金融庁は、1月28日に、新生インベストメントに対して業務改善命令を発出したと発表し、行政処分の理由となる事実関係を公表しました。そこでは、投資一任契約および公募投資信託にかかわる業務について、善良な管理者の注意義務に違反する行為が広範囲に認定され、また、公募投資信託にかかわる業務について、忠実義務に違反する行為が認定されるというように、当社の著しく杜撰な業務の実態が指摘されています。
当社は新生銀行の子会社ですが、少なくとも大手の金融グループにおいては、法令遵守の徹底がなされているなかで、このような行政処分は久しくなかったことです。しかし、逆にいえば、金融界に法令遵守の徹底が確立する前においては、大手の金融グループにおいてすら、行政処分は必ずしも珍しくなかったのです。
事実として、当社は、2012年12月14日にも、業務改善命令を受けていますね。
金融庁は、2013年以降、金融機関の経営原則に基づく自主自律を重視する方向へと、行政手法の抜本的変革を本格化させるので、転換点となる2012年においては、まだ、強力な検査と監督によって金融機関を強制し、法令等の諸規則の遵守を徹底させることに力点を置いていました。その結果として、当時は、行政処分が頻繁に発出されていたわけです。
つまり、古い金融庁の強硬な行政手法のもとで、金融界において、法令遵守が基本的行動様式として確立したからこそ、新しい金融庁は行政手法を転換できたのであって、それから9年もの時間を経て、経営原則に基づく自主自律以前の問題として、今回の行政処分がなされざるを得なかったことは、金融庁にとっても、金融界にとっても、衝撃ではあるのです。
今回の事案は、法令遵守を重視する方向へ、金融庁の路線を再転換させるでしょうか。
法令遵守は最低限のことにすぎず、それのみによっては、顧客の利益になる方向へ金融機能は高度化していきません。そこで、金融庁は、各金融機能が最低限を守るだけではなく、最善をつくす努力を行えば、相互の切磋琢磨によって、金融機能は高度化していくと考えたわけです。つまり、現在の金融庁が金融機関に求めているのは、競争を勝ち抜いていくための成長戦略として、自己の経営原則に基づいて、最善をつくすために自己を厳しく律することなのです。
この金融庁の基本路線は、理に適ったものですから、変更されるはずもなければ、変更される必要もありません。ただし、最低限の法令遵守が金融界において徹底されていることを前提にしているわけですから、金融庁として、今回の事案が必ずしも例外的なものではなく、金融界の全般的な弛緩の兆候だと判断すれば、法令遵守の再点検はあり得るのかもしれません。
当社においても、最善をつくすために自己を律する規範はあったのでしょうか。
当社は、前回の業務改善命令を受けて、投資一任業務の自主規則として、投資対象の選定、取得、運用管理において、「商品特性別の調査プロセスと価格の妥当性検証のプロセスを社内規程等に加え、投資を決定する会議体において商品特性を踏まえた議論を行うなどとした業務改善を行うこととしていた」のです。
当然のこととして、この業務改善は即座に実行に移され、経営原則のもとで更なる改善が継続されてきて、現在では、最低限の水準よりも高位にあって、最善をつくすための内部規範として、確立しているべきものです。しかし、実際には、「商品特性に応じた調査を十分に行っておらず、運用財産の運用・管理を適切に行っていない状況が認められた」のであり、しかも、一連の内規に反した行為は、最低限の法令遵守の水準を大きく下回り、善管注意義務に違反していると認定されたのです。
例えば、どのような行為でしょうか。
一つは、信じ難い事案なのですが、為替ヘッジを希望する投資一任契約の顧客について、世界株式に投資する海外のファンドのうち、為替ヘッジ付きのものを投資対象としていたところ、実は、それは誤認で、実際には、為替ヘッジがなかったばかりか、その誤認に1年間も気づかなかったというものです。
他社でも、似た事案があったようですが。
三菱UFJ国際投信は、昨年の12月30日に、原則として為替ヘッジを行わないと定めてある投資信託の運用において、誤って為替ヘッジを行うファンドを組み入れていたとして、顧客に損失があれば補填すると発表しています。これらは、構造的に同じ事案として、業界全体の弛緩を示すものかもしれず、懸念されるところです。
他に、業界に影響を与えそうな指摘はあるのでしょうか。
プライム・ブローカーについての説明は省きますが、当社が投資していた二つのファンドにおいては、プライム・ブローカーが使われていたところ、「プライム・ブローカーについての調査を実施しておらず、プライム・ブローカーにおける顧客資産の分別管理の状況を確認していない」として、善管注意義務違反が認定されています。
当社の場合は、調査すら行っていないという次元にあるので、特殊だとは推察されるにしても、業界として、プライム・ブローカーが使われているファンドに投資しようとして、「顧客資産の分別管理の状況を確認」するときに、善管注意義務との関連で、金融庁が具体的に何を求めているのかは、非常に気になるところです。
同様に、中小企業等に融資を行う戦略のファンドに投資している事案について、「当該ファンドの具体的な融資先すら把握しておらず、融資の回収可能性の検証もしていない」ことが善管注意義務違反だとされていて、当社の場合は、融資先の一覧すら把握していないのですから、論外だとしても、「融資の回収可能性の検証」については、第一義的にはファンドの運用会社の責任であって、ファンドを選択し、それに投資するものが第二義的に負う責任として、金融庁が何を想定しているのかは、業界の大きな関心事になります。
更に、非上場株式に投資するファンドに投資していた事案において、金融庁は、ファンドの運用会社における「時価評価体制の調査」が必要だとしたうえで、当社の不十分な調査を善管注意義務違反に認定していますが、これも、当社の場合は、調査の実態が確認できないような例外的事案だと推察されるものの、一般論として、「時価評価体制の調査」が何を具体的に意味するのかは、業界にとって大きな問題です。
やはり、今回の行政処分は、当社に固有の極端な例外だと考えていいのでしょうか。
上の中小企業等の融資するファンドについて、解約停止などの「投資一任契約に基づく当社の投資判断が求められる事象」が連続して生起したのに対して、当社は投資判断を行わなかったとして、善管注意義務違反が認定されています。要は、当社は、投資運用業者としての要件を満たしておらず、業界の埒外にあるということです。
公募投資信託における、善管注意義務違反は、どのようなことでしょうか。
当社は、運用する公募投資信託において、「基準価額が目標数値の範囲内にあるか否かにより、運用方針が異なってくるという特色」をもつファンドに投資していたのに、その特色を理解していなかったという事案です。当社は、どう見ても、投資運用業者とはいえないのです。
では、忠実義務違反のほうは、どうなっているのでしょうか。
上の公募投資信託が投資していたファンドにおいて、実際に運用方針の変更があり、「全運用資産が現金等に固定化される」ことになって、「受益者が負担し続けることとなる信託報酬やその他運用コストと、受益者が当該投信の中途解約時に負担することとなる信託財産留保額を比較すると、中途解約の方が受益者有利になる可能性」を生じたのですが、それを承知のうえで、受益者に説明しなかったのです。
しかも、「当社は、受益者や販売会社の営業員から問い合わせを受けた際に、一部の営業員に対してのみ、受益者が手数料等を支払って中途解約した方が良い旨回答するなど、受益者公平性の観点から問題のある対応を行っている」のであって、以上の二点は、明らかに忠実義務違反です。
業界には、同様の忠実義務違反の疑われる事案があるのではないでしょうか。
近時、一定の条件が成就したときに、運用財産が現金等になる、あるいは繰上償還になる投資信託が少なからず設定されており、潜在的には、当社と同様の忠実義務違反の疑われる事態は発生し得るわけですから、今回の事案を契機に、金融庁が類似の投資信託について総点検することはあり得るのでしょう。
・金融機関に創意工夫を促す強制力 (2015.10.8掲載)
金融行政の目的は「企業・経済の持続的成長と安定的な資産形成等による国民の厚生の増大」の実現にあります。そのためには金融機関は、法令遵守というミニマムスタンダードではなく、創意工夫によって顧客の利益を生みだす必要があります。顧客の利益は長期的に見れば金融機関の利益に繋がるので、経営の時間軸を短期から中長期へ転換すべきことを論じています。
・三井住友銀行の売れ筋の投資信託に悲惨な最後をもたらしたもの (2021.10.28掲載)
三井住友銀行の一番の売れ筋だった「あんしんスイッチ」という投資信託が繰上償還されたことについて論じています。この投資信託は最低保証の仕組みがありましたが、その仕組みには欠陥があり、結果的に顧客の損失のうえに業者の利益が発生する仕組みになっていました。また、最低保証を強調した販売になっていたのではないかと、販売話法についても問題提起しています。
・金融機関にとっての規制遵守のインセンティブ (2016.5.26掲載)
規制を遵守するインセンティブとしては、規制遵守をしている限り何をしてもいいという行動の自由や、規制の盲点をついて利益を得られることが挙げられます。しかし、新たな金融行政方針では「動的な監督」の元、金融機関に顧客との共通価値の創造が求められます。共通価値の創造は、金融機関自身の価値創造でもあって、それは、いうまでもなく、経済価値の創出として、金融機関の中長期的な企業価値の向上へと直結するものだと論じています。
(文責:長澤)
ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。