東京電力の株式の価値

森本紀行
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このところ、東京電力免責論を改めて展開していますが、今回の趣旨は、東京電力が原子力損害賠償責任を負うという政府の規定路線を前提にしたうえでの議論ですね。しかし、その場合には、東京電力の株式に価値はほとんどない、というのが、これまでの主張ではなかったですか。

 正確にいえば、東京電力の株式には価値があるのですが、株主に帰属すべき利益が原子力損害賠償の費用に充当されてしまうため、株主の立場からは、東京電力の株式に投資価値はないことになる、ということです。より正確にいえば、ほとんど投資価値がない、というべきでしょう。つまり、全く投資価値がないわけではないのです。というのも、原子力損害賠償に要する費用が完済された後は、投資価値が復活するからです。さて、それは、いつのことでしょうか。おそらくは、現在の東京電力の株価というのは、そのような遠い先の投資価値を反映しているのだと思います。


東京電力の株式自体には価値がある、というのは、どういうことでしょうか。

 これまでの論考の繰り返しになりますが、要点中の要点を確認しておきましょう。基本的なことです。まさに、そもそも論です。
 第一に、東京電力に原子力損害賠償責任を負わせるとして、東京電力が巨額な債務を負担できるのは、東京電力の電気事業が巨額な収益を生むからである、ということ。
 第二に、総括原価方式のもとで、電気事業を営むに要する巨額の資金の調達について、その調達費用は原価を構成する、ということ。従って、東京電力の株式は、一般的に株式を使った資金調達のあり方として金融市場が要求する平均的な資本利潤を、電気料金の原価として織り込んでいるので、論理的に、その株式の保有自体が予定された資本利潤をもたらす仕組みになっている、ということ。
 第三に、総括原価方式のもとでも、原子力損害賠償費用は原価に含めることができない、ということ。故に、電気事業を営むのに必要な利害関係者の協力について、原価として織り込まれた正当な対価を支払う(支払わないと電気事業は継続できない)限り、賠償原資は株主に帰属すべき利益以外にはあり得ないこと。
 以上から導かれる帰結は、東京電力が原子力損害賠償責任を負うということは、東京電力の株主に帰属すべき資本利潤を賠償費用に充当することに他ならず、そのような巨額な債務を東京電力が負担できるのは、資本利潤が原価として組み込まれているので、電気事業を継続する限りは、自動的に賠償原資が生成されてくるからだ、ということです。このような仕組みを前提にして始めて、原子力損害賠償の制度が成り立っているのです。
 従って、東京電力の株式は何があっても利潤を生み続けます。仕組み上の当然の利潤を生むということは、不変の価値があるということです。東京電力に原子力損害賠償の責任を負わすことができるのは、株式が不変の利潤を生むからこそ、それを賠償原資に充当でき、賠償の履行を確実なものにできるからなのです。


政府が東京電力の存続を図ったのも、東京電力が電気事業を継続しない限り賠償原資が作れないからですね。そして、電気事業が継続される限り、東京電力の株式には原価としての資本利潤が内包されているのだから、東京電力の株式は価値を失わず、だからこそ賠償も履行できる、ということですね。

 非常に皮肉なことですが、東京電力が原子力損害賠償責任を負う、と決められた瞬間に、東京電力の存立が安泰になったのであり、賠償費用の原資としては株主に帰属すべき利益以外にはないのだから、賠償原資確保のために株式の価値の維持が決まったのです。この辺りの事情は、必ずしも理解しやすいものではないですね。理解しにくいからこそ、何となく政府が東京電力を保護しているようにみえてしまう。そこをついて、見かけ上わかりやすい安直な東京電力法的整理論などが横行することになったのでしょう。
 東京電力の株式の価値の維持は、株主の保護のために必要なのではなくて、全く逆なのです。株式の価値を維持しなければならないのは、株主に帰属すべき利益を原子力損害賠償費用に充当するためなのです。株式は守られても、株主の利益は守られないのです。ただし、株主の利益は、完全にはなくならないのであって、原子力損害賠償費用を完済した後には、当然のこととして、株主の利益は復活するのです。
 要は、株主に優越する債権として原子力損害賠償債務が発生したにすぎないので、そのことが債務超過につながらない限り、東京電力の株式の投資価値は、大きく減少しこそすれ、なくなりはしない、ということです。しかも、これまでの論考で何度もいいましたように、政府の作った枠組みでは、東京電力が債務超過になることは、決して、あり得ないのですから、東京電力の株式の投資価値がなくなることはない。ただ、確実に小さくなっただけです。
 投資価値が小さくなったとして、無にも近いほど著しく小さくなったかどうかは、よくわかりませんね。東京電力の電気事業が半永久的なものなら、賠償費用として失われたものの相対的比重は必ずしも大きくないかもしれない。何とも、判断しにくいところがあります。


どうやら、東京電力の国有化は避けられそうもありませんが、その場合は、政府が株主になることで、結局は、政府が損害賠償の費用を負担することになるのではないか、という指摘をしていましたね。

 政府が東京電力の株主になれば、本来は株主としての政府に帰属すべき利益が賠償原資になり、結果的には、賠償費用を政府が負担することになる。これは、株式というものの本質です。政府だろうが一般株主だろうが、東京電力の株主として対等ですから、株主負担で賠償を行う以上、株主としての政府にも、応分に負担がいくことになってしまう。
 政府が賠償責任の一端を担うのは、政府が、東京電力に主たる責任があるとしながらも、事故の背景に政府の定めた安全基準の瑕疵があったことを認めたうえで、東京電力とともに共同して従たる責任を負うという立場にある以上、当然のことだと思います。もっとも、政府は、国民負担の極小化ということをいっていて、さも税金の投入は行わないようにみせているのですが、国有化ということになれば、話が違ってくるはずです。さて、そのことについて、国民への説明は、どうするつもりなのでしょうね。


東京電力の実質的な国有化は、原子力損害賠償支援機構が第三者割当増資を引き受ける形となるのでしょうが、巨額な新株発行が既存の株主の利益を希薄化してしまうのではないでしょうか。

 普通は、そうなるのでしょうね。しかし、総括原価方式の基本的な仕組みが変わらないとすれば、理論的には、希薄化ということは起き得ないと考えています。
 増資が必要となるのは、主として、事故直後の約2兆円の緊急融資の弁済や社債の償還などにより、資金繰りが苦しくなることに原因があるのだと考えられます。増資をすれば、増資そのものが資金調達になるだけでなく、自己資本を厚くすることで、新規の債務の取り込みも可能になり、資金繰りにめどがつけられるようになります。要は、増資は、電気事業の継続のための必要資金量の確保が目的なのです。
 さて、電気事業の継続にとって必要となる総資本量が一定ならば、増資をしても、総資本の調達についての債務(社債と融資)と株式の構成比(資本構成)が変わるだけ、つまり、株式の比重が増し、その分、債務の比重が下がるだけです。総括原価方式では、総資本の調達費用を資本構成に基づいて測定しています。もちろん、株式の調達費用のほうが高く見積もられています。増資をすれば、株式の比率が増すことにより資金調達費用が上昇し、原価が上昇するだけ(理屈上は、電気料金の引き上げ要因になる)ですから、一株当たりに帰属する資本利潤は変わらないでしょう。つまり、希薄化は起き得ない。
 一方、株式資本が多くなる分、株式へ配布される資本利潤の総額は大きくなる。つまり、賠償原資が増えることになります。政府が増資を引き受ける分、政府保有分への資本利潤の配賦が、電気料金への実質的転嫁を通じて、新たなる賠償原資を創出することになるのです。従って、既存株主は、希薄化による損失を受けるどころか、賠償費用の政府負担分が増加することで、その分の負担が軽減するという利益を得ることになるのだと思います。


驚くべき見解ですね。東京電力の国有化は少数株主になる既存の株主の利益につながる、ということですか。つまり、国有化により東京電力の株式の投資価値は上昇する、ということですね。

 総括原価方式の仕組み上、理論的には、そうならざるを得ないのではないか、といっているのです。一見おかしな感じがするとしたら、それは、理屈がおかしいのではなくて、総括原価方式という仕組みがおかしいのです。もっとも、これは、現実に、仕組み上はともかくも現実に、資金調達費用の増加を電気料金に反映できること、つまり、東京電力が実施する電気料金引き上げのなかに実際に織り込まれていること、これが前提です。
 実は、総括原価方式のもとでも、本来あるべき(現実の、ではなく)資本構成を前提にして資金調達費用を計測すれば、必ずしも現実の資本構成による調達費用を反映できるとは限らないのです。実際に、これまでの東京電力のやり方では、原価計算で想定されていた資本構成よりも現実の株式の構成比率が小さかったため、株式への利益配賦が過大であったことが指摘されています。今度はちょうど逆のことが起こり、現実の株式の比率が大きくなっても、それを原価には反映できず、株式への利益配賦が小さくなってしまうこともあり得ます。
 いずれにしても、国有化により東京電力の株式の投資価値が上昇する可能性は、理屈上は、あるにはあるのです。


総括原価方式の抜本的な見直しがあるかもしれませんね。

 そのとおりですが、私の思うところでは、賠償原資の確保が政府にとっての最大の課題ですから、それを難しくするような見直しは、賠償費用の完済があるまでは、なし得ないのではないでしょうか。もっとも、何も確かなことはいえません。特に、政府負担の増大を招くとしたら、国民負担の極小化という政府方針との関係で、国民に対する説明が難しくなりはしないか、という気もしますので。

以上


 以上の議論は、過去の論考を前提にしたものですから、できましたら、下にある関連論考を合わせてお読みいただけると、幸いです。次回更新は、2月2日(木)になります。


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2012/02/16掲載東京電力の責任よりも先に政府の責任を問うべきだ
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2012/02/02掲載東京電力の責任が政府の責任より大きいはずはないのだ
2012/01/26掲載東京電力の株式の価値
2012/01/19掲載東京電力を免責にすると国民負担は増えるのか
2012/01/12掲載東京電力免責論の誤解を解く
2012/01/05掲載東京電力の免責を否定した政治の力と法の正義
2011/12/22掲載東京電力の国有化と解体
2011/11/04掲載東京電力に対する債権が不良債権にならないわけ
2011/10/13掲載東京電力に関する経営・財務調査委員会」報告書の曲がった読み方
2011/09/01掲載東京電力が歩む苦難の道と終点にあるもの
2011/07/14掲載東京電力を免責にしても東京電力の責任を問えるか
2011/05/02掲載【緊急増補版】なぜ東京電力を免責にできないのか

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2011/12/01掲載オリンパスの株価が下がった理由
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2011/11/10掲載オリンパスの悲願と裏の闇

≪ JR三島会社関連≫
2011/10/06掲載JR三島会社の経営安定基金のからくり
2009/07/23掲載JR三島会社の経営安定基金と大学財団
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。