法律の強制によって銀行を解体するしかない

法律の強制によって銀行を解体するしかない

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
銀行は金融の中核としての地位を失い、経営機能は銀行の親会社の持株会社に移転し、非金融の領域も含めた持株会社の業務範囲の拡大とともに、現在の銀行業務の多くは、持株会社傘下の専門機能を担う子会社群に流出しますが、この変革を法律の強制によって加速させるべきではないか。
 
 銀行の本質は預金取扱業務を通じた信用創造にあります。銀行は、国民貯蓄を預金として集積し、それを信用創造で増幅して、産業界に融資を通じて資金供給するものですが、信用創造というのは、銀行が融資をすれば、同金額だけ債務者の預金を増加させるので、その預金の増加分も融資の原資になる仕組みであって、国民貯蓄の形成が十分ではない経済成長の初期段階において、極めて重要な役割を演じるものです。
 また、この本質的機能から自然に派生するものとして、預金には、貯蓄手段としての機能、および決済手段としての機能があります。要は、銀行とは、本質的には、融資、貯蓄、決済という三つの機能を預金のうえに統合したものであり、歴史的には、経済成長の初期段階において、信用創造を通じて効率的に産業界へ資金供給を行うものであったのです。
 
今や、銀行は歴史的使命を終えつつありますね。
 
 経済が成長するにつれて、国民貯蓄の形成が進んで資金供給能力が増大すると同時に、成長率の低下に伴って資金需要は減退し、成熟経済においては資金過剰になりますが、特に日本の場合、成熟度が著しく高く、資金過剰の程度も著しく大きくなっているわけです。故に、資金不足を前提とした信用創造は不要であり、むしろ資金過剰を一段と悪化させるものとして有害になっていて、それだけでも銀行の存在意義はなくなっています。
 また、資金過剰は、当然のこととして、預金金利の低さに現れるわけですが、日本の場合は、事情が極端で、非常に長い期間にわたって限りなくゼロに近い預金金利が定着しているのですから、預金は貯蓄手段としての意味を完全に喪失しています。更に、技術の高度化により、決済手段としての機能すら預金から分離される方向に急速に展開していますから、もはや、預金に残されるものは、通貨の存在形態としての機能しかないのです。
 
銀行が多くの機能を失っても、金融機能の必要性は不変なので、形を変えて銀行の外へ移転するだけですね。
 
 資金供給の方法は、資金調達をする産業界の立場からいえば、銀行から融資を受けるのではなく、資本市場を通じて社債や株式等を発行する方法に転換します。故に、持株会社の中核子会社は、銀行ではなく、社債等を引き受けて、それを投資家に販売する証券会社になるのです。
 このことを預金者の立場からいえば、個人貯蓄の存在形態は、圧倒的に預金に偏在した現状から、社債や株式、あるいは社債や株式を投資対象とした投資信託に転換するということですから、持株会社の極めて重要な子会社として、投資信託を運用する投資運用業者、および資産管理を行う信託会社が浮上してくるのです。
 
銀行から機能が移転するだけではなく、持株会社のもとで、新たな業務も可能になるのでしょうか。
 
 資金供給の方法を融資から資本市場を通じたものに変えても、それは技術的な変更にすぎず、資金供給という金融の本質は不変です。しかし、決済機能が預金から分離されて独立したとき、その独立した決済手段の提供は、必ずしも金融の枠内にはないのですが、利用者の利便性を考慮するときは、持株会社の業務範囲には含まれるべきです。
 また、融資についても、信用創造を伴う銀行からの融資は縮小に向かうにしても、融資業務を行う事業会社、いわゆるノンバンクからの融資は逆に伸びていくでしょう。なぜなら、預金を原資とした銀行融資には高度な制約が伴うのに対して、ノンバンクの融資では、債務者の実情に合わせた自由な取り組みが可能だからです。
 現状では、銀行がノンバンク業務を行おうとすると、銀行直下の子会社として行うことになるので、事実上、銀行本体からの融資と同様の制約を受けるのに対して、持株会社の直下にノンバンクが移動すれば、純然たる事業会社となって、制約から解放されるのです。ノンバンクは、機能的には金融ですが、業態的には非金融だからです。
 
ノンバンクは、非金融と結合することで、新たな付加価値を生み得るのではないでしょうか。
 
 銀行傘下のリース会社では、高度な制約のもとで、本来のリース会社としての十分な機能を果たせなかったのですが、持株会社直下になれば、レンタルまで含めて、よりよく顧客の利便性に適う事業の展開が可能になりますし、住宅ローン事業も、ノンバンクの事業にして、非金融の住宅仲介事業と統合すれば、顧客の利便性が増すはずです。
 
銀行を脱却する利益が大きいのに、なぜ銀行改革は進展しないのでしょうか。
 
 銀行改革が遅々として進展しないのには様々な原因を考え得るわけですが、主因としては、ゼロ金利のもとで、預金者の立場からは、元本保証のない社債等に対して、元本保証のついた預金の相対的魅力度が高くなっているために、預金からの資金移動が生じず、また、産業界の立場からは、銀行との親密な関係性のなかで、簡単に銀行から融資を受けられるのに、発行費用をかけてまで資本市場で資金調達することに実益のないことがあります。
 
しかし、金融の舞台を資本市場に移し、市場規律のもとで産業界の改革を促すことは、金融行政の最重要課題ではないでしょうか。
 
 銀行は、融資先も運用先もない過剰預金、いわば売れるめどが全くない巨額な過剰在庫を抱えることで、経営が強く圧迫されていて、近い将来、老衰で死亡するように静かに破綻せざるを得ない状況にありますから、金融行政の喫緊の重点課題として、この構造的な危機を打開しなければならないのですが、この課題解決は、同時に、金融の舞台を資本市場に移転させることを意味し、金融行政の重要課題である市場規律を通じた産業界の構造改革にもつながるのです。
 故に、金融行政としては、銀行経営に対して、持株会社を通じた業務範囲の拡大という非常に魅力的な利益誘因を与えているのです。こうして、片や、銀行業の構造的破綻という危機が迫り、片や、銀行業を脱却する方向に大きな利益誘因があれば、普通に考えれば、銀行改革は急速に進展するはずですが、奇怪なことに、実際には、そうなっていません。
 
法律による強制が必要でしょうか。
 
 持株会社と通じた業務範囲の拡大ということは、銀行に含まれていた諸機能を分解して、持株会社のもとで機能別に再編成することを内包していますが、実は、金融制度法制のあり方について、現行の業態別の編成から、新たな機能別の編成へと変更されるべきことは、既に、金融行政方針のなかで明言されているのです。
 問題は改革の方法論です。現在の金融庁は、金融機関の自律性を尊重する行政手法を採用しているので、銀行改革を進めるなかで新しい制度を導入しても、それを採用するかどうかは銀行の判断に委ねられているために、事実として、改革は遅々として進んでいないのです。故に、もはや、法律による強制が必要な時期に達しているとも考えられるのです。
 
銀行自身に銀行改革はできないということでしょうか。
 
 銀行の持株会社の経営陣は、子会社の銀行の経営陣から選出されているのが現状で、しかも、銀行以外の子会社の経営陣すら、多くは銀行出身者であって、こういう現状のもとで大胆な銀行改革が実現できるとしたら、奇跡と呼ばれるべきです。それでも、三つのメガ銀行では、持株会社経営と子会社経営との分離が徐々に進んでいますが、地方銀行に至っては、持株会社化すら途上で、持株会社化しても形式にすぎない状況だと思われます。
 
法律によって何を強制すべきでしょうか。
 
 金融機関の自律性を尊重する行政手法は変えられるべきではないので、法律による強制は最小最低限の範囲に限られるべきであって、おそらくは、持株会社化の強制、持株会社と子会社の経営分離、機関銀行の禁止、利益相反管理の厳格化、銀行の兼業の廃止の五点に尽きるでしょう。
 このうち、機関銀行の禁止というのは、銀行が兄弟会社であるノンバンク等に大口融資を行うことを原則として禁じることであり、持株会社の業務範囲の拡大と表裏をなします。そして、機関銀行が禁止されれば、ノンバンク等は資本市場を通じた資金調達をするほかなく、市場の育成に大いに資するのです。
 利益相反管理の厳格化の主旨は自明ですが、最も重要なのは投資運用業者の経営の完全な独立です。完全な独立というのは、文字通りに完全でなければならず、持株会社および他の兄弟会社からの全ての影響力の絶対的な排除でなければなりません。
 銀行の兼業の廃止というのは、代表的には、銀行による投資信託や保険の販売業務を兄弟の証券会社に移管することです。
 
利便性を考えると、対顧客の窓口は、機能別に分けるよりも、銀行に集約したほういいのではないでしょうか。
 
 銀行に顧客窓口を集中させれば、そこに特権性を生じ、その特権性こそが銀行改革を妨げているのですから、窓口会社は銀行ではあり得ず、敢えて候補をあげれば証券会社になるでしょう。しかし、より望ましくは、窓口業務を分離させて別会社にすべきです。実は、新たに作られた「金融サービスの提供に関する法律」は、そうした事態を想定したものだと考えられるのです。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2020/06/18掲載「投資信託は銀行が売るものではない
2020/03/05掲載「金融庁は瀕死の銀行の水虫を治療してどうするのか
2020/02/27掲載「いまさら地方銀行の経営理念を聞いてどうする
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。