東京電力に対する債権が不良債権にならないわけ

森本紀行
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前回の論考によれば、金融機関の東京電力に対する貸付債権は不良債権にならないだろう、ということでした。しかし、政府の資金支援のもとで存続を維持することになる東京電力、その東京電力向け債権が不良債権にならないというのは、普通の人には少し理解しにくいですね。

 そうかもしれません。一般的な常識に従えば、東京電力は事実上の破綻状態にある、ということなのでしょうから、東京電力向け債権は、どうみても不良債権でしょう。しかし、事実上の債務超過に陥っているからといって、法律上の債務超過ではないのですから、東京電力は破綻していないのです。逆に、破綻させないような法律上の仕組みを整備しているのだから、破綻し得ないのです。
 ですから、東京電力向け債権は、不良債権ではなくて、正常債権ということになるのだと思います。より正確にいえば、東京電力に融資している金融機関が東京電力向け債権を正常債権として処理したとしても、何ら不都合はない、ということだと思います。


そこの理屈が、どうも詭弁のように聞こえます。債権が正常か不良かは、その債権の実質的価値を基準に判断すべきであって、形式的な法律の構成によるべきではない、と思われるのですが。

 実質的に破綻している企業向けの融資は、実質的に破綻債権である、という論理ですね。気持ちはわかります。しかし、金融の論理は、それほど単純ではない。債権の査定は、企業の評価とは次元が違います。また、債権は、法律上の権利です。従って、正常債権か不良債権かの判定は、東京電力のおかれている実質的な債務超過という状態から判断すべきことではなく、そのような状況に対して法律的措置として講じられた枠組みの中で、法律上の権利としての債権が、どのような地位におかれるのか、という純然たる法律上の問題として、第一義的には、考えられるべきことだと思われます。
 東京電力は、10月28日に、「特別事業計画」を経済産業大臣に提出しました。ただし、事業計画の規模が大きくなることと、原子力損害賠償などで当面の資金繰りが苦しくなることが予測されているので、計画を二段階に分けて、今回は、緊急性の高い事項に絞った暫定的な「緊急特別事業計画」としてまとめられたようです。
 この計画を、枝野経済産業大臣が認定すれば、東京電力の地位は、現在とは全く違うものになります。その前提で、東京電力向け債権を査定すれば、正常債権ということになる、ということです。より正確にいえば、正常債権として処理できるだけの法律上の手当てを政府が行うので、正常債権として据え置いても問題ない、ということでしょう。


そこが、どうしてもわからないですね。要は、本当は不良債権であるところを、単に形式上の扱いとして正常債権にしてしまう、ということにすぎないのではないですか。

 そうではありません。この「特別事業計画」のもとで、二つの重大な変更が行われます。もっとも、まだ枝野経済産業大臣が認定していないので、行われる予定、というべきかもしれませんが。
 第一が、東京電力の原子力損害賠償債務履行に関する資金負担が、実質的に、原子力損害賠償支援機構へ、即ち政府へ、移転するということです。第二が、電気料金の値上げ、機構が引き受ける形での大規模な増資、費用の大幅な削減など、様々な必要な措置を講じることで、東京電力の収支を、一定の余剰が残る形で、均衡させることです。要は、原子損害賠償問題を切り離したうえで、電気事業の再編を図り、利益がでる体質に構造改革するわけです。この辺の仕組みは、前々回の論考「東京電力の電気料金値上げを可能にする条件」と、前回の論考「東京電力の資金繰りは本当に大丈夫なのか」で、詳しく論じましたので、ご参照ください。
 ということで、既存の融資は、電気料金の確実な収入の見込みにもとづき、債権回収の高度な蓋然性に裏打ちされたものとなるので、正常債権になるわけです。どこか、おかしいでしょうか。


東京電力の原子力損害賠償債務ですが、これは、政府が一時的に資金支援をすることで、いわば、棚上げするだけですから、最終的には、東京電力が政府に支援額の全額を弁済するわけでしょう。つまり、政府に対する債務ですよね。東京電力が巨額な債務を政府に対して負うという事実、この点は、債権の査定の中で、考慮されるべきではないでしょうか。

 この論点も、これまでに、何度も述べてきました。東京電力の原子力損害賠償問題をめぐる中核の論点です。その意味では、何度繰り返してもいいことなので、改めて論じましょう。
 ここは、政府が一番工夫したところだと思います。確かに、政府が東京電力に資金支援した額は、政府に弁済すべきものなのですが、法律の仕組みは、それを債務とはしていない。そうではなくて、「特別負担金」の支払い義務としているのです。「特別負担金」は、東京電力の支払い能力を勘案して、年度ごとに決められるもので、いわば出世払いです。だから、債務性がない。
 理論的には、政府が「特別負担金」を東京電力に課すことのできる地位は、銀行等の金融機関が債権の元利回収を行える地位に、劣後しているのです。つまり、金融機関に対する債権の元利金支払いが優越して、それでも残る剰余を政府が「特別負担金」として吸い上げるということ、東京電力の支払い能力を勘案して、ということは、そういう意味でなくてはならないのですから、仮に、政府が実質的な債権者だとしても、その地位は、金融機関に劣後するのです。ですから、金融機関のもつ債権を査定するときには、政府の実質的な債権者としての地位を考慮する必要はない、のだと思います。


しかし、そこは、政治の問題ですよね。おそらくは、「特別負担金」の徴収は、非常な長期にわたるわけでしょう。その間に、政策が変わるかもしれませんね。そこに、大きな不確実性があるはずですが。

 そのとおりです。しかし、政治のように、合理的に予見できないものを、現時点での債権の査定の要素にとり入れるべきでしょうか。というよりは、とり入れることができるものでしょうか。
 要は、問題となる可能性というのは、弁済されていない政府資金支援額の残高の全てを、一括して「特別負担金」として、請求する、あるいは、残高の全額といわないまでも、東京電力の支払い能力を超える、または東京電力の純資産額以上の、「特別負担金」を課せば、当然のことですが、東京電力は破綻するであろう、ということです。「特別負担金」は、金額が決まって請求されるまでは、債務ではないのですが、ひとたび政府が金額を決めて請求すると、東京電力に対する政府の債権になるからです。
 このような経路で東京電力の法的整理が行われ得る可能性についても、私は、これまでの論考で何度か指摘しております。こうなれば、金融機関のもつ債権は、破綻債権となります。当然に、債権放棄も起きるでしょう。もっとも、ここも政治の問題で、政府も応分に債権放棄して、金融機関と痛み分けをする形になることも、十分に予想されます。このことも、何度も論じました。
 しかし、そのような将来の政治的な可能性にすぎないことを、現時点で合理的に予測できるわけもなく、そうであれば、債権の査定に関しては、考慮する必要はない、ということです。というよりも、そもそもが、政治への信頼が基本になければ、おかしいでしょう。よほどの特別な事情変更でも起きない限り、政治責任のもとで決定された今の政策は変更され得ない、仮に政権交代したとしても、原則として政策の継続は維持される、と考えるのが常識的です。まさか、政策の不安定性を前提にして、債権の査定を行うなどということは、到底、考え得ないのではないですか。


既存の融資については、不良債権にはならない、ということで納得しておきましょう。では、新規融資はどうでしょうか。東京電力が正常債権先なら、金融機関としては、新規融資を前向きに検討することになるのでしょうか。

 「東京電力に関する経営・財務調査委員会」報告書(以下「報告書」)では、電気料金の値上げ等の諸施策が実施されたとしても、東京電力は、債務超過は避け得ても、資金不足になることは避け得ない、との予測結果を示しています。ですから、少なくとも既存融資の残高維持は最低限のことで、加えて、大きな金額の新規融資も必要なのだと思います。ゆえに、東京電力は、正常債権先であり、新規融資も可能な先、ということになっていなければならないわけです。
 「報告書」は、社債の償還と、事故後の緊急融資約2兆円の弁済を前提にしています。このことが、実は、資金繰りを難しくしている最大の原因です。おそらくは、「特別事業計画」の一つの大きな柱は、資金不足を補うために新規融資が可能になる条件、および社債の発行が可能になる条件(こちらは、難しそうですが)を整えることに、おかれているのではないでしょうか。その一つの条件が、大規模な増資ですね。もう一つの条件が、いうまでもないですが、既存融資が正常債権であり続けることです。
 現時点では、つまり「特別事業計画」が公表されていない段階では、民間の金融機関としては、新規融資の検討は難しいでしょうね。最大限できることは、既存融資残高の維持だけです。もしも、緊急の資金が必要となるのであれば、政策投資銀行に依存せざるを得ない、ということなのでしょう。なお、「電気事業会社の株式会社日本政策投資銀行からの借入金の担保に関する法律」という法律があって、政策投資銀行の東京電力に対する融資には、社債と同等の先取特権が認められていることを、申し添えておきます。


ところで、融資残高の維持にしても、新規融資にしても、要は、金融機関に対する協力要請の意味をもつわけでしょう。この協力要請は、一種の債権の条件緩和の要請になるのではないでしょうか。だとすると、やはり、不良債権では。

 この点について、全国銀行協会の永易会長は、10月13日の記者会見で、「残高維持要請が来た場合、債務者区分はどうなるのか」との記者の質問に対して、「債務者区分が変わることはない、と考えている」と回答されています。ということで、残高維持要請は、条件緩和に該当しないという見解のようです。当然のこととして、金利減免や期限の延長のようなことは、全く想定されておらず、もちろんのこと、債権放棄などあり得ないのですから、この点、永易会長の見解のとおりではないでしょうか。残高維持は、条件緩和ではない。
 では、期日の到来した融資の借り換えに応じること、これが残高維持の意味ですが、これは事実上の期限の延長ではないのか、金利についても、事故前の金利に据え置いているのは、事実上の金利減免ではないのか、という疑問が出るかもしれません。しかし、常に、新規融資の実行として借換えの連続が行われているのであって、その都度、東京電力の弁済能力についての与信判断に変化がない前提なのだから、条件緩和にはあたらないでしょう。
 このような借換えの連続の先に、単なる残高維持を超えて、融資の積増しが検討されていくのでしょうから、そのような金融機関の検討が行われやすいように、適切な対策が、「特別事業計画」の中で、なされるのだと思われます。


「報告書」には、「東電が平成23 年6 月に全金融機関に対して送付した支援要請文書には、「貴社との取引において金利減免や債権放棄といった類の支援を、当社から要請することはないと申し添えます」との文言が記載されている」との記載があります。この箇所を、枝野経済産業大臣が問題視していたようですが、この点はどうでしょうか。

 6月という時点が、問題なのでしょうね。東京電力が「原子力損害の賠償に関する法律」第十六条に基づく支援要請を正式に政府に対して行ったのが、5月10日で、それに対して、当時の海江田経済産業大臣が「確認事項」を送り、翌11日に、東京電力は、「確認事項」の了解を回答している。その「確認事項」の中に、「全てのステークホルダーに協力を求め、とりわけ、金融機関から得られる協力の状況について政府に報告を行うこと」という項目があったわけです。それを踏まえて、「東京電力福島原子力発電所事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて」という閣議決定が行われたのが、実は、6月14日です。
 このような事態が進行している過程の最中に、「報告書」の指摘する東京電力の文書が出ていたことに、枝野大臣が不快感を示しました。具体的には、枝野大臣は、10月4日の記者会見で、「ちょっと先後関係とか、きちっと、つまり政府に対して、ステークホルダーにちゃんと協力を求めるというお約束を頂いているわけで、それが先であったのにもかかわらず、そういった約束を相談なくされているとすれば、大変深刻な問題だと思います」と述べたわけです。
 なにしろ、債権放棄論で有名な枝野大臣ですから、お気持ちはよくわかりますが、結果として、金融機関に協力を求めるということの具体的意味が、融資残高の維持と融資の積増しのことになって、決して「金利減免や債権放棄といった類の支援」になり得ないことは、現時点で明らかなのだから、どこにも問題などないでしょう。事実、その後、このことに関して、枝野大臣は何もいっておられない、と思います。


しかし、なぜ、東京電力はそのような結論を先取りできたのでしょうか。6月時点では、東京電力の法的整理だって、政策的には、あり得たわけでしょう。

 どこへ議論をもっていきたいのか、わかるような気がします。つまり、一連の施策の出所が、実は東京電力そのものであって、結局は、東京電力に都合がいいように、ことは運んでいるのだ、という巷の論者のよくある馬鹿げた憶測でしょう。
 そのようなことは、あり得ない。ただ単に、東京電力が、「原子力損害の賠償に関する法律」の合理的解釈の中で、合理的な帰結として、「金利減免や債権放棄といった類の支援を、当社から要請することはない」という結論に達しただけでしょう。
 「原子力損害の賠償に関する法律」の趣旨からいえば、東京電力の電気事業の継続を前提とし、そこからあがる収益で原子力損害賠償費用が捻出されるのだから、東京電力の電気事業継続のための資金は確保されなければならない。これは当然で、だからこそ、現在の政府方針のようになったわけです。同じ結論に東京電力が達していたのは、むしろ当然ではないでしょうか。

以上


 以上の議論は、過去の論考を前提にしたものですから、できましたら、下にある関連論考を合わせてお読みいただけると、幸いです。次回更新は、11月10日(木)になります。


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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。