今の電力会社に新規融資は可能か

今の電力会社に新規融資は可能か

森本紀行
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「産業金融の王道」第三弾ですね。東京電力に限らず、今の電力会社の置かれた状況からすると、資金調達は容易ではありません。なにしろ、原子力発電の将来や電気事業法の枠組みの大規模な変更の可能性など、経営環境をめぐる不確実性が大きすぎることが障害になっているようです。東京電力の場合には巨額な原子力損害賠償債務の問題がありますが、他の電力会社の状況も、東京電力と比較して、格段によいわけでもないようですね。
 
 経営環境の不確実性が大きくなると、資金調達は難しくなる、このことは、企業金融の理論の基本です。一番わかり易い例が、起業でしょう。起業というのは、これから新しく業を興そうというのですから、事業の成功の可能性についての不確実性があまりに大きく、銀行融資等の一般の金融手法では資金調達ができません。ですから、ベンチャーキャピタルというような特別な仕組みがあるのです。
 ついでに、もうひとつ金融の本質的な問題について触れておけば、企業が資金を必要とするときほど、一般に、資金の調達が難しくなるということです。起業するから元手が必要なのですが、起業であるがゆえに元手の調達が難しい。普通の企業でも、一時的な経営不振で運転資本等の不足が生じたときは、資金調達の成否が企業の命運を決しかねないのですが、そのようなときほど銀行等の融資姿勢が厳格になりがちであることは、よく知られています。銀行は雨が降ると傘を取り上げる、などといわれる問題です。
 別に、銀行等の金融機関に倫理的な問題があるわけではありません。銀行等の商売は、傘(資金)を貸して賃料(金利)を貰うことですから、傘が返ってくるかどうかの判断は、決定的に重要な経営判断なのです。融資先の企業の陥っている状況が一時的な経営不振かどうかは、簡単に判断できることではありません。一時的ではなくて構造的な経営問題であれば、融資できないのは当然でしょう。
 要は、不確実性の問題に収斂するのです。安定した事業環境のなかで、景気循環的な変動により、資金需要が生じているならば、銀行等の融資判断も容易かもしれませんが、産業構造が大きく変化するなかで、資金需要が生じてくるときは、将来の事業環境にかかわる不確実性が大きすぎて、なかなか融資判断がつかないのです。
 

今まさに、電気事業が、抜本的な産業構造の変革のなかで、将来の経営環境に関する大きな不確実性に直面しているわけですね。
 
 もともと電気事業は、電気事業法の枠組みのなかで、高度に規制されてきた、あるいは別のいい方をすれば、高度に保護されてきました。これは、いうまでもなく、電気が産業と国民生活の基盤をなすことから、その安定供給体制を確立するために、様々な制度的な手当てがなされてきた結果です。
 一方で、電気事業は、巨額な設備投資を必要とする産業でもあります。膨大な発電施設と送配電網の維持には、民間企業の事業としては、あまりにも巨額な資金を必要とするのです。このことも、高度な規制を正当化してきた根拠です。規制により民間事業としての電気事業にかかわる不確実性を小さくすることで、民間電気事業者が必要とする巨額な資金の調達を安定化させてきたのです。そして、そのことが電気事業者の行う計画的で先行的な投資を可能にしてきたのであり、それが世界に冠たる日本の電気安定供給基盤の確立につながっているのです。
 規制緩和などというと、耳聞こえがいいですし、規制緩和反対などというと、特権的な既得権益にしがみつく守旧派のようにしか思われませんが、どのような規制にも、規制を正当化する歴史的な背景があるのです。日本の電気事業の場合、産業の土台として経済成長を支えるという社会的使命を民間事業として実現していくために、高度な規制が導入され、その規制による保護を前提にして、基盤整備のための資金を安定的に調達してきたのです。歴史的には、規制による保護が資金調達の条件だったことに間違いないのですから、その規制の本質的な見直しを行えば、当然の帰結として、資金調達の安定性が揺らぐのも当然です。
 

電気事業の構造改革には、実は、改めて巨額な追加資金の調達が必要ですね。ところが、構造改革が電気事業の将来の不確実性を高めるために、逆に資金調達が難しくなっている。これは、矛盾ですね。
 
 矛盾というよりも、おそらくは、稚拙な電気事業政策の帰結だと思います。稚拙というのが現政府の施策に対して酷な表現だとすれば、流動的な政局に起因する原子力発電をめぐる政治的日和見の帰結だと思います。
 例えば、極端な可能性として、停止中の原子力発電所の再稼働を認めることなく廃炉を決定すれば、原子力発電施設にかかわる会計処理が深刻な問題を引き起こします。理論的には、資産性を一気に失うのみならず、逆に廃炉費用等の巨額になると予想される除却関連損失の計上も避けられないでしょうから、それだけで、電力会社の自己資本の相当部分が消えてなくなるか、どうかすると、債務超過が生じるかもしれません。この一つの可能性をとってすら、その可能性を無視し得ない以上、銀行等の立場からすれば、原子力発電所をもつ電力会社に融資しにくいのは、明瞭でしょう。
 また、将来の電気事業の問題ではなく、まさに現在の事実の問題として、ほとんどの原子力発電所が稼働していない(しかも、稼働へのめどもたたない)状況下では、緊急対策として、火力発電への依存を高めざるを得ず、その結果、燃料費が嵩んで、電力会社の収益は著しく圧迫されています。各社とも、構造的な赤字体質に転落しています。これも、資金調達を困難にしている要因です。ところが、逆に、燃料費の調達のためだけにでも、電力会社は資金調達をしなければならないのです。
 本来の電気事業法の枠組みからいえば、このような電気原価の上昇は、電気料金への転嫁が認められてしかるべきです。しかし、現政権は、反原子力の国民感情を理由に原子力発電所の再稼働を認めず、他方で電気料金の値上げをも認めないことで、両立不能な国民の要求に対して安直な迎合的妥協をしているのです。まさに、ここのところに、政治の日和見姿勢が明瞭に表れています。
 原子力発電所の早期廃炉のような極端な可能性はひとまずおいても、ほぼ動かし難い方向性として、電源構成における原子力の相対的低下、同時に化石資源への依存度の低下の既定路線の上では、再生可能エネルギーの開発関連への巨額な新規投資は不可避であるわけです。ゆえに、電力会社にとっては、長期的な電源構成の再構築のために、資金調達は極めて重要な経営課題なのですが、実際には、そのような戦略的投資ができる状況にはありません。
 他方で、政府は、再生可能エネルギーについては、既存の電力会社以外の新勢力からの新規参入を促すために、いわゆる規制緩和の名のもとに、電気事業法の枠組みそのものの抜本的改革の可能性を強く示唆しています。こうした改革の必要性自体については、誰も異論はないでしょうが、なぜ、拙速に今なのかについては、大いに疑問があります。
 事実として、現在の電気の安定供給は、電気事業連合会を構成する既成勢力の電力会社のもとで維持されています。そのことが妥当であるかどうかの議論以前に、事実として、電気事業連合会体制のなかでの電気安定供給であることは、認められなければなりません。古い体制の破壊の上に、新しい体制ができるはずはないのです。なぜなら、電気の安定供給には、一日の断絶も許されないからです。改革は、既存の電力会社による安定供給体制と、それを支える安定経営を前提にしてのみ、なされ得るのです。そのためには、電力会社の資金調達を安定化させなければなりません。
 ところが、政府は、明確な電気事業の将来像を示すことなく、場当たり的な対応をとるので、資金を調達する側の電力会社も、資金を供給する側の銀行等も困ってしまうわけです。このままでは、いずれ、国民も、電気の安定供給が危機に瀕するという形で、困ることになるでしょう。
 

困るわけにはいきませんので、何とか資金調達の方法を工夫しなければなりませんね、現状の厳しい条件のもとといえども。
 
 参考になるのは、むしろ、東京電力の将来のあり方です。東京電力については、既に膨大な論考を通じて論じ尽くしているので、詳細は繰り返しません。要点は、第一に、原子力損害賠償債務の存在により実質的な債務超過に陥っているので、原子力損害賠償支援機構の支援のもとでのみ、資金調達が可能であること、第二に、そのような条件のなかで、将来の電気事業改革に先鞭をつけるという意味もあって、東京電力には新規の発電施設等の建設を行わせず、外部の電気事業者(いわゆるIPP)が建設した施設からの電気購入に移行していくというのが政府の施策の方向になっていること、この二点に尽きます。
 実際、今の東京電力が新規の発電所の建設を行うことは、その資金調達ができない以上、経済的に不可能ですし、また、政府方針としても、電気事業改革の方向性のなかでは、そのような建設を認めることもないのです。ところが、外部の企業(もしくは企業連合)が発電会社を作り、そこが資金調達をして施設を建設し、東京電力との間で売電契約を結べば、事実上、東京電力が発電所を作るのと電気供給能力の面では同じですが、金融の仕組みの面でも、電気事業の枠組みの面でも、全く違うものになります。
 この新発電会社は、東京電力ではありませんから、十分な資本をもって設立されるかぎり、銀行融資等を受けることに少しも障碍はありません。東京電力との間に売電契約があるのですから、売上げが確保されているのであって、むしろ、融資し易い案件となります。しかも、新会社による発電、東京電力による配送電、という構造になって、懸案の発送電分離も実態的に行われるのです。これが、政府が原子力損害賠償問題の裏で推進している実質的電気事業改革の仕組みです。
 東京電力の場合は、原子力損害賠償問題により、事実上の国有企業になっているがゆえに、こうした強引なことも可能になったのですが、他の電力会社にとっても、金融技法的には、そっくりそのまま、応用できるものです。なぜ実行しないのか、私には、むしろ疑問なくらいです。おそらくは、検討しているのでしょうが。
 

東京電力の場合は、自分の子会社として新規の発電会社を作るのは難しそうですが、例えば、関西電力であれば、子会社として発電施設を分離するだけでも、金融技法的には、資金調達を容易にする方法があるということですね。
 
 いわゆる構造化融資(ストラクチャードファイナンス)ですね。関西電力に融資すれば、関西電力全体としての信用力に基づく一般債権になりますが、特定の発電子会社に対する債権は、理論的には(法律的技法の検討が必要ですが)、一般債権から分離することができるでしょう。そうすることで、関西電力支配下の発電能力の拡大維持のための資金調達について、関西電力自体に融資しにくい状況があっても、実質的に融資可能な条件を整えることができます。
 このような工夫こそが、金融の社会的機能であり、産業金融の王道だと思うのです。関西電力には失礼ですが、関西電力に融資できるかどうかは、どうでもいいことなのです。産業金融の王道においては、関西電力という特定企業の問題を超えて、関西電力管内の電気安定供給という産業基盤の維持拡大のために、どうすれば資金を供給できるか、ということだけが問題だからです。
 もうだいぶ長くなりましたので、この先の金融技法の詳細は、次の機会にしましょう。
 
以上


 次回更新は10月4日(木)になります。

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。