日本郵政の上場についての疑問

日本郵政の上場についての疑問

森本紀行
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政府は、政府が発行済株式の全てを保有している日本郵政株式会社について、その保有株式を売却処分するために、2015年の春には、上場準備を完了させる方向で、具体的な動きを始めています。詳細は未定のところが多いようですが、そもそも、成長戦略なき上場はあり得ないわけで、肝心要の日本郵政の未来の姿は、描けているのでしょうか。
 
 日本郵政の上場については、現段階では、何かと不明な点が多く、確かなことは、10月1日に、財務省が日本郵政の株式の売出しに係る主幹事証券会社を選定したことだけです。
 しかし、そこでも、「なお、この主幹事選定手続は売出しの事務的準備行為であり、実際の売出し時期及び売出し規模等につきましては未定であり、今後の株式市場の状況等を総合勘案しつつ、実際の取扱いを決定することとなります」とありますから、事務的準備行為が始まっただけで、その準備の完了が、来年の春に予定されているというだけのことです。
 

しかし、「郵政民営化法」で、政府の保有株式の処分については、具体的な規定がなされているのではないでしょうか。
 
 大変に大きな政治問題になったことでもあり、二転三転した経緯は周知の事実でしょうが、念のため、政争の結果として、現在の法律のもとで日本郵政の置かれた立場を、確認しておきましょう。
 まず、2005年の「郵政民営化法」では、日本郵政公社を廃して、株式会社化することが定められました。このとき、同時に、「公社が有する機能を分割」することも、法律に規定されました。
 この法律では、郵便事業株式会社、郵便局株式会社、郵便貯金銀行、郵便保険会社の4社への分割が決められ、4社の全ての株式を保有する持株会社として、日本郵政株式会社の設立が規定されています。もちろん、日本郵政の全ての株式は、政府が保有することとされていました。
 注目すべきは、改正を経た現在の同法の第七条です。まず、その第一項は、次のように、述べています。
 「政府が保有する日本郵政株式会社の株式がその発行済株式の総数に占める割合は、できる限り早期に減ずるものとする。ただし、その割合は、常時、三分の一を超えているものとする。」
 そして、第二項は、結果的に、次の内容で落着したわけです。
 「日本郵政株式会社が保有する郵便貯金銀行及び郵便保険会社の株式は、その全部を処分することを目指し、郵便貯金銀行及び郵便保険会社の経営状況、次条に規定する責務の履行への影響等を勘案しつつ、できる限り早期に、処分するものとする。」
 なお、ここでいう「次条に規定する責務の履行」というのは、いわゆるユニバーサルサービスのことで、「郵便の役務、簡易な貯蓄、送金及び債権債務の決済の役務並びに簡易に利用できる生命保険の役務」が、「将来にわたりあまねく全国において公平に利用できる」ように、郵便局ネットワークを維持することを指しています。
 このように、株式の処分については、「できる限り早期に」とか、「勘案しつつ」とか、「目指し」とか、曖昧なところを残す政治決着になったわけです。当然のことながら、現在、この曖昧なままに積み残したところの決着が問題になっているのです。
 なお、2007年10月1日に、「郵政民営化法」に従い、日本郵政公社が解散して、新組織に移行したときには、郵便貯金銀行の名称は株式会社ゆうちょ銀行となり、郵便保険会社の名称は株式会社かんぽ生命保険となり、今日に至っています。
 また、郵便局株式会社は、その後、名称を日本郵便株式会社に変更したうえで、郵便事業株式会社を合併しています。その結果、現在では、日本郵政の下に、日本郵便と、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険(金融2社)の計3社が、属する構造になったのです。
 

法律によれば、日本郵政は、保有する金融2社の全株式の売却処分を目指すことになりますが、そうしますと、残るのは、日本郵便だけです。日本郵政の上場というのは、最終的には、日本郵便の上場と同じことになるのでしょうか。
 
 そこのところが、大変に大きな疑問として、問題視されているわけです。政争の結果、法律の文言は、「できる限り早期に」、「その全部を処分することを目指し」というふうに、処分を断定的に規定した表現が改められたのですが、「目指し」とか、「できる限り早期に」の法的拘束力が曖昧なのです。
 大方の見方は、日本郵政の企業価値の多くは、もしかすると、ほとんど全ては、金融2社にあるのではないか、というものでしょう。そういうなかで、先行的に日本郵政を上場させるといわれても、日本郵政から金融2社が分離してしまったら、一体どういうことになるのか、よくわからないのです。
 例えば、単純素朴に考えれば、金融2社を完全売却した後の日本郵政というのは、巨額な売却代金を現金として保有する一方で、日本郵便という事業会社、少なくとも、現時点では、必ずしも収益性の高くない事業会社だけを傘下にもつという、企業としては、おかしな構造になります。
 ならば、最初に、子会社の金融2社の上場を行うべきではないのか。その後、日本郵政は、子会社売却代金を、配当等の形で国庫に納めて、改めて、日本郵便を中核事業とした企業として、上場等の可能性を模索すべきではないのか。そのような疑義が生じるのは、当然のことでしょう。
 逆に、「目指し」の解釈により、日本郵政は、金融2社の大株主として、支配権を行使していくのか、そのような法律解釈が可能なのか、そこもよくわかりません。
 

日本郵便を分離するとか、日本郵政を、金融2社を別々に保有する会社に、二分割してしまうとか、多様な方法があり得るのではないでしょうか。
 
 そういうわけには、いきません。あれだけの政争を経て落着した「郵政民営化法」の文言に抵触するような処理は、不可能なのです。実は、法律上は、政府が全株式を保有する日本郵政については、その一体性を前提にしているのです。そのうえで、株式の処分方法については、重要な拘束条件を定めているわけです。
 第一に、政府が保有する日本郵政の株式は、政府の保有割合が常時三分の一以上を維持する条件のもとで、その余を、売却処分すること。
 第二に、日本郵政は、保有している金融2社の全株式について、「全部を処分することを目指し」ていかなければならないこと。
 そして、第三に、「日本郵政株式会社法」の第一条で、「日本郵政株式会社は、日本郵便株式会社の発行済株式の総数を保有し、日本郵便株式会社の経営管理を行うこと及び日本郵便株式会社の業務の支援を行うことを目的とする株式会社とする」と定めていること。
 その結果、同法第五条により、日本郵政は、完全子会社の日本郵便を通じて、「その業務の運営に当たっては、郵便の役務、簡易な貯蓄、送金及び債権債務の決済の役務並びに簡易に利用できる生命保険の役務を利用者本位の簡便な方法により郵便局で一体的にかつあまねく全国において公平に利用できるようにする責務を有する」ことになっていること。
 

要は、日本郵政の立場というのは、日本郵便の業務に関して負っている責務の履行と、金融2社の全株式の売却処分との間で、微妙なものがあるということですね。
 
 一つの問題は、その後の紆余曲折はあったものの、2005年の法律で、その時点の政治状況を反映して、民営化の方法の根幹が定められていることでしょう。今となっては、別の方法もあり得るのかもしれません。例えば、金融2社の全株式の売却処分というだけのことなら、両社とも、政府の直接所有になっていれば、簡単だったはずですし。
 結局のところ、日本郵政公社のときの業務の一体的統合は、金融2社の完全民営化にもかかわらず、「郵便の役務、簡易な貯蓄、送金及び債権債務の決済の役務並びに簡易に利用できる生命保険の役務を利用者本位の簡便な方法により郵便局で一体的にかつあまねく全国において公平に利用できるようにする責務」として、日本郵便に残されるというところに、難しさがあるわけです。
 

いずれにしても、金融2社なき後の日本郵政の姿が描けない限り、上場の絵も描けないということですね。
 
 まさか、最終的に、責務だけ残る会社というわけには、いきませんね。そこが、投資家の最大の懸念でしょう。また、日本郵政上場後(同時でもいいですが)、金融2社の株式の売り出しになるわけで、そのときに、両社に直接に投資したいと考える投資家のほうが多いのかもしれません。
 いずれにしても。日本郵政の株式上場という、そのこと一つだけを単独にとりだせば、なかなかに、難しいことのように思えます。やはり、鍵は、日本郵便の固有の事業価値でしょう。その未来像を描けなければ、結局は、実質的に、金融2社の容器の上場にすぎず、容器が空になったならば、上場自体に意味がなくなりかねないわけです。
 

財政制度等審議会が6月5日に出した答申「日本郵政株式会社の株式の処分について」では、金融2社の株式処分に慎重な姿勢が示されていますね。
 
 そこには、はっきりと、以下のように述べられています。
 「ゆうちょ銀行株式会社及びかんぽ生命保険株式会社(以下「金融2社」という。)の株式は日本郵政の資産の大部分を占めているため、特に新規公開時においては、金融2社株式の売却の在り方が日本郵政の株式価値の毀損につながることにならないよう、主幹事証券会社等の専門的立場からの意見を参考としつつ、政府及び日本郵政は適切に対応するべきである。」
 

「政府及び日本郵政は適切に対応するべき」とはいっても、どうしようがあるというのでしょうか。
 
 さあ、よく理解できませんね。そもそも、金融2社の株式の売却は、「日本郵政の株式価値の毀損」に、つながらざるを得ないような気もするのですが。
 そのような背景もあってでしょうが、日本郵政が2014年2月26日に発表した「日本郵政グループ中期経営計画~新郵政ネットワーク創造プラン2016~」では、「郵便局ネットワークと金融2社が有機的に結合することで、新たな郵政グループの形を創り上げる」とされていています。ここでは、金融2社の株式売却には、一切、触れられていません。
 日本郵政は、というよりも「郵政民営化法」は、建前として、金融2社の株式の完全売却を目標にしつつも、金融2社との有機的結合を基本前提にしているわけで、その関係を、もう少し明瞭にしていかないといけないのでしょう。
 

復興財源との関連も、気になりますね。
 
 「復興財源確保法」(正確には、「東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法」という非常に長い名前の法律)においては、その附則の第十四条で、日本郵政株式の売却収入を、復興財源に位置付けています。
 そこでは、「日本郵政株式会社の経営の状況、収益の見通しその他の事情を勘案しつつ処分の在り方を検討し、その結果に基づいて、できる限り早期に処分するものとする」こととされているのです。
 その後、日本郵政の株式売却による財源確保は、2013年1月29日の復興推進会議決定によって、「日本郵政株式の売却収入として見込まれる4兆円程度を追加する」とされ、具体的な目標金額まで、定められます。
 なお、「復興財源確保法」では、財源化できるのは、2022年度までの日本郵政の株式売却収入なので、4兆円という金額についての目標のほかに、2022年度までにという時間についての目標も、明確に定まっているということです。
 

そうしますと、「復興財源確保法」では、日本郵政の株式売却収入というふうに、具体的に特定されているので、4兆円の売却収入を確保するまでは、日本郵政の企業価値を変えるような措置は講じ得ないということですね。
 
 ここに、日本郵政の株式上場をめぐる最大の疑義があるのです。
 つまり、金融2社の株式売却は、法律で明確に目標化されているにもかかわらず、それを前提にしてしまえば、政府にとって、日本郵政の株式処分は、少し難しくなる。その難しさについては、今後の検討で答えを出すとして、とりあえず、上場の準備だけは進めないと、復興財源の確保に影響が出てしまう。
 さても、このような微妙な状況だからこそ、曖昧な上場計画になるわけで、投資家にとっても、政府自身にとっても、色々な疑問が出てくるのでしょう。
 
 
以上

 
 次回更新は11月6日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2014/10/02掲載「金融モニタリング基本方針の画期的な意義
2014/09/18掲載「東京電力の国有化は正しかったか
2014/08/28掲載「異端を尊ぶJR九州
2014/8/20掲載「JR貨物の株式上場はあり得るのか
2014/08/07掲載「JR九州の経営計画と経営安定基金
2014/07/31掲載「JR九州の経営安定基金
2012/12/06掲載「中央自動車道トンネル事故の政府責任

≪ アーカイブから今週のお奨めは「企業統治」≫
2013/05/16掲載「企業は誰のものか
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。