、もう一つは、ファンドの第二の特性としてあげた、秘匿性です。
 秘匿性は、ヘッジファンドにとっては、非常に重要な要件なのです。ヘッジファンドからヘッジは外せません。ヘッジの代表的な手法は、いうまでもなく、空売りです。問題は、この空売りの実態を開示することはできない相談だ、ということです。
 空売りをしている人は、必ず買い戻さなければならないとういう、大きな制約を負います。もしも、空売りしていることが周囲に知れてしまったら、いわゆる踏み上げを受ける可能性があります。踏み上げというのは、誰かが空売りしている銘柄を、別の人が逆に買い上げることです。こうなると、空売り側は、買戻しによって損失確定をしなければならなくなる一方、買い手側は、より高い価格で買い戻されることがわかるので、安心して買うことができるのです。
 株式などは、まだいいのですが、債券などの発行額の限られたものとなれば、空売りの危険性は高く、それだけに、秘匿性は絶対的条件なのです。
 空売りの問題だけでなく、そもそも論として、ヘッジファンドの戦略の主流は、小さな価格の非効率をとりにいくものなので、売買の実態を他人に知られることは、裁定機会を失うことにもなり兼ねないのです。
 個別口座(先ほどのセパレイトアカウント)の場合は、個々の取引が投資家に完全に見えてしまいますが、ファンドという形態にすれば、開示を制限することができるのです。

しかし、印象としては、秘匿性の中で収益をあげるというのは、何か、ずるいというか、不公正な感じを否めないのですが。

 そうでしょうか。勝負事にたとえるのは、よくないかもしれませんが、勝負事には二種類あるでしょう。チェス、将棋、碁のように、相手の手の内が完全に見えるものと、トランプ、マージャンのように、手の内を隠してやるものとの二種類です。市場取引というのは、どちらかというと後者に近いのではないでしょうか。
 市場原理は、思惑を異にした不特定多数の市場参加者の売買が価格の公正性を担保するしくみです。価格変動の中に、市場参加者の思惑、需給関係を読み取ることが、取引の基本になっているのであって、各参加者の思惑の秘匿性は、最初から前提条件でしょう。

秘匿性が、不正取引などの逸脱現象の温床になりやすいという点についてはいかがでしょうか。

 私は、前回、前々回と、ヘッジファンドには、運用戦略としての合理性のあることを、投資の社会的機能があることを、論じてきました。そのような意義のあるヘッジファンドの戦略の実行を、逸脱現象を阻止するために規制することには、賛成し兼ねます。それではまるで、犯罪防止の美名の下に、絶対不可侵な人権を制限するようなものです。
 また、空売り自体を規制しようとする考えもあるようなのですが、市場が機能するためには、流動性が必要なのだという重要な論点を忘れてはならないのです。前回、マネッジドフューチャーズの意義について論じましたように、投機すら市場には必要なのです。ヘッジファンド戦略が、基本的に価格の非効率を取りにいくものである限り、市場の効率化に貢献するものであることに、ぜひとも留意下さい。

では、最後にレバレッジの問題を。

 レバレッジについて重要なことは、裁定機会への確信度の高さなのだと思います。つまり、ヘッジファンド戦略が市場価格変動のリスクをとらないものであることが、レバレッジを可能にするということです。
 このことは、価格変動のあるものに借金して投資すること、例えば、借金して株式に投資することが、非常に危険な投機であるのと対比して考えれば、明らかだろうと思うのです。価格変動をヘッジしているからこそ、レバレッジを使って投資しても、投機にはならず、科学的な投資であり得るということです。
 そして、投資機会についての確信度が高ければ高いほど、レバレッジを大きくできるのです。

2010.12.16掲載:もう少し、ヘッジファンドなるものについて
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。