学資ローンの条件を学業の成績で決めるフィンテック

学資ローンの条件を学業の成績で決めるフィンテック

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
今、学生の奨学金のあり方が問題となっているようですが、公的な制度としての奨学金を離れて、自由な民間の金融として、学資ローンを考えてみるとき、フィンテックに関連して論じられる金融の本質がみえてくるようです。つまり、債務者が積極的に自己に関する情報を提供することの利益誘因の問題です。
 
 奨学金のように、公的な制度の場合は、債務者の属性等に応じて、融資条件を決めることはなされませんが、民間の金融機関として、学資ローンを開発するとしたら、融資条件の決め方は、金融の本質にかかわるものとして、非常に重要な要素となります。
 そもそも、学生というのは、一般に、所得がなく、債務の弁済能力のない人ですから、その学生に対して融資すること自体、金融の常識に反する面があります。融資というのは、原則として、債務者に定期的な所得があって、それを基にして債務を弁済できることを条件にして、実行されるものだからです。
 しかし、学生は、学業を終えた後、職に就くことが予定されているので、今は所得がなくとも、将来においては、一般に、所得があるはずです。というよりも、将来の所得を得るために学業に励むもの、それが学生でしょう。奨学金にしても、民間の学資ローンにしても、その将来所得を弁済原資とした融資として、金融的に可能になっているのです。
 
企業に対する設備投資資金の融資も、設備が稼働して得られる将来売上げを弁済原資にしているという意味では、同じですから、特に、学資ローンが特異なわけでもないと思われますが。
 
 新規の設備投資のための資金の融資とはいっても、通常、債務者の企業には、既に稼働している設備があって、そこに売上げがあるのです。弁済原資として、もちろん、新設備からの将来売上げが見込まれているにしても、原則として、現在の売上げの範囲において、弁済のめどのあることが必要であって、故に、利息の支払いは当然として、場合によっては、元本の部分弁済も、融資実行時から開始されるのです。
 なお、こうした融資においては、銀行等の姿勢として、将来売上げの評価について、過剰に保守的になりやすいことは否定できないでしょう。つまり、厳格に、現存の売上げだけを評価して、審査をすれば、融資額は小さくなりがちで、企業の事業計画を実現できない場合もあり得るということです。
 こうなると、産業の成長のための融資という金融の社会的機能に悖ることにもなりかねず、故に、金融庁は、銀行等に対して、事業性の評価、即ち、企業の事業の現況ではなく、企業の事業活動の将来を見据えた融資政策を求めるに至ったのです。
 しかし、いかに金融庁でも、全くの新企業において、売上げが何もないなかで、新規に設備を建設するための資金についてまで、銀行等に対して、積極的な融資を求めることはできないでしょう。これは、完全に、融資という金融機能を超えていて、別の金融手法、代表的には、ベンチャーキャピタル等からの出資によらざるを得ないのです。
 出資とは、弁済の具体的条件が全く付されていない資金調達手法ですから、起業等において、便利な方法なのです。いわば、完全な出世払い債務です。
 念のためですが、出資も広義の債務なのです。債務だからこそ、調達側の企業の経営者は、出資者、即ち、株主に対して重い責任を負う、弁済条件がないだけに、企業の自己規律として、より重い責任を負う、これがコーポレートガバナンスということの真の意味です。
 
奨学金や学資ローンこそ、出世払い債務の代表ですね。
 
 奨学金や学資ローンでは、学生である期間中、順次、債務が追加されていき、利息の支払いも行われないので、学業終了時までに、元利合計額が累増していきます。そして、職に就いて、所得が発生した後に、事前に定めた予定に従い、元利均等で、弁済されるのです。
 住宅ローンでいえば、債務が累増していく過程は、リバースモーゲージと同じであり、弁済は、リバースモーゲージが資産売却によって一括でなされるのに対して、通常の住宅ローンと同じように、長期間にわたって、元利均等でなされるということです。
 特定企業の起業の場合には、事業の成功確率を統計的に制御できないので、純然たる出資にせざるを得ないのですが、奨学金や学資ローンの場合は、多数の債務者の集合に対してなされるので、なかには、債務を弁済できない学生がいるにしても、その比率を統計的に制御できるため、債務として処理が可能なのです。この点も、住宅ローンに共通であって、金融の本質にかかわる点です。
 こうして、奨学金や学資ローンの場合、出世払いとはいっても、事前に、弁済方法が約定されています。この点は、本当の出世払いである出資とは、根本的に異なるところです。つまり、融資と出資との中間なのです。一般に、このような属性をもった資金調達方法は、出資を建物の一階、融資を二階に喩えたうえで、中二階という意味で、メザニンと呼ばれ、あるいは、出資と融資の混成物という意味で、ハイブリットと呼ばれます。
 メザニンの本質は、純然たる出資の場合、債務者の自律性に弁済方法が完全に委ねられてしまう点を回避して、出世払いの性格を残しつつ、弁済方法を契約によって事前に拘束しておくことにあります。鍵は、弁済方法の取決め方にあるのであって、債務者と債権者の共通利益をいかにして守るか、そこに、金融の高度な技法があるのです。
 
その点について、奨学金の場合は、全く硬直的ですね。
 
 奨学金では、同一金利のもと、学業終了時までに累増した債務の元利合計額を、毎月の元利均等の標準弁済額で除して、債務弁済期間を定めるという機械的な方法がとられています。そこでは、債務者の属性に応じた設計はなされていないのです。
 しかし、出世払いの場合には、各債務者が出世できるかどうかは、決定的に重要な要素であって、金融の本質からいえば、出世すればするほど、債務者も債権者も、共に、より大きな利益を得るように、融資条件が設計されなくてはなりません。実際、起業におけるベンチャーキャピタルによる出資の場合は、成功すればするほど、起業家とベンチャーキャピタルの利益は、共に大きくなるのです。
 
では、自由に、民間の学資ローンを考えるとき、その設計は、どうあるべきでしょうか。
 
 まずは、なによりも、債務者と債権者の利益が相反しないことが重要です。つまり、債務者の利益は、同時に、債権者の利益になり、債務者の損失は、同時に、債権者の損失にならなくてはならない、債務者の行動について、自己の利益になる方向へなされるとき、同時に、それが債権者の利益にもならなくてはならない、ということです。
 別のいい方をすれば、債権者の利益になる方向へ行動することにつき、債務者の利益誘因(インセンティブ)を設計しておく必要があるのです。
 
表題にある通り、学資ローンの条件は学業の成績で決めるべきだということですね。
 
 ここは、金融の純理論的な話ですから、敢えて、率直ないい方をしますと、高学歴、高成績の学生ほど、卒業後の所得が大きくなる傾向を否定することはできないということです。もっと、あからさまにいえば、世間で一流とみなされている大学を、優秀な成績で卒業する学生は、債権者の立場からいえば、好条件で、優遇できる債務者だということです。
 これは、学資ローンの弁済原資が卒業後の所得である以上、所得の大きさは、債権の安全性を高め、安全性が高いほど、融資条件が債務者に有利になる、つまり、金額については、より大きく、金利については、より低くなるのは、当然だということです。
 学業に励み、よりよい成績を修めれば、就職も有利となり、学資ローンの条件もよくなる、このことは、金融の本質にかかわるばかりでなく、教育という産業の本質にもかかわることです。日本では、奨学金もそうであるように、利益誘因を制度設計に織り込むことが上手にできていないようです。そこに、問題がありそうです。
 米国では、ビジネススクールの学費の著しく高いことが知れていますが、背景として、難関校を高成績で卒業すれば、就職条件が極めてよくなることがあるでしょう。そのことを前提にして、学資ローンがなりたっているのです。
 実際、高額な学費は、高額な学資ローンで賄うしかなく、高額な学資ローンは、卒業後の高所得で弁済されるほかないのです。また、そうした環境下だからこそ、学生は、必死で、学業に励むことになるのです。
 
成績を学資ローンの条件に反映させるためには、債務者は、成績という個人情報を、債権者に提供しないといけませんね。
 
 多数の数の学生について、定期的に成績情報を更新し、それを融資条件に反映させていくことは、考え方としては、簡単でも、事務処理の技術的には、容易ではありません。そこに、フィンテックが登場しなければならない理由があります。つまり、物理的に、手作業ではできないことも、情報の入手から処理までIT技術で自動化してしまえば、可能になるということです。
 また、ひとたび、情報処理を自動化できる環境が整えば、入手情報の範囲を一気に拡大し、成績のみならず、クラブ活動、ボランティア活動などの学生の行動と、将来所得の関係について、統計的に有意なものを見出すことができるかもしれず、そうなれば、学資ローンの条件は、より精緻に決定できることになります。
 フィンテックというのは、多様なものを含みますが、その代表的な大きな一つの分野こそ、融資条件の決定について、IT技術を用いて、膨大な外部情報を取り込み、人口知能の活用も含めて、その処理の高度化を図ることです。
 
フィンテックの鍵は、IT技術もさることながら、債務者が情報を提供する利益誘因なのですね。
 
 日本では、フィンテックにおける情報の収集と処理について、個人情報の保護法制の問題とか、ITの技術的側面ばかりが議論されますが、本質的なことは、債務者が情報を提供する利益誘因なのです。個人情報保護の問題も、原理的には、提供する側の合意があれば、保護から利用への道が開かれるのですし、ひとたび、その道が開かれれば、後は、単に技術的なことにすぎないのです。
 では、なぜ、債務者は、積極的に、個人情報を提供するようになるのか、それは、そのほうが債務者に有利になる仕組みがあるからです。例えば、学資ローンの条件が学業の成績で決まるのならば、成績を開示するのです。ここに、フィンテックの本質があります。
 
以上

 
 次回更新は5月19日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2016/03/17掲載「産業界よ、カネを使い切れ、マイナス金利なのだから
2016/02/04掲載「銀行は、ヒトにではなく、モノとコトに貸したらどうだ
2016/01/21掲載「いっそ銀行に住宅仲介をやらせるか
2016/01/14掲載「決して潰しませんという銀行の確約
2016/01/07掲載「銀行は、カネではなくて、モノを貸したらどうだ
2015/12/10掲載「雨が降ったら傘を差し出す金融へ
2015/07/09掲載「原子力損害賠償制度と金融
2014/07/17掲載「オブジェクトへの金融
2014/06/26掲載「公共ファイナンスの視座
2012/11/08掲載「貸せない先に貸してこその銀行
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。