東京電力は、自由化部門の電気料金値上げに続いて、5月11日には、規制部門についても、7月1日実施を期して、平均10.28%という値上げの認可申請を、経済産業省に対して行いました。現在、審査中なのですが、どうも、そのなかの3%という事業報酬率に、疑義を呈する向きがあるようですね。
東京新聞が、6月15日版の「こちら特報部」で、「東電の電気料金1割値上げに異議あり」という記事を掲載しています。大変いい記事ですので、読んでみてください。私も登場しています。顔写真も載っています。論点は、3%という事業報酬率の妥当性です。
私は、これまで、東京電力をめぐる報道のあり方をずいぶんと批判してきたのですけれども、この記事は公平でいいです。念のためですが、私は、「1割値上げに異議あり」派ではなくて、「異議あり」派に異議ある側です。その私のような立場のものの意見を公平に伝えていただけているところが、ありがたいのです。
規制部門での電気料金値上げの手続きについて、簡単に解説してください。
規制部門の値上げには、経済産業大臣の認可が必要です。一方、値下げのほうは、2000年の制度改正以降は、届出で足りることになっています。それから、今回は値上げで大騒ぎしているわけですけれども、電気料金改定の歴史は、円高等を背景として、一貫した値下げの歴史であることを忘れてはいけません。東京電力の最後の値上げは、1980年4月1日に実施されたもので、このときは、平均53.73%も上昇したのです。その後は、引き下げの連続です。最後の値下げの認可は1998年1月30日(実施は2月10日)でした。
つまり、値上げの認可申請は実に32年ぶり、値下げの最後の認可からでも14年が経過しているということです。余談ですが、先の自由化部門の値上げでは、東京電力の対応の不手際が厳しく批判されたのですけれども、社員の中に値上げ経験者がほとんど残っていない状況では、不慣れも不慣れ、無理もない面があったのだと思います。
さて、今回の値上げ申請については、第一に、最後の値上げから長い時間が経過しているなかで電気事業環境が激変していること、第二に、政府による東京電力に対する原子力損害賠償支援が行われていること、この二つの重要なことを考慮したものでなければならないわけですから、従来にない慎重な対応がとられています。
まず電気事業法上の手続きがどうなっているかというと、第十九条が「一般の需要に応ずる電気の供給に係る料金その他の供給条件について、経済産業省令で定めるところにより、供給約款を定め、経済産業大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする」としていて、第二十条が、変更後の約款について、「その実施の日の十日前から、営業所及び事務所において、公衆の見やすい箇所に掲示しておかなければならない」とし、第百八条が、認可に際して、経済産業大臣は、「公聴会を開き、広く一般の意見を聴かなければならない」としているのです。
なお、経済産業省は、この手続きの標準処理期間を、概ね4か月としています。ということは、5月11日申請の7月1日実施は、最初から無理ですね。掲示期間の10日を考慮すると、6月20日までに認可を得なければならず、わずか40日しか審査期間がないことになる。にもかかわらず、どうして東京電力は7月1日実施の予定を掲げたのか。枝野経済産業大臣も、5月11日の記者会見で、7月1日実施に触れ、「それは東電の御要望でありますので、料金査定に当たっては、予断を持たずに丁寧な慎重な審査を行います」としています。
なお、同じ記者会見で、枝野大臣は、認可申請の審査方法について、次のように述べています。第一に、「この見直しは、3月に取りまとめた電気料金制度運用の見直し係る有識者会議の報告書や消費者委員会消費者庁の提言内容を踏まえたものであります」とし、第二に、「料金の査定に当たって、外部専門家の知見を取り入れ、専門的かつ客観的な観点から料金査定方針等の検討を行っていただくため、「総合資源エネルギー調査会電気料金審査専門委員会」を設置いたします。メンバーは、先般の有識者会議との継続性の観点から、基本的に有識者会議のメンバーに引き続きお願いすることといたしました」として、最後の公聴会について、「議事運営を中立的な第三者にお願いをすること、御意見に対して回答を行う機会を設けることなど、透明かつ丁寧なものに改善をいたします。加えて、インターネットなどを通じ国民の声を募集いたします」としました。
要は、「徹底した情報公開を含め、透明性の高いプロセスが重要」との視点から、「国民の皆さんの声や、そして消費者庁消費者委員会の意見も聞きながら、しっかりと審査を行ってまいりたい」ということだそうです。
なお、有識者会議や消費者庁の提言を踏まえるということについては、東京電力の認可申請自体が、既にそのような前提になっているのであって、いまさら再審査は不要だと思うのです。おそらくは、その前提で、東京電力は、標準処理期間よりも早い7月1日実施が可能と読んでいたのだと思うのです。例によって、枝野大臣のお得意の演技でしょうか。
有識者会議というのは何ですか。
「電気料金制度・運用の見直しに係る有識者会議」というのです。昨年の11月1日の第1回から3月15日の第6回まで開催されて、報告書をまとめています。結論には、何ら目新しいものはない。むしろ、「現行法の趣旨に立ち返り」、「総括原価方式の本来の目的」の徹底をいっているだけです。
では、現行法の総括原価方式の本来の趣旨とは何か。電気事業法第十九条第二項は、料金認可の基準を定めるのですが、その第一号は、「料金が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものであること」となっています。有識者会議報告書は、このことの再確認をしただけなのです。
当然ですが、東京電力は、この法の趣旨に則り、厳格に原価を再査定し、適正な利潤を加えたものとして、今回の値上げ申請を行っています。この有識者会議が、そのまま「総合資源エネルギー調査会電気料金審査専門委員会」に改組されて、申請内容を審査するのです。東京電力としては、有識者会議報告書の趣旨に忠実に値上げ申請を行っているつもりでしょうから、審査専門委員会の審査は単なる検証にとどまる、と考えているのだと思います。
改めて、電気事業法の趣旨に戻るということは、これまでは趣旨に反した過大な原価なり利潤が含まれていたという認定を、有識者会議はしているということでしょうか。
そうだと思います。有識者会議報告書以前に、既に、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」が2011年10月3日付でまとめた報告書のなかで、同様の認定がなされています。有識者会議は、それを踏まえたうえで、再確認をしただけです。
「東京電力に関する経営・財務調査委員会」報告書は、料金改定の最後の認可が1998年1月30日であったことに触れ、「少なくとも直近10 年間は、東電の原価の適正性等については規制当局による審査は行われていなかったことになる」としています。つまり、適正原価と適正利潤の検証が、値下げ届出制移行後は、長いことなされていなかったことを問題にしているのです。そのうえで、同報告書は、原価のなかに必ずしも原価性のないものも含まれていたことを指摘し、何よりも、外部から原価の適性性を検証できるための情報が開示されていないことを問題視していました。
一方、適正利潤については、「現在の事業報酬額の算定方式は、利息、配当金を支払い、利益剰余金を積み増した上で、さらに余裕のある報酬額が確保できるような制度設計になっているものと考えられる」としていました。そのうえで、「事業報酬については、制度設計上、内部留保の蓄積等を行うことが可能な余裕を持った報酬額となっていることを踏まえた上で、東電の場合には、当面の資金調達環境や特別負担金の存在などについての考慮が必要となるのではないか」と結論つけています。
これを受けて、有識者会議は、適正原価については、厳しい査定を求める一方で、適正利潤については、「報酬率については、電気事業の適正なリスクを踏まえて設定することが適当である。その際、東日本大震災後、電気事業のリスクが高まったとの指摘もあり、自己資本報酬率の設定に当たっては、震災後の状況を勘案しつつ、過大な利益が生じないよう、一方、資金調達に支障が生じないよう、公正報酬といった観点から、適正な事業経営リスクを見極めた上で設定することが適当である」としているのです。
ところで、基本的なことですが、事業報酬率とは何のことでしょうか。
電気の原価には、第一に、単年度毎の経費として、燃料費や資材費や、人件費等の一般管理費等があり、第二に、長期設備投資について、発送電施設等の固定資産に係る減価償却等の費用があります。この両方について、今回は、値上げ申請段階で東京電力において厳格に査定され、経済産業省における審査段階で、さらに厳格な検証が行われているのです。
また、発送電施設等の固定資産を保有するためには、資金調達が必要です。原価を構成する資産の総額(レートベースといいます)には、それに見合う資本の総額が均衡しなければなりません。そして、この資本総額には、当然のこととして、合理的資本利潤率が見込まれなければなりません。その利潤率が事業報酬率です。要は、事業報酬率というのは、電気事業関連資産を保有するのに必要な金融費用のことです。
ゆえに、事業報酬は電気の原価です。適正な事業報酬は、適正なレートベースに適正な事業報酬率をかけることで、求められます。これが電気の原価を決める仕組みであって、電気事業法第十九条の「適正な原価に適正な利潤を加えたもの」というのは、この原価の見積もりと、利潤率(事業報酬率)の見積もりにおいて、適正性を求めたものにほかなりません。
その事業報酬率について、今回の東京電力の値上げ申請では、3%となっているわけですが、これは適正なものでしょうか。
適正だと思います。むしろ、本来の適正値よりは、低いのだと思います。
まず、事業報酬率の算出根拠を確認しましょう。これは、「一般電気事業供給約款料金算定規則」に詳細に定められています。東京電力は規則を適用しただけです。規則第四条第四項を、そのまま、引用しておきましょう。
「報酬率は、次の各号に掲げる方法により算定した自己資本報酬率及び他人資本報酬率を三十対七十で加重平均した率とする。
一 自己資本報酬率 すべての一般電気事業者を除く全産業の自己資本利益率の実績率に相当する率を上限とし、国債、地方債等公社債の利回りの実績率を下限として算定した率(すべての一般電気事業者を除く全産業の自己資本利益率の実績率に相当する率が、国債、地方債等公社債の利回りの実績率を下回る場合には、国債、地方債等公社債の利回りの実績率)を基に算定した率
二 他人資本報酬率 すべての一般電気事業者の有利子負債額の実績額に応じて当該有利子負債額の実績額に係る利子率の実績率を加重平均して算定した率」
要は、事業報酬率とは、自己資本報酬率と他人資本報酬率を3対7で加重平均したもの、ということです。
他人資本利益率として、東京電力は、電気事業連合会10社の有利子負債利子率の平均値を採用し、1.61%としました。規則に従って、事実としての実績値を採用したので、当然に適正です。
自己資本利益率については、「すべての一般電気事業者を除く全産業の自己資本利益率の実績率を上限とし」、かつ「公社債の利回りの実績率を下限として」、調整することが規則に定めてあるのですが、この具体的調整方法としては、全産業の自己資本利益率に電気事業の特性を加味した「β値」をかけ、公社債利回りに「1-β値」をかけて、その合計をとる方法が用いられています。東京電力は、このβ値に0.9を採用しましたが、それ以外は、すべて規則に従って、事実としての実績値を用いているだけです。
以上から、事業報酬率3%が妥当かどうかという議論は、東京電力の自己資本利益率の調整に用いるβ値0.9が妥当かどうかという議論と同じになるのです。
β値0.9が妥当だという根拠は何でしょうか。
先ほど、事業報酬率3%は、適正には違いないが、本当の適正値よりも低めだ、といいました。ということは、β値0.9は、適正には違いないが、本当の適正値よりも低めだ、ということです。
事実、このことは、東京電力自身が認めています。東京電力は、「リスクを表すβ値については、震災後の当社のリスクは極めて高くなっているものの、電気料金への影響を勘案し、仕上りの事業報酬率が現行の3.0%据置となるよう0.9を適用いたしました」といっているのです。つまり、本当は、事業報酬率を3%よりも高くしなければならないのだけれども、無理矢理に3%になるように、β値を0.9にした、といっているわけです。
事業報酬率について、先ほど引用した有識者会議報告書の指摘を、もう一度見てください。ここでは高いリスクを考慮すべきことをいっていて、むしろ高いβ値を求めているのだと思います。東京電力は、おそらくは、社会的批判を考慮して、敢えて低い値を採用したのです。
ところで、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」報告書は、事業報酬について、「特別負担金の存在などについての考慮が必要」といっていますね。この意味は、何でしょうか。
自己資本からあがる利益が特別負担金の支払い原資であることを、指摘しているだけです。これは当たり前でしょう。東京電力が原子力損害賠償責任を負うということは、実質的に原子力損害賠償支援機構が建て替え払いしている賠償金を、特別負担金という名前で、機構に返済する、ということです。その弁済原資は、自己資本からあがる利益以外にはない。
自己資本利益率を高く設定すれば、機構(実質的に政府)は、東京電力から賠償支援資金を早く回収できる。低く設定すれば、回収に時間を要する。税金の利用効率を考えれば、早く回収するほうがいいに決まっています。それなのに、東京電力は、敢えて低い値を採用した。また、有識者会議報告書でも、この論点は、脱落してしまっている。さて、どういう政治配慮なのか。
いずれにしても、事業報酬率3%は、適正といえる水準ですが、本当の適正値よりも低いということです。これが高いという議論は、心情的には理解できますが、電気事業法の趣旨からは、あり得ないことなのです。心情的には理解できる、というのは、電気事業法の仕組み自体に様々な批判があるのだろうな、という意味です。
以上
次回更新は6月28日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。