ベンチャーキャピタルなるものについて

森本紀行
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プライベートエクイティなるものについて、これまで四回(第一回第二回第三回第四回)連続して取り上げてきたのですが、今回は、最後の起業におけるプライベートエクイティの役割、即ち、ベンチャーキャピタルの話をお願いします。

 起業というのは、産業の発展にとって大切な機能ですね。資本主義の精神そのものかもしれません。その重要な起業も、資金がなければ始まらない。この起業資金の調達を支援するのがベンチャーキャピタルです。
 ベンチャーキャピタルは、非常態の金融、即ち、事業キャッシュフローの予測可能性が低いときの金融という意味で、プライベートエクイティの代表例ということができます。なにしろ、まだできていない事業、これから作ろうという事業なのだから、キャッシュフローは読めない。
 もちろん、業を起こす人には、主観的には、キャッシュフローが読めるのでしょう。そうでなければ、社会的に意味のある起業にはならない。単なる冒険でしょう。問題は、起業家の頭(というよりも心でしょうか)にある事業展望を客観化することは困難であろう、ということです。


困難だから、プライベートエクイティとしてのベンチャーキャピタル登場なのでしょう。

 そうなのですが、いかにプライベートエクイティがキャッシュフローの読みにくいときの金融だとしても、ベンチャーキャピタルの場合は、読みにくさの程度を超えているのではなかろうか、そういう疑念は残るわけです。
 起業というのは不確実な将来へ賭ける行為だから、その将来のキャッシュフローの見込みについては、基本的には、起業家の構想を信じるしかないのでしょう。この信じるという要素は、どんな金融についても、決して消し去ることはできないのです。金融は信用なのですから。問題は信じる程度でしょう。
 起業家の構想というのは、いわば紙の上の絵です。絵を信じていいのか


起業家の描いた絵を信じてはいけないと。

 いいえ、信じないと投資が始まらないでしょう。ベンチャーキャピタルなど成り立たないでしょう。論点は、単に信じるのではなくて、信じることが実現していく確率が制御されねばならない、ベンチャーキャピタル投資は、そのような科学的方法によって裏打ちされなければならない、ということでしょう。


いわゆるハンズオンですか。

 そうとも限らないですが、ハンズオンも一つの方法でしょう。ところで、ハンズオンは、hands-on であって、一般的には、出資先企業への積極的な経営支援を意味します。
 限られた資源で出発する小さな企業は、その資源が限られているということ自体で、成功確率を小さくしてしまうのでしょう。だから、そこを補う支援が必要なのです。
 例えば、製品はいいが営業戦略が悪い、事業自体はいいが人事・財務・法務などの内部管理ができていない、こういうことは、起業においては、むしろ当たり前のことでしょう。事業構想だけでは業は成らない。周辺の支援が外から提供されれば、成功確率は高くなる。
 ベンチャーキャピタルに求められることは、ハンズオンを通じて、成功確率自体を自ら制御していくことなのです。しかも、これはベンチャーキャピタルにもできる。ベンチャーキャピタルにとって、起業家の事業構想そのものは起業家固有のものであって、信じるしかないものですが、その実現を支援することは、営業政策にしても、内部管理にしても、一般性のあることなので、自らが積極的に関与できることなのです。


成功確率を高める方法はハンズオンに限らない、といわれた趣旨は何でしょうか。

 成功確率を高めるとはいっていない。成功確率を制御するといっているのです。例えば分散。分散したからといって、成功確率は高くならない。ただし、分散を徹底すれば、成功確率は平均値へ収束するでしょうから、予測可能性は高くなりますね。
 個々の起業の成功確率は制御し得なくとも、多数の起業が行われ、その合計が全体として社会に対して付加価値を創出しているのであれば、分散戦略は、それなりに有効なのでしょうね。ただし、優れた起業案件に少数投資する場合に比較して、収益率は低くならざるを得ないのでしょう。
 収益率は、高さが問題なのではなくて、その安定的な実現確率が問題だとしたら、幅広い分散戦略というのは、それなりに意義のあることなのでしょう。
 日本のベンチャーキャピタルについては、ハンズオンの弱さと小金額を広範に分散投資する戦略の問題性を指摘されてきているようですが、ハンズオンを強くして投資先を絞る戦略(米国の戦略の主流はこちらだとされているようです)との比較において、優劣を論ずべき性格のものではないようです。
 日本流といわれるやり方は、結果として投資収益率の低さにつながったとしても、収益率の質という意味での評価の可能性は十分にあるのです。


しかし、それは、日本の起業が全体として成果を生むという前提でしょう。その前提が崩れたら、意味を失いますね。

 まちがいなく、そうでしょう。起業という厳しい競争は、全体としては成果を生まずに、少数の成功者のみが成果を生むということであれば、ハンズオンと投資先の厳選ということは不可避でしょう。もしかすると、日本でも、そういう転機が生じているのかもしれません。
 ところで、この投資先の数を減らすということですが、このことは、要は、一つの投資先に対する投資額を大きくするということにつながるでしょうね。この大きな金額を投資するということもまた、成功確率を制御する一つの方法なのだと思います。


一つの投資先に大きな資金を投資することは、危険ではないでしょうか。

 危険でしょうけれども、危険を制御することにもなるのではないでしょうか。豊富な資金量は、経営の展開力を増し、競争の条件そのものを変えてしまうこともあるのではないでしょうか。例えば、同業他社を潰してしまう、あるいは買収してしまう、そういう攻撃的経営も可能になるかもしれませんね。
 時間もそうでしょう。時代の転機を捉えた優れた事業構想でも、その転機が訪れる時期を正確に読むことはできないでしょうね。しかし、構想が優れていれば、転機はくるのでしょう。時間をかけた待ち伏せ戦略をとることができれば、成功はできる。しかし、そのためには、大きな資本をもたねばならないのです。
 ここに、ベンチャーキャピタルの、おそらくは、本来の機能があるのでしょう。金融は、所詮、金融です。金融自体に新しい価値を創出する力はありません。しかし、しかし、金融は、実業に対して時間の猶予を与えることで支援をすることはできるのです。ベンチャーキャピタルの機能は、創業に大きな時間の猶予を作ることです。だから、エクイティなのです。エクイティは時間です。この点については、「インカムと時間とキャピタルストラクチャ」を参照下さい。


ところで、このサイトの金融最前線には、「帯広信用金庫「地域シンクタンク機能の強化と創業支援融資」」が掲載されていますね。これをみると、創業支援にも融資が使われ得ることが示されていますね。

 そうなのですね。創業の金融はエクイティという常識を打ち破る画期的な取り組みです。しかし、この問題に触れると、きりがなくなるので、金融最前線の記事を、ゆっくりとお読み下さい。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。