ラーメンの繁栄は、競争が産業の発展をもたらすことを証明しているようです。激烈な競争を勝ち抜いて顧客の支持を獲得した店は栄え、そうでない店は淘汰されていく、この生存競争の原理を通じて、そしてまた、淘汰されても淘汰されても、それを直ちに埋めて新店が開業していくベンチャー精神の横溢により、ラーメンの味がよくなり、価格の妥当性が維持されることで、全体的な顧客基盤が拡大してラーメン産業が成長していく、まさに資本主義の優等生のようにもみえます。
しかしながら、ラーメン屋に投資するという話は、個人のクラウドファンディングの世界ではともかくも、少なくとも投資運用業の取り組みとしては、聞いたことがありません。いうまでもなく、開業に際して大きな設備を必要とせず、大量の在庫をもつこともなく、多数の人員を要しないために固定される運転資金も大きくならないので、資本の外部調達が不要、あるいは必要だとしてもクラウドファンディングに適した金額にしかならないからです。
また、銀行や信用金庫等が融資案件として取り上げるかというと、おそらくは、あまりにも破綻確率が高いが故に、極めて困難だと思われます。要は、金融機能なくしても、零細な自己資本で創業できるが故に活発な新規参入が促される、つまり、参入障壁が低いからこそ競争が激烈になる、それがラーメン産業の仕組みなのでしょう。
ならば、資本主義の優等生というよりも、資本主義以前の産業ではないでしょうか。
ラーメン産業は、投下資本が規模の経済をもたらし、資本が自己増殖していくような産業構造ではなく、資本とはいっても職人の人的資本が決め手になる産業なのです。しかし、活発な創業にみられるベンチャー精神は、資本主義の勃興をもたらしたものと同じでしょう。この精神に資本が付加され、人的資本を何倍にも増幅する装置が開発されたとき、資本主義が成立したのです。
従いまして、ラーメン職人の技術のロボット化が志向され、その開発と製造に大きな資本を投下することが必要になったとき、そして、競争の舞台が職人の腕前からロボット技術に移行したとき、ラーメン産業も資本主義の仲間入りをするのです。
ロボットが作るラーメンなんて、食べたくないですけれども。
人間の生活の全てが資本主義の経済原理に取り込まれることは決してないのです。ラーメン職人に限らず、鮨職人も、板前も、決してロボットにとって代わられたりはしません。食文化の職人だけでなく、全ての職人、即ちプロフェッショナル、弁護士等の全ての知的プロフェッショナルも含めて、全てのプロフェッショナルは、決してロボットに負けないのです。逆に、ロボットに負ける人はプロフェッショナルではないわけで、ロボットに負けない人だけが真のプロフェッショナルと呼ばれるべきです。
ロボットの裏に資本があり、プロフェッショナルの裏に人的資本があるにしても、厳しい競争が産業の発展を支えているという意味では、同じことですね。
規制緩和による競争原理の導入が産業の発展をもたらした例に、空運業、即ちエアライン産業があります。これは、航空機という非常に高価な装置を使うために、大きな資本投下を必要とする産業ですから、ラーメンとは全く構造が異なるのですが、投資の視点からいうと、金融の仕組みを根本的に変えることで、産業の自由化、即ち競争的環境の導入を可能にしたという意味で、ラーメン産業への投資にも示唆を与えるものです。
航空機リースのことでしょうか。
自由化によって大量に新規創業された新興エアライン会社は、低価格を武器に激しい競争をもたらしたが故に産業全体の発展には大いに貢献したのですが、その厳しい競争が各社の体力を消耗させて破綻確率を高めてしまうという結果を招来しました。この点がラーメンと全く同じであって、ラーメン産業への投資方法を考えるのに極めて有益な示唆を与えてくれるのです。
まず、エアラインの場合、航空機という非常に高価な装置なくしては経営できないわけで、その所有のためには大規模な資金調達を行わなければならないのですが、金融の論理からいえば、破綻確率の高い会社に投資することも、融資することも極めて困難であるといわざるを得ません。そこで、カネではなくてモノを貸すという航空機のオペレーティングリースが利用されるようになったのです。
オペレーティングリースにすれば、経営破綻しても、運航が継続している限りリース料は優先的に支払われますし、最悪の事態として運航が廃止されても航空機を回収して別の会社にリースすればいいだけのことです。こうして、現在では、世界の航空機の多くは大きな金融機関が所有するに至っているのです。
リースを利用すれば、開業資金が少なくて済むので、新規参入しやすくなり、新規参入しやすいから、参入業者が増えて競争が促されるという仕組みは、大きな資本を必要としていた産業構造を抜本的に改革し、必要資本を最小化することで、いわばラーメン産業型に転換することで、競争による産業の成長をもたらしたものといえるでしょう。
故に、エアライン各社には投資せず、航空機に投資するということですか。
エアライン各社は、厳しい競争により破綻する危険を負担し、また、その危険を負担するが故に、産業全体が成長していくのですから、金融の論理としては、各社に直接に投資や融資をすることを避けて、産業全体の成長に参画する方法を工夫するわけです。それが航空機そのものに投資するというオペレーティングリースなのです。
伝統的に、金融は企業金融、即ち企業に対する金融なのですが、航空機リースの場合、各社に貸しているのは資金ではなく航空機であって、資金は航空機という産業の基盤に向けられているわけです。故に、これは産業金融といわれるべきものです。なぜなら、航空機は一般的な資産として各エアラインで使用されているので、それに投資することは産業全体に投資することになるからです。
そこで、ラーメン産業に対する産業金融を考えるわけですか。
ラーメンにも、航空機に該当する装置があれば、それを金融の対象にすればいいわけです。例えば、一般性のある基礎的な厨房器具で、それを用いると生産性の大幅な向上が見込める分だけ高価なものがあって、その上に各職人の創意工夫を小さな設備の付加等で実現できるようなものがあれば、その基礎部分はリースの対象にし得るでしょう。しかし、今は、簡単に店舗という装置を考えてみましょう。
まさか、自前の店舗で開業する人もなく、どの店も借りているわけでしょう。
普通の賃貸借契約ではなくて、ここでは、唐突に片仮名を用いますけれども、リスクシェアリング型の賃貸借を考えてみたいのです。
リスクシェアリングというのは、金融と実業との間で、事業のリスクを負担する割合を調整することです。例えば、銀行が企業に融資すれば、銀行は企業の事業リスクを負担するにしても、その程度は小さなものであって、事業成績がどうであれ、銀行としては元利金さえ回収できればよいことです。しかし、投資として出資していれば、業績不振は直ちに投資価値の毀損になるので、より大きなリスクを負担します。つまり、融資と投資ではリスク負担の割合が異なる、即ちリスクシェアリングの構造が違うのです。
リースについても、ファイナンスリースなら、融資と同じようなものですが、オペレーティングリースにすれば、リース資産はリース会社が所有するので、資産の陳腐化等のリスクはリース会社が負担することになり、さらに、それをレンタル型のリースにすれば、資産が現実に稼働するかどうかのリスクもリース会社が負担することになります。
つまり、リース契約の場合、ファイナンスリースからオペレーティングリースへ、そしてレンタルへと変換していくと、それに応じて、事業リスクは、リース資産を利用している顧客企業からリース会社に順次に移転していく、即ち、リスクシェアリングの構造が変化していくのです。故に、いうまでもないことですが、順次にリース料も高くなります。
なるほど、不動産の賃料の取り決めを事業成績に連動させることで、賃貸借契約をリスクシェアリング型にしようということですか。
短期間で廃業するラーメン店が多いのは固定費負担が重いからで、そのなかの大きな費目である不動産賃料を変動費化できれば、長く経営努力を継続できて、その間に成功への糸口をつかむ店もあるでしょう。しかし、賃料は低廉にとどまります。逆に、成功した店にとっては不利な契約になりますから、転居してしまうはずです。故に、不動産事業として少しも面白いものになりません。
こうして、リスクシェアリング型賃貸というのは、簡単なものではなくて、様々な創意工夫を凝らさないと上手に設計できないのです。例えば、多数のラーメン店だけを入居させてラーメンビルを作る、または大きなビルの一フロアを全てラーメン店にして、集合させることで集客の魅力を生むと同時に、売り上げの平均化を図り、更に、一定の営業成績の基準で定期的にラーメン店を入れ替えていく仕組みを導入するなどです。
実際に、リスクシェアリングの多様化は進んでいるのですか。
伝統的なリスクシェアリングでは、一方に、金融側のリスクを最小化する融資や社債等の負債取引があって、他方に、金融側のリスクを最大化する株式という資本取引があるのですが、現在では、金融の高度化により、その中間に様々な濃淡でリスクシェアリングを設計する方法、即ちメザニンとよばれる優先劣後関係の設定がなされてきています。
しかし、メザニンは一つの企業と金融との間のリスクシェアリングの技法にすぎず、ラーメン店や新興エアラインにはうまく適用できません。そこで、まずは産業全体において各企業のリスクをシェアリングして産業全体のリスクに転換し、その産業リスクと金融との間でリスクシェアリングを図るのが上述してきたリースや不動産等の実物資産を使う取引です。
もう、株式は古いのでしょうか。
ラーメン店を株式会社にして上場することができるとしても、それがラーメン好きの人の望むことでしょうか。同様に、農業法人、医療法人、学校法人などの強い規制下にあるものを、規制緩和と称して株式会社化し、それを投資対象にすることが望ましいことでしょうか。規制緩和というのならば、農地、大規模な農業機械や施設、学校や病院の土地建物、高額な医療器具などを投資対象化し、そこに適切なリスクシェアリングの仕組みを設計するほうが効率的ではないでしょうか。
ラーメン屋には融資できない、どうしたら農業を株式会社にできるかなどという考え方は、融資や株式会社という既成概念を適用する立場のもので、ラーメンや農業の実情に即した創造的な発想とは無縁です。また、何でも株式会社にして、ガバナンスの難点を批判するのもおかしなことです。ガバナンスが問題なら、そのリスクを回避したリスクシェアリングの技法を考えればいいだけのことです。
金融は、もっともっと創造的でなければなりません。
2016/02/04掲載「銀行は、ヒトにではなく、モノとコトに貸したらどうだ」
2016/01/21掲載「いっそ銀行に住宅仲介をやらせるか」
2016/01/07掲載「銀行は、カネではなくて、モノを貸したらどうだ」
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。