この問題を巡っては、東京電力は、またもや国民から厳しい批判を受け、枝野経済産業大臣からも叱責されることになりました。問題は、料金改定そのものというよりも、東京電力の顧客に対する説明方法の不手際にあるのですから、いやはや、困ったものです。
困ったというのは、顧客に対する説明方法に問題があるということは、顧客の視点に立つことができないという意味で、東京電力の経営体質に決定的欠陥がある可能性を、広く国民に印象つけたからです。これでは、枝野大臣による国有化策を、東京電力自身が後押しした格好ですね。残念です。東京電力よ、もう少し、ピリッとしてください。
でも、やはり、東京電力の独占企業としての体質に問題があるのでは。
まあ、ないとはいえないでしょうね。しかし、東京電力の現場(経営ではないですよ)にしてみれば、早急な電気料金の値上げが絶対必要な最優先課題になっていたであろうこと、大量の人員を賠償業務に充てていて人手不足であろうこと、そもそも長期間にわたって値上げをしたことがないので値上げを顧客にお願いした経験のある職員など少ないであろうこと、などなど、気のまわらないところもあったのでしょう。もちろん、擁護も同情もできませんが。
ところで、問題の中身ですが、どこに不手際があったのでしょうか。
東京電力の公表している事実からいうと、3月21日に、東京電力が「契約電力500キロワット未満のお客さまへのお知らせ」という案内をウェブサイトへ掲載したことが発端のようですね。
この中で、東京電力は、「値上げの実施日としてお願いした4月1日がご契約期間の途中である場合は、お客さまのご了承なく一方的に電気料金の値上げを行うことはできません」と述べています。逆にいえば、「4月1日がご契約期間の途中である」顧客に対して、顧客の了承が必要であることを説明していなかった、ということになります。更にいえば、異論のなかった顧客には、4月1日からの値上げを強行するつもりだったともみえます。
これに対して、枝野大臣は、3月21日の記者会見で、「私は開いた口が塞がらないという認識を持っています」と述べました。また、本件によって、東京電力の経営体質は変わっていないという枝野大臣の見方を「裏付ける要素の一つが増えたということだと思います」とも述べています。まさに、枝野大臣の国有化策の有力論拠となってしまったのです。
問題は、そこで終わらなかったのですね。東京電力は、今度は、値上げの同意が得られず契約が切れた顧客に対して電気の供給を止めることを示唆した、とされていますね。
東京電力は、3月27日に、「自由化部門のお客さまへの料金値上げ対応について」を公表しています。その中では、「ご契約期間と値上げ実施日についてのご説明が不親切であったため、お客さまの混乱とご不信を招いたことにつきまして深くお詫び申し上げます」としたうえで、改めて、契約改定の手続きを説明しています。問題は、「当該ご契約期間満了後は、値上げにご理解賜りますようお願いいたします」というところです。
どうやら、東京電力は、契約期間満了後の新料金のもとでの契約の更新について、「値上げにご理解賜」れずに更新が行われないならば、一定期間経過後に電気の供給を打ち切る可能性がある、と顧客に説明していたとされているのです。これに対して、枝野大臣は、3月30日の記者会見で、契約改定の合意が得られないからといって、一律に機械的に電気供給を停止するのは社会的に許されないとし、柔軟な対応をとるように東京電力に対して行政指導を行った旨を述べています。
もっとも、枝野大臣も記者会見で述べていますが、電気の供給停止というのは、現実にはおき得ないのです。東京電力には電気事業法上の安定供給義務があって、最終保障約款による供給が行われるからです。ですから、正確な説明としては、もしも東京電力との間で契約更改がなされず、かつ他の電気事業者からの供給が受けられないならば、東京電力との間の最終保障約款による供給に移行する、というべきだったのでしょうね。その場合は、当然でしょうが、最終保障約款によるほうが不利になるように設計されているので、結局は、お客様には値上げ後の料金での契約更改をお薦めします、というわけでしょうね。
要は、東京電力の対応は、電気供給の打ち切りという脅し文句によって値上げ後の契約更改を顧客に強要したと受け止められてもしかたのないものになっていたのです。東京電力は、失態の上に大失態を重ねたようです。東京電力よ、もっともっと、ピリッとしてください。
顧客側には、契約更改に応じるにしても料金値上げ分の支払いを拒絶する、という動きがあるようですね。
NHKが4月1日に報じたものに、非常に面白いのがあります。茨城県大洗町にあるアクアワールド茨城県大洗水族館が、「一方的な値上げは納得できないとして、値上げ分については請求が来た時点で支払いを拒否する方針」を打ち出したとのことです。
背景として、施設のある場所柄、「震災で被害を受けたことや原発事故の影響などもあって、昨年度の入場者は例年の7割ほど」になってしまったこと、「民間の電気事業者との契約を検討しました。しかし、いずれも供給が追いつかないとして契約できず」という状況にあったこと、東京電力との契約が3月31日で切れて4月1日から新契約にしなければならないなか、水族館なので電気の供給がなければ施設管理ができずに生き物が死んでしまうという差し迫った状況にあったこと、などがあるようです。
これは、電気供給の停止は困るので、値上げ後の条件での契約改定には応じるが、実際に料金の請求を受けた時点で値上げ分の支払いを拒否する、という事案です。非常に難しい問題が露呈しています。第一に、電気なくしてはやっていけない水族館に対して、先に述べたような東京電力の不適切な対応があった可能性を裏付けているようですね。納得しようがしまいが、とにかく契約改定だけはしなければならない、という追い詰められた意識を水族館がもっていることは、間違いないのですから。第二に、自由化とはいっても、現実には、東京電力以外の電気事業者から調達することは簡単ではないことも示しています。つまり、顧客側の選択肢のないなかでの契約更改における東京電力の優越的地位の問題です。
ところで、ちょっと脱線ですが、このNHKの記者(あるいは記者の取材に応じた水族館の方)、面白いですね。東京電力以外の電気事業者のことを「民間の電気事業者」といっています。ということは、東京電力は官業、という意識なのでしょうね。潜在的にそう思ってしまっているのが言葉使いにでているのでしょう。やはり、東京電力は民間企業ではないのか。東京電力よ、何か感じてください。
もっと脱線しますと、NHK以外を「民放」ということからすると、NHKは「官放」ですか。
支払い拒否に対して、東京電力の対応は、どうなるのでしょうか。
さあ、見当がつきませんね。この場合、さすがの枝野大臣も困るのではないでしょうか。契約自体の更改がなされている以上、つまり表面的には値上げに合意している以上、東京電力に柔軟な対応を求めるとはいっても、どのような対応を期待するのでしょうか。この水族館、興味深い一石を投じてくれたようです。
一石を投じたといえば、日本産業・医療ガス協会の行動は大きな意義がありますね。
同協会としては(ということは、協会加盟各社結束して、ということだと思われますが)、「契約更新が4月1日以降の契約分につきまして、これらの検討が具体的に進み結論が出て合意に達するまでの間は、4月1日以降も従前の料金でお支払することが原則である」との対応にでるようです。なお、「これらの検討」というのは電気料金の総原価の見直しのことです。
この件につき、4月3日に、日本産業・医療ガス協会長の豊田昌洋氏は、記者会見を行いました。その時の配布資料が同協会のウェブサイトにありますから、ぜひ、一読をお願いします。私の知る限り、この協会長の発言ほど堂々たる正論は他にみません。少し長いですが、冒頭の格調高いところを引用します。
「当協会が受け入れがたいことの一つが、原子力発電に関する設備、或いはコストが総原価を見直さずにそのまま入っていることであります。今回の値上げから原子力関連の費用を除いて頂きたいことであります。1kWも電力を生み出していない設備について、コストに折り込むということは、会計原則や公正な処理基準に照らしても否定されるべきであります。
また、原子力発電の操業停止が、電力会社の意思や電力の需給見通し、コストの問題を検討せず、明確に政治判断で行われた以上、それに係るコストは原則一義的には政府が負担すべきと思料致します。この一点は絶対に譲れないと思っております。政治の責任というものは、一言発したことがその後にどのように影響するのか斟酌して発言すべきもので、十分に状況を見極めず判断を行い、地震が来たら危ないという事で実施されたことについて、当時電力会社が結束して異論を唱えるべきだったと今でも思っております」
全く、この通りです。私は、これまで一貫して、東京電力の責任以前の政府の責任を問題にしてきたのです。大きな業界団体の会長が、今ここで、東京電力による電気料金値上げの背後にある原子力発電に関する「政治の責任」を追及してくださったことの意義は大きい。私には非常にうれしい。
同協会長は、自由化の実態にも論及されていますね。
先ほどの水族館が直面した問題が広く一般的なものであることが、よくわかります。同協会長の発言から引用しましょう。
「現状では、自由化部門の需要家が自由に新電力から電力を購入することは極めて困難であると言わざるを得ず、実際に当協会の複数の会員会社からも、「東京電力以外の電力供給事業者からの購入を検討・交渉したが、供給余力、価格等の問題で具体的な回答を得られなかった。」との事実が明らかになっております」
同協会の東京電力に発出された文書では、東京電力の対応を厳しく批判していますね。
東京電力の値上げ要請に対する3月29日付けの回答文書も、同協会のウェブサイトでみられます。これも、ぜひ、ご一読を。
この中で、「契約期間終了後にあって電気料金についての協議が調わない場合には受給契約が存在しない状態となって電気の供給を停止することが可能とのご見解のようですが、電気の供給停止の可能性を告知して電気料金の値上げの受け容れを促すということであれば、電気事業法18条2項の趣旨に反すると共に、独占禁止法2条9項6号ホに該当する可能性も生ずると解釈されます」としているのが、まさに問題の要約でしょう。
アクアワールド茨城県大洗水族館や日本産業・医療ガス協会に追随する動きが大量にでたら、東京電力は、どう対応するでしょうか。
東京電力としては、対応できないのではないですか。東京電力による料金値上げ自体ではなくて、その背後にある根源的な原子力発電と電力自由化という政府の施策が問題とされるわけですから、もはや、東京電力の責任の問題ではなくて、完全に政府の責任の問題になります。日本の産業界の全体が、日本産業・医療ガス協会と同じ行動にでればいいのです。産業界よ、立ち上がれ、政府を追い込め。
妙にうれしそうですね。そうなったとき、政府はどう対応しますか。
さあ、困るのではないですか。あの弁舌さわやか(さわやかすぎて少し詭弁的)で有能(有能すぎて少し欺瞞的)な政治家であられる枝野経済産業大臣としても、さすがに困るのでは。なにしろ、東京電力に対して値上げ問題については柔軟に対応するように行政指導しているわけですからね。
もっとも、枝野大臣の得意な政治手法ですが、そのときは、全ての責任を東京電力の対応のまずさにすり替えるのでしょうね。この行政指導自体が、少しおかしいではないですか。行政指導なのだから、指導内容の具体性がないといけません。「柔軟」とは何ですか。結局、判断を全て東京電力に委ねたうえで、枝野大臣は、その東京電力の行動を自分勝手に批判するだけでしょう、しかも、国民の受けを狙ったやり方で。枝野大臣の得意中の得意ですが、卑劣で無責任で大衆迎合的で危険な政治手法だと思います。国民は枝野大臣の言論と行動を監視していかなければいけません。
以上
以上の議論は、過去の論考を前提にしたものですから、できましたら、下にある関連論考を合わせてお読みいただけると、幸いです。次回更新は、4月12日(木)になります。
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。