投資はチャンステイクだ

投資はチャンステイクだ

森本紀行
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リスクが不確実性だという意味は、損失を被る可能性である以前に、利益を得る機会だということです。確かに投資はリスクテイク、即ちリスクをとることですが、リスクテイクするのは利益を得る機会に賭けるためですから、リスクテイクではなく、チャンステイクと呼ばれるべきです。こう呼び換えれば、リスクテイクにおけるリスクと、リスク管理におけるリスクとの混同をなくすことができ、投資の本質を明らかにすることができます。

 投資においては、利益を得るか損失を被るか、結果は事前にわからない、即ち不確実です。リスクというのは、その不確実性のこと、もしくは、その不確実性の大きさを図る尺度のことですが、日常用語としては、損失を被る可能性のことを意味していますから、利益を得る可能性を表現するのなら、似た意味で語感の違う片仮名を用いて、リスクよりもチャンスというほうがふさわしいでしょう。
 また、投資とは、不確実性に賭けることであり、不確実性をリスクと呼ぶのですから、リスクをとること、即ちリスクテイクではありますが、当然至極のこととして、主観的な期待としては、利益を得るほうに賭けることですから、リスクテイクよりもチャンステイクのほうが適切な表現です。
 つまり、投資とは、利益を得る機会に賭けること、片仮名でいえばチャンステイクのことであり、そこには、損失を被る危険を冒すこと、片仮名でいえばリスクテイクが必然的に付随するのであって、この事態の主従を逆転させて、危険を冒すことに利益が付随するという意味で、投資はリスクテイクであると称することは、極めて不自然であり、投資の動機に反する表現です。

専門家の間では、リスク管理という用語が頻繁に、おそらくは過剰なまでに頻繁に使用されますが、これをチャンス管理といったらおかしくはないですか。

 リスクテイクのリスクとチャンステイクのチャンスは、全く同じコインについて、裏をいうのか表をいうのかの差しかありませんが、リスクテイクにおけるリスクとリスク管理におけるとリスクは、同じリスクという用語が使われていても、概念は全く異なるものです。つまり、リスク管理というとき、その対象となるリスクには管理可能性がなければならないのに対して、リスクテイクというときのリスク、即ちチャンスには管理可能性がない、故にチャンス管理とはいい得ないのです。これは本質的な相違です。

リスクテイクのリスク、あるいはチャンスに管理可能性がないとは、どういう意味でしょうか。

 チャンスとしてのリスクは意図的にとられるものであって、意図的にとられること自体において、既に管理されたリスクである以上、その先に更なる管理があるはずもありません。リスク管理が対象としているリスクは、リスクテイク自体のリスクではなく、それに付随してくる意図せざるリスクのことでなければならないのです。
 つまり、チャンスとしてのリスクは、意図的にとられるものであり、意図の実現が利益に帰結すると期待される肯定的なもの、即ち利益機会としてのチャンスである一方、その意図に付随してくるリスクは、意図せざるものとして、意図の実現を阻害し攪乱する否定的要因として、管理もしくは制御、片仮名でいえばマネッジもしくはコントロールの対象になるということです。

しかし、例えば社債に投資するときは、金利リスクと発行体の信用リスクを同時にとるわけで、どちらが意図的で、どちらが意図せざるものかは、決め得ないのではないでしょうか。

 その通りですが、それは素人の投資家の話であって、専門家による投資、即ち業務として行われる投資や投資運用業においては、何を意図し、何を意図しないか、その自覚的決定は本質的に重要なことです。
 例えば、社債の専門家として発行体の信用リスク分析に投資のチャンスを見出し、そこから投資の付加価値を創出しようとするのならば、金利リスクは管理もしくは制御されるべきものとなり、付加価値の源泉とはみなされなくなります。管理対象のリスクが付加価値源泉ではないということは、リスク計量指標に関して、最小化、既定値への制御、市場平均との一致など、様々な異なる管理手法があるにしても、厳格な規則の適用がなされるということです。
 つまり、チャンステイクは付加価値の創造であって、創造には自由と状況に応じた創意工夫がなくてはならないのですから、そこに事前に決められた規則の適用があるはずもなく、逆に、リスク管理は付加価値を創造するものではなく、チャンステイクを攪乱することなく純粋に実現させることが使命なのですから、事前に決められた規則が厳格に適用されるものなのです。

意図は自由ですから、社債投資の例についていえば、金利リスクを意図的なチャンステイクの対象にしてもいいわけですか。

 金利リスクを付加価値創造の機会とみなすことは、そこに専門的知見があると自負するものにとって自由な賭けであって、その場合は、信用リスクは管理計測指標に厳格に準拠して制御されるべきものとなるだけのことです。要は、決定的に重要なこととして、何が投資の意図としてのチャンスであり、何がチャンスの実現にとって邪魔なリスクかについて、明確な自覚をもってさえいればいいのです。

投資において、複数の意図をもつことは可能でしょうか。

 一般に、投資運用業においては、付加価値源泉を一つのチャンスに特定して、厳格なリスク管理を行うのが主流です。それは、個人投資家にしても年金基金等の機関投資家にしても、顧客である投資家がチャンスを選択するという前提になっているからです。逆にいえば、投資家においては、当然のごとく複数のチャンスに賭けているのであって、このことを分散投資というのです。分散投資は、リスク分散とも呼ばれますが、チャンス分散というほうがいいでしょう。
 社債投資の例に戻れば、信用リスクをチャンスとする投資の思想と、金利リスクをチャンスとする投資の思想を合併させると、チャンス分散された社債投資を構成することができるわけですが、そのようにして専門性がある限りにおいてチャンスを拡大させていくことで総合的な投資を志向することは、投資運用業においても珍しくありません。

分散投資は資産配分と同じことですか。

 資産とはチャンスを内包したものですから、チャンス分散は資産配分になるのです。しかし、社債の例をみればわかるように、社債は債券という資産分類に属するとしたところで、投資の科学には何の役にもたちません。むしろ、株式にしろ、債券にしろ、そのなかにチャンスを発見し、それを明確に定義することが重要です。
 例えば、代表的な株式運用の方法論に割安株投資というのがあるわけですが、それは、一定の評価指標を適用することで、平均値から乖離した属性を割安と定義して、割安さにチャンスを発見するものですから、その先の厳格なリスク管理において、他の指標については市場平均に極力一致させる手法なのです。
 また、成長株投資というのもあります。経済の成長は必ず産業構造の変化をもたらし、産業構造の変化は必ず企業の成長と没落を伴います。むしろ正確には、革新的企業の成長によって産業構造の変化が起き、その結果、少なからざる企業が淘汰と再編に飲み込まれていき、経済総体としての成長が実現するというべきでしょう。ならば、そこには革新を担う企業群という大きなチャンスがあるのであって、そのチャンスに賭けるのが成長株投資です。

資産のなかにチャンスを発見するよりも、発見したチャンスについて、チャンステイクする方法を考えるほうが自然ではないでしょうか。

 誰しもエマージング経済圏の成長のなかにチャンスを求めるでしょうから、その意図がエマージング諸国の株式市場への関心を呼び起こすのであって、エマージング株式が先にあって、そこにチャンスを探すわけではないでしょう。
 ならば、エマージング株式以外にも、例えば、不動産であるとか、先進経済圏の株式市場に上場されている企業群でエマージング経済圏の成長の恩恵を直接に受けるものとか、そういう広く自由な視野でチャンステイクを構成していくはずであって、それが投資の創造性なのです。なお、先進経済圏の株式にエマージング経済圏の成長機会を求めるのは、いうまでもなく、エマージング諸国に固有のリスクを制御するためです。
 同じように、米国株式市場のなかにテクノロジー革新のチャンスを探すのではなく、テクノロジー革新におけるチャンステイクのために、米国株式市場、その他の国の株式市場、プライベートエクイティ、果ては一定の条件を満たす限りにおいての仮想通貨など、広範な領域を視野に入れた工夫をするのです。
 このチャンステイクに発した投資対象の構成こそ、投資の本質なのですが、同時に、個々の投資領域においては、チャンステイクの効率的な実現のために、様々なリスク管理の技法が用いられていて、その総合が投資を科学にするのです。

では、インデクス運用というのは、もはや投資ではないのですね。

 投資であるかどうかはともかく、資産管理の重要な道具であることは間違いないでしょう。巨額に形成されてある国民資産は何らかの形態で存在しているわけですが、そのすべてが積極的な価値創造に投資されるわけでもなく、また、それが物理的に可能なわけでもなく、多くの部分は単に効率的に管理されるだけにならざるを得ないのですから、インデクス運用でいいのです。この場合、インデクス運用というのは、チャンステイクというよりも、リスク管理の手法なのだと思われます。
 また、投資の一つの考え方として、世界経済全体の成長に平均的に参画することで長期的に合理的な投資収益を実現できるとするときは、極めて広い領域に分散投資することになりますから、様々な市場を代表するインデクス運用を組み合わせることが有効な手法だと考えられます。このとき、当然のこととして、投資家の好みや戦略により配分に傾斜がつくでしょうから、その傾斜こそ投資としてのチャンステイクといえるのでしょう。

ヘッジファンドこそ、投資の理想といえるでしょうか。

 ヘッジファンドというのは、意図的に行うチャンステイクを純粋に実現させるために、リスク管理の手法としてチャンステイクに付随するリスクを全てゼロに向けて最小化する技法であって、リスクをゼロにすることをヘッジするというので、ヘッジファンドと呼ばれるのです。
 例えば、社債の信用リスクだけを純粋にチャンステイクの対象にするのならば、金利リスクは完全にゼロになるようにヘッジするということですし、株式の割安さだけをチャンステイクの対象にするのならば、株価変動のリスクがゼロになるようにヘッジするということです。
 ヘッジファンドにおいては、チャンステイクの特定における高度な専門性が求められるだけでなく、付随リスクの完全なヘッジという極めて難易度の高いリスク管理技術も求められますから、確かに、投資の理想といえるわけです。しかし、実際には、理想の域に達したヘッジファンドは極めて稀であって、多くは、チャンステイクの特定が甘かったり、リスク管理が稚拙だったりするのです。

投資においては、チャンステイクとリスク管理、どちらが重要なのでしょうか。

 付加価値はチャンステイクから生まれるのですから、チャンステイクが決定的に重要だといいたいわけですが、実際には、リスク管理の失敗が付加価値を一掃することや、リスク管理の越権によってチャンステイクが曖昧化することが多いのですから、適正なリスク管理も重要であって、要は、二つがそろわない限り上手な投資にはならないということです。

≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2018/04/12掲載「リスクのテイクと管理を混同するなかれ
2017/12/07掲載「投資判断を合議で決することは不可能である
2015/06/18掲載「資産運用の能力とは何か
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。