三菱UFJ国際投信は、昨年の最終営業日の12月30日に、「三菱UFJ 資産設計ファンド」という投資信託について、目論見書の記載と異なる投資行動があったと公表しました。まずは、事案の詳細を論じる前に、当該投資信託の極めて興味深い歴史を振り返っておきましょう。
三菱UFJ国際投信は、2015年7月1日に、三菱UFJ投信と国際投信投資顧問との合併によって生まれた会社ですが、この投資信託は、それに先立つ2007年3月28日に、三菱UFJ投信によって設定されていて、実は、この2007年に大きな意味があったのです。
つまり、1947年から1949年にかけての第一次ベビーブームでは、出生者は、毎年260万人台に達していて、3年間の合計は約800万人になったわけですが、この団塊の世代と呼ばれる人々は、60歳定年が一般的であったなかで、2007年から定年退職し始めたわけです。しかも、当時、余命の長期化は既に明らかで、退職金の安定的な運用は、極めて重要な人生の課題に浮上してきていました。
三菱UFJ投信は、優れた先見性をもって、この新たに生じてくる資産運用の需要を戦略的にとらえようとしたわけで、「資産設計」という名称は、その意図を明瞭に示しているのです。
愛称は、その意図を更に明瞭に表すためのものですか。
この投資信託の愛称は「地球ゴマ」というのです。「地球ゴマ」は、タイガー商会という会社が製造販売していた昭和を代表する科学玩具で、普通の独楽とは異なり、回転部と軸とが分離しているので、回転中の独楽に触れて、軸を傾けたり、綱渡りさせたりと、様々な遊び方ができました。団塊の世代にとって、「地球ゴマ」は、懐かしい昔の暮らしを想起させるものとして、愛称に最適だったということです。
三菱UFJ投信の意気込みは、タイガー商会の登録商標を利用するのに、おそらくは費用を負担したであろうことだけでなく、2007年11月3日に公開された「ALWAYS続・三丁目の夕日」という映画の上映に合わせて、映画館で投資信託の宣伝を映写したとされることに現れています。この映画は、2005年の「ALWAYS三丁目の夕日」の続編で、それぞれ1959年と1958年の東京の風景を描き、団塊の世代の郷愁に訴えて好評を博したものです。
脇道に逸れますが、まだ、玩具の「地球ゴマ」はあるのですか。
どうも、タイガー商会は2015年に廃業し、その後、「地球ゴマ」は、この投資信託の愛称としてのみ、存続しているようです。もしかすると、団塊の世代の人は、ネットオークションなどで玩具の「地球ゴマ」を高値で落札して、楽しんでいるのかもしれません。
団塊の世代の人の老後は、投資信託の「地球ゴマ」で豊かになったのでしょうか。
2007年3月というのは、別の大きな意味をもっていました。即ち、この時期に、サブプライム問題が浮上してきたのです。ただし、当時の一般的な観測のもとでは、危機は現実のものとしては予見されておらず、故に、三菱UFJ投信は、戦略的商品である「地球ゴマ」の発売に踏み切ったのです。しかし、不幸にして、2008年9月にリーマンが破綻し、世界的金融危機が発生して、この投資信託の基準価額は大暴落してしまいます。
基準価額は、現時点では、危機以前の水準を回復していませんか。
当時も今も変わらない日本の投資信託の構造的悪弊のもとで、投資信託委託会社は、鳴り物入りで新しい投資信託を投入し、販売会社は、そこに集中的な営業攻勢をかけて大きな金額を集め、基準価額が下がれば、一部の顧客は損失確定で解約しますが、多くの顧客は継続保有し、基準価額が上がれば、多くの顧客は、利益確定もしくは損失確定で、解約していきます。
この投資信託はシリーズもので、三種類の異なる投資信託から構成されています。合計の純資産総額は、発売直後の2007年10月に、500億円を超えましたが、現在では、40億円もありません。危機の暴落時には、さほど解約はなかったのですが、危機後、基準価額の上昇とともに、解約が急速に進んでいったのです。おそらくは、多くは損失確定の解約であって、現時点での設定来の収益率は十分に高いとはいえ、それを享受できている顧客は僅かしかいないはずです。
三菱UFJ投信において、この投資信託は、発売直後こそ、戦略商品として花形だったのでしょうが、タイガー商会の廃業で玩具の「地球ゴマ」がなくなり、三菱UFJ投信自体が合併によって消滅したころには、投資信託の「地球ゴマ」も運命を共にして、忘却の彼方に消えていたのです。そして、今となっては、業界の悪弊から必然的に生じる小規模投資信託の残骸の山の一角を形成するにすぎなくなっています。
なお、念のために付言しておけば、こうした膨大な数に及ぶ残骸投資信託の整理は、金融行政の重要な課題に浮上してきています。
今回の投資行動の誤りは、忘却の底から「地球ゴマ」を呼び覚ましたのですね。
この投資信託は、いわゆるファンド・オブ・ファンズで、様々なファンドに分散投資するものですが、目論見書の記載において、原則として為替ヘッジを行わないと定めていました。しかし、三菱UFJ国際投信は、2021年10月15日に、目論見書の記載に反して誤って、為替ヘッジを行うファンドに新規投資してしまったのです。
そこで、同社は、10月15日から12月30日までの期間中に、この投資信託を解約または購入した顧客に対して、為替ヘッジがなかったと仮定したときの基準価額を用いて算定される金額との差について、損失があるときは返金するとし、継続保有している顧客についても、損失があれば、投資信託に補填金を入金すると公表したのです。
しかし、その後、後件の補填金の入金の公表はないので、損失はなかったのかもしれませんし、また、前件についても、実際に損失を受けた顧客がいたのかどうかは不明です。
顧客の損失があったとしても、極めて些少な金額の事案ではありませんか。
本件は、目論見書記載事項に対する単純な違反として、事故確認による損失補填が可能となる簡単な事案であり、また、忘却の底に沈んでいる小規模な投資信託について、2月半の間の解約と購入は僅かのはずで、損失があったとしても微々たる金額でしょうから、誰の関心も引かない些事にすぎないのです。しかし、金額が些少であることは、問題の本質に影響を与えません。
別の問題が潜んでいるのでしょうか。
同社は、誤りに気付いた後に再検討したうえで、結局は、誤って投資したファンドの継続保有が最善の策だと判断しています。そこで、本件の形式的な本質は、継続保有を正当化するために、為替ヘッジのない適当なファンドがないときは、為替ヘッジのあるファンドに投資できる旨の記載を目論見書に加える改定を行ったということです。
そもそも、原則とは、例外を予定したものではないでしょうか。
改定前の目論見書では、原則として為替ヘッジしないという記載がなされていて、原則の例外として、為替ヘッジのあるファンドにも投資できたのです。しかし、同社は、この点を十分に検討したうえで、公表文書において、為替ヘッジのあるファンドに投資できるのは、「予めその必然性や有効性を検討・確認した場合」と述べています。
つまり、同社は、為替ヘッジのあるファンドの継続保有が可能になるのは、あくまでも事後的に「有効性を検討・確認」したからであって、新規投資の段階においては、「予めその必然性や有効性を検討・確認」していないので、そこに誤りがあったと判断したのです。
為替ヘッジの有無に限らず、投資対象のファンドについて、予め徹底した調査検討をするのは、投資運用業者の義務ですよね。
三菱UFJ国際投信は、投資対象のファンドの選定について、三菱アセット・ブレインズという助言会社を使っていますが、両社において、為替ヘッジの有無という極めて基本的な事項の確認すらできていない事実は、内部管理態勢の欠陥を推定させ、更にいえば、ファンド調査に十分な実質が伴っていないことを推測させます。これが本件の実質的な本質です。
残骸と化した小規模投資信託だということも背景にありませんか。
三菱UFJ国際投信に限らず、大手の投資信託委託会社は、膨大な数の投資信託を運用していて、その多くは、業界の悪弊が生み続ける小規模投資信託の残骸なのであって、経営効率の面から、そこに十分な経営資源が配置されていない可能性は否定できません。
金融庁は、当然のこととして、各社の経営資源を厳選された少数の優良な投資信託に集中させ、残骸を整理させたいわけですが、業界のなかからは、改革への動きが生じてきません。これは極めて残念なことです。
・投資信託の下取り制度があってもよくはないか (2021.12.16掲載)
2014年に膨大な数の小規模投資信託の併合を促進するための法律改正が行われましたが、実績は1件のみです。この法律改正が機能しない理由を考え、併合に代わる方法として、消滅する投資信託と存続する投資信託の受益証券の等価交換、及び小規模投資信託の残高の減少に応じた強制償還制度について論じています。
・まともな投信1%、森信親金融庁長官が斬る業界の悪弊 (2017.4.13掲載)
国民の資産形成の重要な施策として、積立NISAがありますが、金融庁が委嘱した専門家の調査によれば、その対象となり得る投資信託は全体の1%にも達しませんでした。なぜ、このような結果になってしまったのでしょうか。当時の金融庁長官であった森信親氏の基調講演での言葉を引用しながら、顧客本位の業務運営を行う経営体制の刷新とそれを加速させる「見える化」の重要性について論じています。
・賢い国民に投資教育は有害だ (2021.3.4掲載)
投資信託が普及しないのは国民の利用目的に適合した投資信託がほとんど存在しないからではないでしょうか。国民が賢いから投資信託は普及していないという前提のもと、国民の資金使途を明確に理解し、使途を実現できる商品を開発することこそが重要であるということを論じています。
(文責:翁)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。