金融は、それ自体は負の価値なので、単独で存立し得るはずもなく、実業における正の価値創造に結合することで成立しています。しかし、実業のほうは、外部の金融機能に依存せずに、単独で成立します。実際、無借金かつ非公開の企業は、大企業には少ないかもしれませんが、中小企業には珍しくありません。
また、融資等の外部金融機能を利用している企業でも、金融には負の価値しかないのならば、即ち金融は費用にすぎないのならば、経営の工夫によって、その利用を最小化するように努力すべきです。一般に、費用の最小化は経営の基本なのですから。
金融機能を内部化しても相応の費用は発生するはずですから、外部金融機能を利用するほうが費用的に安いからこそ、金融は成立しているのではないでしょうか。
上場企業で無借金経営を自慢することは、現代のコーポレートガバナンスの考え方からすると、自己資本には費用がかからないとの謬見に立脚したものとして、厳しく批判されるべき時代錯誤の勘違いになるでしょう。なぜなら、上場企業である以上、適正な資本利潤を株主に還元する義務があり、資本利潤を企業の立場からみれば、資本コストになるからです。
さて、資本コストよりも、負債コストが低いというのが金融の常識です。これは、常識というよりも、正確にいえば、資本利潤率が負債コストよりも高くなければ、金融の秩序が保てないという理論的な要請というべきものです。そこで、負債を増やすほうが、企業全体の資金調達コストを低下させるはずですから、適切な外部金融機能利用は、現代のコーポレートガバナンスにおいては、必須の要件といわなくてはなりません。
ただし、上場という金融機能を利用しているからこそ、コーポレートガバナンスの要請が働くのであって、そもそも、非公開企業には関係のないことです。逆にいえば、ひとたび上場という金融機能を利用したからには、徹底的に効率化を志向した金融機能の利用を行わねばならないということです。
効率化をいうのならば、上場という資金調達手段は、必ずしも費用的に安くはないようですが。
資本コストよりも負債コストが低いにしても、負債コストは事前約定により確定しているのに対して、資本コストは経営者が最善の努力を尽くすべき義務として長期的に決まるものであって、短期的には変動してもかまいません。
つまり、資本による資金調達には、業績の振れ、即ち経営リスクを吸収できる利点があるわけで、そこに、資本の特性があるのです。上場というのは、資本の増強、即ち株式の発行による資金調達を、不特定多数の株主を対象にして、大規模に、かつ容易に行えるようにするための便法であるにすぎません。
そこで、経営リスクに対する耐性を条件にして、資金調達コストの最小化を求めると、資本と負債の比率について最適解が得られます。それが最適資本構成です。外部金融機能を効率的に利用するとは、最適資本構成を維持することであって、費用の表面的な最小化だけでなく、リスクとの関係における最適化を志向することを意味します。
上場することは、企業の成長を前提としたことでしょうから、その成長戦略との関係で資金調達構造の最適性が決まるのではないでしょうか。
企業たるもの、成長しなければならないものかどうか、これは経済というよりも哲学の問題です。しかし、ひとたび上場という道を選べば、それは成長のための資本調達を目的としたことでなければなりません。従って、外部金融機能の利用は、成長戦略、資金調達コスト、経営リスクの三つの要素に関して、最適化される必要があるのです。
逆に、金融機関の立場からいえば、上場企業に対しては、成長戦略、資金調達コスト、経営リスクの三つの要素に関して最適化された提案をしなければならないということです。しかし、現実には、銀行は融資の提案、証券会社は株式や社債の引き受けの提案というように、金融機関の自己都合による商品営業がなされています。
企業の側でも、極めて残念なことに、最適資本構成等の理論的理解に乏しいところが多く、金融機関の営業に対して受動的な対応になりやすいため、結果として、多くの上場企業において、外部金融機能の利用は、とても最適とはいい難い状況にあるのだと思われ、その結果、無駄な金融機能の利用が横行していると考えられるのです。
無駄は、当然のことながら、冗費の発生につながっているはずですから、これは、早急なる改革を要する極めて深刻な問題だといわざるを得ないわけです。また、同時に、無駄は非効率を意味するわけで、非効率な資本構成は、多くの場合、株主の真の利益に反すると予想されますから、上場企業としての株主に対する責任問題ともなるでしょう。
例えば、不要不急の資産を保有したままで外部資金調達を行うようなことが常態化しているわけですね。
何が不要不急の資産であるかは、経営者の主観的判断によって決められるほかないとしても、本業との関連が薄い子会社株式、政策保有の株式、使途の明確でない多額の現金、事業目的に関係の希薄な不動産等については、不要不急といわれても仕方のないことです。
経営者として、保有の正当性を主張したいのならば、説得力のある論拠を提示する義務を負うわけですが、その説明義務を果たし得ない場合も多いはずですから、原理的に、不要不急の資産の売却が促され、その分、外部金融機能の利用は削減され、経営は効率化されるはずです。
にもかかわらず、現状、事態の是正が進まないのは、日本の金融構造に問題があるからであって、そこに、金融庁が進める改革の主眼があるのです。即ち、上場企業に対しては、コーポレートガバナンスの改革を求め、金融機関に対しては、自己都合の商品営業からの脱却と、真の顧客の利益の視点にたった総合的な提案力の強化を求めるに至ったということです。
不要不急の資産はおろか、事業に欠くことのできない資産すら保有しないでも経営できるのですから、企業財務の改善余地は大きいですね。
片仮名でいえば、いわゆるアセットライト(資産を軽くするという意味)という経営戦略です。例えば、いまどきは、航空会社を経営するのに飛行機を保有する必要などなく、実際、LCCの多くは飛行機を所有しないでリースしているのですし、そのうち、リースも越えてレンタルすることになるかもしれないのです。
資産を保有すれば、資産の劣化や陳腐化のリスクは、企業が負担することになりますが、オペレーティングリースを利用すれば、そのリスクはリース会社に移転し、さらに、レンタルにすれば、資産の稼働率のリスクもレンタル会社に移転させることができます。もちろん、実質的な金融費用は増加しますが、費用とリスクとの間の最適化を志向して、空運業等の幅広い分野で、リース等の利用が拡大しているわけです。
逆に、金融の立場からみても、LCCがいい例ですが、世界に多数あるLCC全体としては成長していても、過酷な競争のなかで個社の破綻確率は決して低くはないのであって、リスク管理の観点からは、融資は難しい場合が多く、リースが好まれているという現実があります。
こうして、金融界と産業界の利害が一致するところに、金融の革新が生じるのであって、金融庁は、このことを金融機関と顧客との共通価値の創造と呼んでいます。
成長戦略とはいっても、量的成長機会が失われつつあり、構造転換や革新に成長機会を求めるほかなくなっている現代において、金融機能も大きく変わる必要があるのではないでしょうか。
例えば、シェアリング経済の進展は物品の社会的保有を合理化していくでしょうが、それは直ちに物品の量の削減につながり、生産量の減少は製造設備の減少につながることで、その保有に要する資金需要を減退させるでしょう。シェアリングのもとで、金融は縮小しますが、もともと負の価値しかない金融ですから、そのほうが社会的価値創出に貢献できるということです。
シェアリング経済の問題に限らず、一般的にいっても、金融機関は、負の価値しかないことの自覚のもとで、真の顧客の利益に適うことを目指すのならば、しばしば、自己を量的に縮小させることを意図することになるでしょう。この帰結は、少しも矛盾ではありません。なぜなら、量的縮小を質的成長につなげることができるからです。この量から質への転換こそ、まさに、現在の金融庁が進める金融改革の中核にある論点なのです。
例えば、LCC向けの融資がなくなっても、その分、リース会社向けの融資が伸びれば、それでいいのですね。
アセットライト戦略の代表は、不動産保有の最小化でしょう。例えば、現代の世界のホテル産業は、不動産をもたずに、運営だけを行う純サービス業に転換しているわけですから、金融の立場からいえば、有力な融資先にはならなくなっているのですが、ホテルの建物はリート等の不動産投資運用業者に保有されているわけで、そこが大きな融資先になっているのです。
同じことは、物流業における倉庫等の施設、電気事業における発送電施設、資源開発等の施設などについてもいえるのであって、これらの不動産等を外部化することで、企業の資金調達需要は縮小するわけですが、外部化された不動産等は、それ自体として投資対象に構成されて、そこに新たな金融の機会を創造するわけです。
こうして、金融の構造を変えることは、量的には、拡大よりも縮小に帰結する可能性が大きいですが、同時に、質的な高度化により収益性を高め得る可能性も大きいのです。この質的成長こそ、日本の金融機関に課せられた課題なのです。
決済機能の高度化も同じことですね。
テクノロジーの進化により、決済機能は劇的に高度化すると予想されますが、その必然的な帰結として、産業界全体の経常運転資金の需要は大幅に減退するでしょう。銀行の中核業務が大縮小するのです。しかし、それが産業界の利益ならば、金融として、その方向を阻止すべきではないのです。逆に、積極的に変革を推進して、産業界との共通利益を志向しなくてはなりません。いうまでもなく、これがフィンテックと総称される金融における新興領域の課題です。
2017/07/13掲載「銀行と顧客のなれ合いを断て」
2017/04/27掲載「住宅ローンを不要にする住み方改革のすすめ」
2016/08/18掲載「銀行がなくなる日に、銀行機能は甦る」
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。