唐突な話から始めます、住宅は貯金箱であると。定期的な所得がある現役期間中に、毎月、一定の金額を住宅という器の中に蓄積していく、そして、定期的な所得のなくなった老後に、蓄積された住宅の価値から、毎月、一定の金額を引き出して生活原資に充当する。そのような特殊な年金として、住宅を使えるのではないか。
老後は、一定の年金給付があるにしても、現役期間中と比較すれば、格段に所得が小さくなります。もしも、現役期間中の所得の一部を住宅に貯めることができ、老後に定期的に引き出すことができれば、生涯所得の平準化にとって、大変に都合がいいことになります。しかも、住宅費というのは、生活資金のなかの最大の費目でしょうから、その住宅を中心にして生涯生計費を合理化できれば、大いに便利といわざるを得ません。
理屈は、なんとなくわかりますが、具体的な仕組みは思い浮かびません。まずは、貯めるほうからいきましょう。
またも唐突な話をします、住宅融資の毎月の弁済は、毎月少しずつ住宅という器に貯金するのと、経済効果としては、同じであると。借金をして住宅を買い、その債務を毎月元利均等方式で弁済していくことは、これはもう、住宅金融の基本ですから、多くの人が、実は、住宅に貯金しているのです。
そこで貯蓄というのは、いわゆる英語、というか米語でいうところのホームエクイティの形成のことですね。
そういうことではありますが、いきなりホームエクイティでは、わかりやすく解説しようとしているのか、わかりにくくしているのか、大いに疑問です。しかし、折角ですから、調子にのって、この難解路線を突き進めば、要は、現役期間中に、自分の持家にホームエクイティを形成し、老後に、ホームエクイティを計画的に取り崩そうということです。この後段のホームエクイティを計画的に取り崩す仕組みを、これも米語で、リバースモーゲージというのです。
こうなれば、いっそのこと、先にリバースモーゲージの話に飛びますか。
リバースモーゲージは、住宅を使った不動産担保融資の特殊な類型です。普通に銀行等で取り扱っていますが、深く考えると、これが本当に伝統的な融資の概念の枠に収まるものかどうか、疑問の余地がないわけでもありません。なぜなら、弁済の裏付けが、債務者の所得ではなくて、債務者の資産になっているからです。
弁済の裏付けが資産であることについては、資産を担保にした融資である以上、当然であると思われるかもしれませんが、担保が活きてくるのは債務不履行があったときだけですから、普通に弁済される限りにおいては、担保は働かないのであって、あくまでも、弁済の裏付けは、債務者の所得に基づく弁済能力なのです。担保資産は、万が一の債務不履行に備えた保険にすぎない、これが融資の本旨です。
ところが、ここで問題にしようとしているリバースモーゲージは、所得のなくなった、あるいは所得が年金等に限られる老後生活者に対する融資であって、弁済原資そのものが、担保資産なのです。担保権の行使を前提にするような融資は、融資としては特殊な類型といわざるを得ない。
リバースモーゲージの仕組みはどうなっているのでしょうか。
典型的なリバースモーゲージは、住宅を担保として、使途自由な資金を融資する仕組みです。使途自由ということは、年金生活者の豊かな暮らしを支えるための追加生活資金としても利用できるということです。ここが、住宅取得を目的とした使途限定の融資である普通の住宅融資との決定的な違いです。
また、融資額も、使途に応じて、一括や順次追加などを選択できます。生活資金として使うならば、定期的に累増する形態になります。他方、弁済については、融資期間中は行わないのが原則です。ここも、普通の住宅融資が期初一括融資で、弁済が毎月の元利均等方式になっているのと大きく異なる点です。リバースモーゲージの弁済はどうなるかというと、満期時に一括して担保不動産の売却によって行うのです。もちろん、債務者が期前に死亡すれば、生命保険金で弁済されます。
ちなみに、リバースモーゲージという英語(米語)ですが、これは、逆転した住宅融資という意味です。住宅を担保にした融資ですから、住宅融資に違いないのですが、なぜ逆転かというと、普通の住宅融資では、弁済という形で債務者が現金を支払っていくのに対して、リバースモーゲージでは、追加融資という形で債務者が現金を受け取っていく、つまり支払いと受け取りが逆転しているからです。
リバースモーゲージというのは、要は、自分の住宅を細分化して、分割売却していくのと同じではないでしょうか。
経済効果としては、そういうことです。であれば、普通の住宅融資は、住宅を細分化して、順次分割取得するのと同じです。分割取得を逆転させると、分割売却になるというわけです。概念としては、そうですが、現実の経済取引では、そうはいきません。一つの商品を分割して、小さな単位ごとに少しずつ時間をかけて所有権を移転させることはしないからです。
しないというよりも、現実的に、できないでしょう。取引というのは、商品単位で行うからです。また、少し法律的な技術論ですが、商品全体の所有権を先に移転させることは、買い手への危険負担の移転など、売り手の権利を守るためにも必要です。それはそうですね、所有権の完全な移転前に、占有が買い手に移ってしまうことは、売り手の立場を不安定にさせますから。
そこで、先に全体の取引を完結させて、後で債務を分割弁済する仕組みにするのですね。
私は、金融を本来の社会的機能に結びつけて再構築する努力を続けているのですが、割賦販売は、金融が果たすことのできる社会的役割の典型だと思います。割賦販売というのは、実は、その名の通り、商品を分割して販売することですが、まさか、商品を分割して、細分化された単位ごとの所有権を販売する取引にはできないので、先に全体の取引を終わらせて、代金の分割弁済という金融機能に転換して、分割取引を再構成したものです。
この金融機能こそが、急速な大衆消費社会化に伴う高度経済成長の原動力であったはずです。当時の家電製品は、勤労者世帯の所得に比して、決して安いものではなかった。それが飛ぶように売れたのは、割賦販売の仕組みによってです。
こう考えれば、住宅融資を住宅の割賦販売と呼んでもいいわけで、割賦販売が分割取得の金融的再構成だとしたら、住宅融資は住宅の分割取得の金融的再構成だということになります。住宅は、年間所得を上回るのが普通なほど極めて高額なものですから、割賦販売の仕組みがない限り、簡単には売れない。今日までの持家の普及は、住宅金融がなければ実現できなかったでしょうし、広い住宅産業の裾野を考えれば、これまでの経済成長の大きな原動力であったことも間違いないでしょう。
ホームエクイティというのは、割賦販売としての住宅融資における債務完済の状態をいうのでしょうか。
ホームエクイティのホームというのは住宅のことですが、エクイティは何かというと、住宅の経済価値と債務残高の差分のことです。これは、企業の貸借対照表において、総資産から総債務を控除すれば純資産になりますが、純資産は株主資本、即ちエクイティであるというところからきています。
もっとも、より正確にいえば、住宅の経済価値と債務残高の差ではなくて、住宅の経済価値に一定の掛目をとったものと債務残高の差です。掛目をとるのは、資産を担保として評価するときの金融界の通例です。資産を担保として処分するときに、資産価値通りに売却できるとは限らないので、安全を見込んで資産価値を低く評価しておくのです。
さて、資産価値100の住宅があって、担保掛目が70%だとすると、最大70まで住宅融資を受けられます。実際に、70の融資を受けると、当初は70-70=0になりますから、ホームエクイティはありません。
債務の弁済を進めていく過程で、住宅のほうも減価償却していきますから、簡単にはホームエクイティは発生しませんが、時間が経過すれば、減価償却しない底地部分の比重が増大する、市場要因で住宅価格が上昇する、減価償却速度よりも速い弁済速度を採用しているなどの理由で、ホームエクイティが発生してきます。そして、住宅融資を完済したときには、住宅の残存価値に掛目をかけたものの総額がホームエクイティになるわけです。
リバースモーゲージというのは、ホームエクイティを担保にした新たな融資なのですね。
ホームエクイティを担保にした融資を、ホームエクイティローンといいます。リバースモーゲージは、ホームエクイティローンの一類型です。一般のホームエクイティローンは、ホームエクイティをもっている人ならだれでも利用できる使途自由の個人向け融資と考えられています。年金受給者だけでなく、現役で所得のある人のなかにも、いくらでもホームエクイティの所有者はいるわけです。
リバースモーゲージは、弁済を資産で行うという意味で、ホームエクイティローンのなかでも特殊な類型であって、所得のない、あるいは所得が年金に限られるような老後生活者向けに開発されたものなのです。
いうなれば、リバースモーゲージは、ホームエクイティを順次取り崩して、生活資金に充当する仕組みですから、融資というよりも、連続的な小部分売却という側面が強く出ていて、それだけに、融資としては特異だということです。
現役時代は、住宅融資の弁済に努めてホームエクイティを形成し、老後生活に入った後は、リバースモーゲージを通じてホームエクイティを取り崩す、これが住宅を貯金箱にする仕組みであり、生涯生活設計の一つのあり方ということですね。
確かに、生涯生活設計の一つのあり方です。しかし、要点は、生涯の二文字です。リバースモーゲージの満期時に、もしくは、それ以前に、生涯が終わればいいのですが、終わらなかったらどうなるのでしょうか。リバースモーゲージの暗黙の前提、あるいは明瞭な前提かもしれませんが、それは、住宅は生きているから必要なのであって、死後に住宅を残しても仕方ないということなのです。ということは、生き残って住宅がなくなったら困るだろうということも、裏の前提だということです。
生涯ということの最大の難問は、自分の余命の不確実性です。この究極の不確実性に対応しているのが、相互扶助型の終身年金、即ち、長生きする人の年金原資に、早期に亡くなる人が残していく原資を充当していく仕組みです。個人単位の生涯生活設計には限界があります。年金制度の経済的合理性について、もっとよく理解して頂きたいものです。
以上
次回更新は6月27日(木)になります。
2013/06/13掲載「住宅金融あれこれ」
2013/04/18掲載「オプション取引は賭博か」
2009/08/20掲載「投資信託と預金・保険のアンバンドリング」
≪アーカイブから今週のお奨めは「TPPと農業」≫
2012/10/11掲載「農業の法人化と産業化」
2012/09/20掲載「TPPに打克つ日本農業の底力」
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。