脱原子力で電力会社は債務超過になる

脱原子力で電力会社は債務超過になる

森本紀行
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仮に、早急なる脱原子力という国民の選択がなされ、全ての原子力発電所が永久に稼働されなくなるとしたら、原子力発電事業をもつ9電力会社は債務超過になり、資金調達が不可能となって、電気安定供給は危機に瀕する。さて、どうしたらいいのか。
 
 資産というのは、利用価値があるからこそ、資産なのです。使用される可能性が確定的になくなった資産は、もはや資産ではなく、廃棄物の塊です。したがって、会計的には、簿価の全額を減損処理しなくてはなりません。
 また、廃棄物にすぎなくなった物体は、会計的に除却されるだけではなく、物理的にも除却されなくてはなりません。物理的除却には費用がかかりますが、その費用は、除却損失として、事前に会計処理されなくてはなりません。
 さて、原子力発電所が確定的に稼働しないことになれば、会計的に資産ではなくなるので、全額を減損しなくてはならない。これだけでも、原子力発電所をもつ電力会社は債務超過になりかねません。なぜなら、原子力発電所が稼働できなくなってからは、電源構成の歪みに起因する非効率により、巨額な赤字を計上しており、自己資本が減少しているからです。
 しかし、より深刻な問題は、施設除却に要する費用が予想もつかないことでしょう。何しろ、相手は、原子力発電所ですから。その費用を保守的に見積もって事前計上すれば、それはもう、確実に、電力会社は債務超過となるでしょう。
 巨額な負債をもつ電力会社が債務超過になれば、それは、いわゆる倒産の一つの形ですから、その非常事態において、電気の安定供給を守るためには、大変な混乱と、莫大な社会的費用が発生するであろうことは、間違いないところです。少なくとも、金融的には、巨額な不良債権の処理という難問になることは避け得ません。金融界は困ります。
 

最初から予想される混乱は、長期的視点に立って、未然に防止すべきですから、脱原子力というのは、会計処理のような細部の技術的な議論も含んだ緻密な長期戦略でなければならないということですね。
 
 脱原子力は、要は、国民の選択の問題ですから、そう決まれば、それでいいのですが、脱原子力を達成するための現実的な手続きは、別問題です。どちらにしても、時間と費用がかかる。おそらくは、時間を短くするほうが、費用が余計にかかる。ですから、最初に、合理的な費用の見積もりのもとに、合理的な時間軸の設定を行い、計画的に脱原子力を進めなくてはいけない。これは、当然至極のことではないでしょうか。
 即時に全ての原子力発電所の稼働を永久停止にすれば、それはもう、議論の余地なく、電力会社の債務超過は避け得ない。どうしても、即時に廃止したければ、原子力発電所廃止措置機構とでもいうような政府機関を作って、税金を投入し、簿価によって、電力会社から買い取るほかない。
 巨額な税金の使い道として、それはいかがなものかとは、誰しも思うでしょう。それならば、原子力発電所を稼働させつつ、計画通りに、耐用年数の切れたものから、廃炉にしていくしかない。
 

計画通りに廃炉する限り、計画的に減価償却が進み、計画的に廃炉費用が積み立てられていくので、大きな問題を生じないわけで、困るのは、基本前提が覆ることだけなのですね。
 
 法律上の利害に関する予見可能性がなければ、電気事業だろうが、原子力事業だろうが、経済活動は成り立ちません。特に金融の場合は、危険の予見可能性と制御可能性がない限り、資金の供給は不可能です。原子力政策の突然の転換によって、電力会社が突如として債務超過になり、巨額な不良債権が発生することなど、金融界としては、受け入れ難いのです。
 念のためですが、金融機関が自己の権利を強欲に主張しているわけではありません。金融機能は社会的に必要なものであり、それが円滑に機能するためには、金融秩序を支える法秩序が確立していて、そのもとでの一定の予見可能性が守られていなければならないのです。当たり前のことにすぎません。
 

突如としてという意味では、原子力安全規制が突如として劇的に変更になったことも、大問題ですね。
 
 最新の科学技術的知見と経験に基づいて規制を変更することは、当然であり、誰も反対し得ないことなのですが、いかなる変更も、将来に向かってのみ有効であることは、原子力規制が法律に基づくものである限り、法秩序の問題として、自明です。故に、過去の規制を前提とし成り立っていた権利関係は、原則として、新規制のもとでも保護されなくてはならないわけです。
 例えば、現下の焦点となっている活断層論争は、どう処理されるべきか。新たな規制のもとでは、活断層の上に原子力発電所を設置できないことになったので、新たに調査した結果として、立地直下に活断層の存在を認定された原子力発電所は、廃炉にするほかないわけです。さて、それに伴う原子力事業者の損失は、どう補償されるべきでしょうか。どう補償されるのが、社会正義に照らして、また法秩序に照らして、公正公平なあり方なのか。
 具体的には、9電力会社の合弁企業である日本原子力発電の場合は、原子力規制委員会の認定通りに、敦賀発電所の下に活断層があるということになれば、その廃炉は避けがたく、この他に東海第二発電所しかもたない会社ですから、債務超過どころか、もはや存立自体が不可能になってしまうのです。さて、それでいいのか。
 いうまでもありませんが、日本原子力発電は、東海原子力発電所によって、1966年に日本初の商業用原子力発電を開始した企業です。この東海発電所は、1998年に営業を停止し、現在は、廃止措置(廃炉作業のことです)の途上にあります。
 今後は、廃炉技術も極めて重要なものになっていくわけですから、この原子力発電の開始と終了の両面における開拓者としての企業の歴史は、貴重なものです。その企業が、存亡の危機に立たされている。それでいいのか。
 もちろん、いいわけはありません。安全な廃止措置のためには、高度な原子力技術の維持発展は絶対に必要であり、そのためのみにも、法人としての組織構造がどうなろうと、技術者集団としての原子力事業者は存続させなくてはならないはずです。
 

原子力安全規制は、原子力発電の継続を前提としてのみ、意味があるので、その規制の結果、原子力事業者が存亡の危機に立つというのでは、そもそも倒錯していますね。
 
 脱原子力という国民選択がなされれば、現在の原子力規制委員会の活動の大半は無用になります。そうなれば、安全な廃止措置だけに限った規制を行えばいいからです。現在の原子力規制委員会の機能は、あくまでも原子力発電の継続と健全な発展を意図したものでなければならないわけです。故に、立地の安全性を審査するということも、危険な(と原子力規制委員会が認定する)ものを排除した後に、安全なものを残し、安全な原子力発電の発展の基礎を築くことが目的でなければならない。
 従って、例えば、日本原子力発電について、仮に敦賀発電所の廃炉が不可避となったとしても、そのことで企業としての存亡の危機に瀕することはあり得ないわけで、廃炉に伴う損失は、公正公平な方法で、国民負担(電気料金であれ、税金であれ)により補償されなくてはなりません。その負担が、安全の価格というものであって、その価格が高すぎるというのが、脱原子力の思想の経済的側面です。
 それにしても、原子力規制委員会が導入する新規制のもとでは、早期廃炉費や大規模な改修費も含めて、巨額な追加費用が発生するわけですが、その追加出費は、最終的には、電気料金なり税金の投入なりで、国民負担になります。その負担が発生した後で、脱原子力ということになれば、あまりといえばあまりに無駄なことになります。
 

将来の原子力政策を明確にすることが、先決ですね。
 
 論理的には、政府の原子力政策は、原子力発電維持の方向で決着しているはずです。なぜならば、政府機関である原子力規制委員会は、現に非常に活発に活動しており、原子力発電の安全性の強化と原子力事業の健全な発展に努めているからです。このような活動は、脱原子力の方向では、無駄であり、あり得ないことです。原子力規制委員会の活動の先に脱原子力があるなどということは、論理的に、矛盾です。
 
以上


 次回更新は11月7日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2013/10/24掲載「原子力による脱原子力
2013/10/16掲載「東京電力福島第一原子力発電所の国有化
2013/03/14掲載「ここがおかしい原子力安全規制
2013/01/10掲載「東京電力にこだわり続ける、日本の明るい未来のために
2012/12/27掲載「脱原子力は原子力以上にバンカブルではない
2012/12/20掲載「原子力発電はバンカブルではない
2012/11/29掲載「東京電力なしで電気事業政策は成り立つのか
2012/11/15掲載「東京電力の「再生への経営方針」にみる政府の欺瞞

≪ アーカイブから今週のお奨めは「JR三島経営絵安定基金」  ≫
2013/10/03掲載「JR北海道の経営の深層
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。