無法な批判の前に沈黙する東京電力

森本紀行
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それにしても、東京電力についての議論は、あまりにも乱暴な、超法規的な、感情的な方向へ流れていくようです。どうやら、緊急の課題である原子力損害の補償は、どこかへいってしまって、巨大な電力利権への思惑が露骨に表面化しているようで、甚だもって憂慮すべき事態ですね。

 私が一番恐れるのは、「憲法問題なども生じ得るが、国家危機時の対応という点でこの程度の権利制限は合憲とされるはず」というような、超法規的言論の横行です。こういう論者は、「国家危機」などという耳触りのいい言葉のもとで、法秩序の安定性を否定する危険な言論を展開しているのです。
 ちなみに、先の引用は、古賀茂明氏という現役(もっとも「退職勧奨」を受けているようですが)の経済産業省の官僚が書いた「日本中枢の崩壊」という本(官僚の書いた官僚批判のようで、よく売れているらしい)からです。私は、こういう本を読むことは決してしないのですが、「東京電力の処理策」なるものが載っているということなので、のぞいてみました。
 案の定、法律を全く無視した、東京電力の破綻処理と、発送電分離の議論でした。これは、「あり得ないはずの東京電力の法的整理を主張する論者の思惑」という論考で紹介した、日本弁護士連合会の意見書と同じように、電気事業の抜本的改革の前提として、東京電力を解体させることを目的とした強引な政治論です。
 「既存の金融債権(社債も含む)については、当面の間(二年程度を限度とする)東電の弁済を禁止し、担保権実行も禁止」し、その後に、100%減資、社債も含めた債権の切り捨てを行うのだそうです。東京大学法学部出身の高級官僚の書いたものとも思えない、滅茶苦茶な超法規論です。
 また、馬鹿げたことに、「東電の広報原則禁止」、その代わり、「毎日社長が土下座会見をする」のだそうです。こういう低劣な大衆迎合主義も、「東電で金儲けをした株主や銀行の責任」を問題にする庶民の味方的な欺瞞とともに、この手の論者に共通の傾向です。
 そもそも、破綻処理の前提となるのは、巨額な原子力損害賠償債務の存在であって、その賠償の完全な履行こそが、先決の課題でしょう。ところが、こういう論者は、その肝心のことへの言及がほとんどないのです。政府は、馬鹿のようにみえて、きちんと優先順位をつけて対応しています。東京電力も、ひどく不人気で、不当な批判を受けながらも、誠実に損害補償に取り組もうとしています。このことは、前回の論考「なぜ東京電力について冷静な議論ができないのか」でも、述べたとおりです。
 なによりも重要なことは、政府と東京電力は、現行法制の枠組みの中で、難しい工夫をしながら、補償案を作っていることです。それに対して、政府と東京電力を一方的に批判する論者は、極めて乱暴に法律を無視した勝手な議論をしているのです。私が一番恐れるのは、こうした勝手な議論に大衆迎合主義が結合するとき、危険な方向へ国民を誤導しかねないことです。


政治で決めれば何でもできる、やらないのは政治の怠慢だ、法律の制約をもちだすのはいいわけだ、というような論調は、庶民受けはするが、政治責任を負う立場からは、できない話しですね。

 将来に向かって現行法を見直していくのは当然ですし、それが立法という政治の仕事でしょう。しかし、同時に、現行法の上に築かれている国民の権利関係を守ることも、政治の仕事です。国民の選択によって政治体制そのものを転換するのでない限り、既存の経済的権利関係の転覆は、絶対に許されないことです。
 これまでの一連の論考を通じて、何度も何度も繰り返してきましたが、仮に東京電力に賠償責任がある(私は、ないという立場なのですが)ならば、政府には、その東京電力による賠償履行を支援する義務があるのであって、故に、論理的に東京電力の破綻は、賠償履行との関連においては、断じてあり得ないのです。賠償実行責任を負うものの破綻などあり得ないし、あり得ないように政府が支援する仕組みになっている。これが法律の定めなのであって、この法律を前提にして、東京電力の株式や社債が発行され、銀行は東京電力に融資している以上、株式、社債、債権は、法律上、正当な取り扱いを受けねばならないのです。
 しかし、かくいうことは、必ずしも、東京電力の法的整理が全くあり得ない、ということを意味しません。これも繰り返しになりますが、賠償が完了した段階では、政府は東京電力に対する巨大な債権者になり得ます。なぜかというと、支援は支援であって、弁済を原則としているからです。その時に、法律の枠組みの中で、その時のエネルギー政策との関連で、どうとでもすればいいでしょう。
 要は、賠償(あるいは補償)が先決で、エネルギー政策は、後回しなのです。当然でしょう。政府だって、そう考えているはずです。もっとも、最近は、菅総理大臣、ご乱心気味で、原子力損害賠償関連法案よりも再生可能エネルギー法案のほうに、ご執心のようですから、怪しくなってきましたが。


自由民主党のほうが、まともでしょうか。自民党といえば、また河野太郎衆議院議員が、東京電力の破綻処理を主張しているようですね。

 7月1日のご自身の公式ブログに、そういう主張がありますね。「巨額の負債を抱えた東電は、やる気のないままだらだらと存続し、電力改革の邪魔になる」のだそうです。これも、「電力改革」に主眼をおいたもので、一連の論者と同じ主張です。おもしろいのは、「東電救済で国民負担10兆円をおしつけるな」という題がついていて、政府案だと、国民負担が10兆円も余計にかかるという主張のようです。
 まず、「原子力発電における使用済み燃料の再処理等のための積立金」が、「原子力環境整備促進・資金管理センター」に蓄積されているのですが、その額、実に、2兆4416億円(2010年度末)、これを取り崩すことが主張されています。同じ主張は、日本弁護士連合会もしています。これは、損害補償の問題というよりも、むしろ、原子力政策の転換の主張ですね。まあ、いずれにしても、このことは、東京電力の法的整理とは関係ない。
 次は、「事故前日の東電の時価総額は3兆4599億円」です。つまり、政府が株式を全額保有(既存株主の権利は、100%減資で消滅させる)した状態で、再生完了後に、それを売却する前提です。
 さて、問題は残った4兆円。これが、「金融機関からの融資が約4兆円」ということだそうです。思い切って、さっぱりとした案ですね。ある意味、見事です。なかなか、ここまで、単純な発想はできないですね。いや、見事です。しかし、ということは、社債は、全額保護していただけるようですね。よかったです。
 ところで、法的整理をすると、原子力損害賠償債権も毀損することは、ご承知のようで、別途、政府補償で、毀損分を埋めるようです。ここは、少しわかりにくいですね。銀行等の債権が全損して、賠償債権のほうは、一部毀損ということは、賠償債権の優越を主張されているのでしょうか。
 なお、当然でしょうが、政府の「原子力損害賠償支援機構法」案に対する自民党の対案を前提にしているので、法的整理に追い込んでも、政府による仮払いが先行するので、被害者救済に支障がない工夫もなされています。おそらくは、政府仮払いの求償が、法的整理の引き金となることが、想定されているのでしょう。賠償が先にあり、法的整理が後にくるところは、まともです。
 金融債権の完全な切り捨てという強引なところ以外は、ひとつの政策案としては、現行法制の枠の中での検討とはいえるのでしょうね。こういうところは、さすがに、政治家の仕事だと思います。「電力改革」を問題にしようとしてはいるのですが、一方で、賠償原資の捻出の視点から議論ができているので、巷の乱暴な議論よりも、まともになるのだと思います。


それにしても、東京電力は、こういう批判というか、無法な議論を前にして、なぜ黙っているのでしょうか。

 そこが、よくわかりませんね。そもそも、東京電力は、「原子力損害の賠償に関する法律」第三条ただし書きにより免責、という立場だと思われます。しかし、免責かどうかの法律判断を争うことによって、補償履行が進まなくなることを恐れて、仮に賠償責任を認めて、法律第十六条に基づく支援を政府に要請したのだと思います。ここは、立派な見識なのですよね。社会が正当に評価してあげないことに、私は、非常に不満を感じます。
 そもそも、こういう場合は、政府が仮に責任を認めて、補償を行うのが筋でしょう。そして、政府が、どうしても東京電力に賠償責任があると主張するなら、補償額を求償すればいい。そのとき、東京電力は、支払いを拒むでしょうから、裁判が起きます。そこで、初めて、第三条ただし書きの適用が、法廷で争われる。おそらくは、そういう流れを法律は想定しているのだと思いますけれども。実際、立法過程では、原案は、政府の補償履行、その後、原子力事業者への全額求償、という形になっていたのですから。自民党の対案も、政府の仮払い、その後、東京電力への求償、という形なのです。
 ところが、政府の圧力があったのかもしれませんが、東京電力は、仮にもせよ、賠償責任を認めてしまっているので、もはや、正面からは、免責を主張しにくくなってしまいました。法律的に免責を主張する方法は、おそらくは、東京電力が仮に行った賠償額を政府に請求することだったと思いますが、逆に、法律に基づく支援を政府に要請してしまったので、そういうふうにも、ならないですね。もっとも、政府支援なしでは、資金繰り等の関係から、仮賠償履行は難しかったかもしれません。巨額な資金が、賠償だけでなく、事故対策そのものに、必要なのですから。
 今の東京電力の公式見解は、「原子力損害賠償支援機構法」の成立を待つ、ということだと思います。それと、事故の収束を最優先課題にすること。東京電力も、その辺は、正しく優先順位をつけているのでしょう。ただし、免責という主張は、もっと、明瞭に掲げたほうがいいのではないかと思います。「補償」という用語にこだわり続けるだけでは、弱い。現状では、仮に賠償責任を認めて、政府支援を要請したところだけが、表にでてしまっている。


正面から免責を主張したら、袋叩きにあうからでしょう。

 そうですね。すでに袋叩きですが、もっとひどくなるでしょうね。現実に、「土下座会見」を強要する人もいるくらいですから。でも、東京電力が黙っているから無法な議論の横行を招く、という面もあるのではないでしょうか。
 それから、まさか、免責だけを主張するのは許されないでしょう。経営の合理化など、社会からの批判のもっともな部分については、やはり、真摯に受け止めた上で、誠実な対策を、合わせて発表すべきでしょうね。とにかく、袋叩きをおそれないで、袋叩きされないような内容をもった発言をすればいいのでしょう。
 それから、政府支援の方法が決まったら、そのときは、賠償履行との関連で、株式の上場維持や、社債と債権の保全など、主張すべきは主張することになるのではないかと思います。そういう過程のどこかで、司法判断を仰ぐようなこともあるのかもしれませんね。


では、東京電力の社債権者、債権者、株主は、なぜ黙っているのでしょうか。

 こっちのほうが、もっと、わからないです。以前の論考「東京電力の社債権者と債権者と株主は黙っていてよいのか」は、まさに、ここを問題にしたのですが、その後、大きな声で発言した人は、いないようです。実に、おかしいと思う。


やっぱり、袋叩きにあいたくないのでは。

 そうなのでしょうね。「東電で金儲けをした株主や銀行の責任」などといわれたくないのでしょうね。でも、現に、こういう庶民感覚的批判は蔓延しているわけでしょう。東京電力に対する金融界からの追加的資金援助は不可欠です。その前提として、金融界は、資金援助できる条件を明示せざるを得ないはずです。その中では、やはり、自己の権利を明確に主張することになるはずですね。

以上

次回更新は、7月14日(木)になります。


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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。