仮想通貨で資金調達したら会計処理はどうなるのか

仮想通貨で資金調達したら会計処理はどうなるのか

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
仮想通貨の会計的な取扱いについては、順次、整備が進んでいるようですが、仮想通貨を発行することで資金調達をしたときの会計処理については、具体的な事案がほとんどないこともあり、未整備です。しかし、最終的には法定通貨を取得するものである以上、物的な何かの売却代金のようなものか、債務的な何か、あるいは資本的な何かでなければならない理屈です。さて、どう考えるべきか。

 2017年4月1日に「資金決済に関する法律」の改正法が施行され、そこで仮想通貨に法律上の定義が与えられたことを受け、企業会計基準委員会は、2018年3月14日に、実務対応報告第38号「資金決済法における仮想通貨の会計処理等に関する当面の取扱い」を公表しています。
 しかし、ここで規定されているのは、仮想通貨交換業者や仮想通貨利用者が資産として保有する仮想通貨の会計処理であって、仮想通貨の発行によって資金調達を行う場合の会計処理については言及されていません。しかも、この限定された範囲においてすら、必要最小限の事項について、当面の取扱いを明らかにすることを目的にしたものにすぎないのです。
 これは当然のことで、会計基準も広義の規制的なものと考えれば、規制のサンドボックスという状況は避け難いのです。つまり、事実としての仮想通貨の利用が先行しなければ、事実に基づいた規制も、利用実態に即した適切な会計処理方法の策定も不可能なのですから、経験的事実の蓄積が進むまでは、事態の推移を見守り、暫定的な処理を許容するほかないわけです。そうでなければ、革新など生じ得ません。

仮想通貨による資金調達は、もう始まっているのでしょうか。

 仮想通貨という単語は、そこに内包され得る諸概念の総称として用いることもできるのですが、日本においては、法律による定義ができているので、狭く法律上の定義に該当するものとして使用したほうがいい場合もあります。特に、社会的に問題となっているのは、法律上の仮想通貨なのか判然としないものを用いた資金調達ですから、まずは、法律の枠のなかから議論を始めましょう。

いわゆるイニシャル・コイン・オファリングICO、Initial Coin Offering)のうち、法律上の仮想通貨に該当するものですね。

 ICOなるものが日本で実際に行われているのか、行われているとして、どの程度の規模なのか、よくわかりませんが、事実として、金融庁は、2017年10月27日に、「ICO(Initial Coin Offering)について~利用者及び事業者に対する注意喚起~」を公表していますから、規制当局の関心を引く程度には、事案が存在するのです。
 その金融庁の関心の所在は、第一に、「詐欺の可能性」について利用者の注意を喚起し、第二に、事案の性格によっては、「資金決済に関する法律」もしくは「金融商品取引法」の適用があることに事業者の注意を喚起することにあるわけですが、この注意喚起を受けて、2017年12月8日に、日本仮想通貨事業者協会は、「イニシャル・コイン・オファリングへの対応について」という対応指針を公表しています。
 金融庁にしても、日本仮想通貨事業者協会にしても、共通認識として、ICO全般を直接に規制する法令等は存在していないこと、故に、現行法令等との関係でいえば、ICOの類型として、「資金決済に関する法律」の適用があるもの、「金融商品取引法」の適用があるもの、そのどちらの適用もないものの三つがあることを前提にしています。

法律的な分類よりも、「詐欺の可能性」との関連では、経済的価値の側面からする分類のほうが重要ではないでしょうか。

 ICOが詐欺もしくは詐欺的な行為でない限り、発行されるコイン、もしくはトークン(token)と呼ばれるものは、何らかの財産的価値の標章でなければならず、ならば、会計的には、有形もしくは無形の物的あるいは権利的な何か、負債的な何か、資本的な何か、この三つのどれかでなければならないでしょう。
 このうち、負債的な何か、資本的な何か、この二つには「金融商品取引法」の適用がある可能性が高く、また、「資金決済に関する法律」でいう前払式支払手段に該当するものは、負債的な何かであると考えられます。
 問題は、負債的な何かでも、資本的な何かでもないものです。これには、もちろんのこと、「資金決済に関する法律」でいう仮想通貨が該当するわけですが、理論的には、法律上の仮想通貨に該当しない全く何だかわからないものも含まれ得るので、それらを便宜的に「仮想通貨のようなもの」と呼んでおきましょう。

法律上の仮想通貨、もしくは「仮想通貨のようなもの」の発行に該当するICOの事例はあるのでしょうか。

 マザーズ上場のメタップスという会社があって、その韓国にある連結子会社が2017年9月26日から10月10日を販売期間とするICOを実施したとのことです。発行されたトークンの名称はPluscoin(PLC)といいます。
 ここで生じた問題は、連結子会社のICOについて、上場企業である親会社のメタップスの会計処理はどうなるのかということでした。結論からいうと、現時点では会計基準がないため、暫定的に、「本ICOにおいて受領した対価は収益として認識」するとしたうえで、その「認識方法やタイミング」については不確定であるため、「受領した対価の全額を負債(繰延収益)」として計上する処理になっているのです。
 また、「自社保有分のPLCについては、帳簿価格0円として無形資産または棚卸資産として計上いたします」とのことです。

そうしますと、細部の処理は未定とはいいながら、基本的には、原価ゼロの無形資産を創造し、それを有償で売却することにより、収益をあげたということになるのでしょうか。

 そういうことなのでしょうが、細部の処理が未定なので、売却が完了していないかのような経過措置をとっているだけなのだと思われます。
 さて、理屈上、こういう処理になることは理解できますが、常識的な感覚からいえば、安い紙の上に一言の呪文を書くことで原価ゼロの御札を作り、それを霊験あらたかなものとして高値で売却して資金調達したのと同等な処理になるわけですから、このPLCなるものについては、芸能人のサインとの違いは何か、どこに財産的価値があるのか等々、たちどころに疑問が生じるわけです。

ところで、PLCは日本の法律上の仮想通貨になるのでしょうか。

 メタップスは、「仮想通貨PLC」とか、「仮想通貨(PLCを含む)」などという表現を用いていて、ここでいう「仮想通貨」が法律上の用語なのか、一般用語として「仮想通貨のようなもの」を意味するのかは明確でないとはいえ、おそらくは、法律上の仮想通貨だという認識をもっているのではないかと思われます。
 実際、仮想通貨取引所において売買できるようになっていることから、金融庁事務ガイドラインに示された基準、および日本仮想通貨事業者協会の対応指針に照らしても、仮想通貨に該当するのではないかと想定されているのでしょう。

明確に日本の法律に準拠した形態で、ICOを実施したとする事例があるようですね。

 QUOINEという会社があって、屋号はコインと発音するようですけれども、そこが2017年11月にICOを実施したとのことですが、同社によれば、発行されたQASH、どうもキャッシュと発音するらしいですが、そのQASHは仮想通貨取引所で自由に取引でき、日本円からも直接に購入できることから、明確に法律上の第一号仮想通貨に該当するものなのであって、故に、「世界で初めて法令を遵守した形」で、ICOを行ったことになるのだそうです。
 「世界で初めて法令を遵守」などといわれると、他のICOは全て「法令を遵守」していないことになるようですが、おそらくは、その意味するところは、世界的にICOを対象とした法規制が整備されていないので、法令遵守でも法令違反でもない中間の状態でICOがなされているということなのでしょう。故に、そういう状況のなかで、敢えて法令遵守を謳うことで、差別性を強調したということかと理解されます。
 
会計処理はどうなっているのでしょうか。

 QUOINEは非公開企業ですから、会計処理は不明ですが、この時点で、メタップスの事例が存在するわけですから、おそらくは、同様の処理になっているのでしょう。実際、同社によれば、明確に「金融商品取引法」の適用がない事例だとし、更に明確に法律上の第一号仮想通貨の発行だとしているのですから、他の処理は考えにくいようです。

そうしますと、呪文の御札との違いとして、財産的価値が問題になりますね。

 実は、法律上の仮想通貨の定義は、それが何であれ、財産的価値とされているわけです。では何が財産的価値なのかというと、それは非常に難しい問いにならざるを得ません。
 例えば、霊験あらたかな呪文の御札は、熱心な信者にとって、その取得に万金を支払うだけの価値があるのでしょうが、不特定多数の人に譲渡しようとするとき、無価値な紙片となるのならば、財産的価値があるとはいえません。そこで、逆に発想して、法律上、不特定多数の取引参加者の存在を前提にして売買され得ることを仮想通貨の要件にしているのですから、その要件に財産的価値という定義は内包されるというのが一般的な理解なのだと考えられます。
 しかし、不特定多数の者の間で取引され、故に、そこに市場価格があって、その価格で評価される財産的価値があるからといって、投資対象としての本源的財産価値を認め得るかどうかは、全くの別問題です。ただし、法律上の問題からいえば、仮想通貨として取引されていれば、そこに財産的価値を認めざるを得ず、財産的価値のあるものを売却して資金を調達すれば、それは無形資産の売却と同じ会計処理にならざるを得ないということでしょう、仮に、その無形資産の原価がゼロだとしても。

仮想通貨に本源的価値があるとしたら、どのようなものでしょうか。

 仮想通貨も通貨なら、金融の常識を原理的には適用していいのだと思われますから、厳密にいって、仮想通貨自体の本源的価値を論じる余地はなく、仮想通貨を用いた実際の事業活動が行われ、そこに内在的に付加価値が創出されることを通じて、付加価値創造の道具として機能することにより、仮想通貨に本源的価値が生じるのだと思われます。
 つまり、二つのことを厳格に区別しなければならないのです。一つは、仮想通貨を創造し、それを発行することで資金調達をするということであり、もう一つは、仮想通貨による資金調達、例えば仮想通貨建ての社債等の発行を行い、手取資金を事業活動に投じて付加価値を生み、その成果を還元することであって、この二つは全く異なることだということです。
 いうまでもなく、仮想通貨によるICOというのは、前者に該当し、故に、創造されたものの売却収益という会計処理がとられるのに対して、「金融商品取引法」の適用があるものの発行と、「資金決済に関する法律」に規定される前払式支払手段になるものの発行は、後者に該当するICOであって、負債もしくは資本に準じた会計処理がなされるのだろうと考えられます。

「仮想通貨のようなもの」の発行に該当するICOは、どのような会計処理がなされるのでしょうか。

 「仮想通貨のようなもの」は、範囲を特定したものに対して発行され、会計的には、仮想通貨と同じ処理がなされ、法律上は、何だかわからないものになるのだと想像されます。故に、自由度が高くて便利である反面、詐欺的なものも混在し得るということなのでしょうが、まともなものである限りは、その発行による調達資金を利用して、何らかの付加価値を創造し、何らかの「金融商品取引法」の適用を排除した形態で利益還元を行うものとして、何らかの財産的価値を有するものなのだと考えられます。
 なお、「仮想通貨のようなもの」は、ICOにおいて利用されるよりも、無償の発行によって、仮想通貨や、その他の資金調達手段等に付随させ、様々な価値を生むものとして利用されるのかもしれません。

以上


次回更新は、8月9日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2015/03/12掲載「なぜ宝くじの広告は許されるのか
2015/01/08掲載「稀少すぎて値もつかない本
2013/04/25掲載「「赤いダイヤ」の小豆先物が投資対象になり得るわけ
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。