上場株式は、代表的な投資対象としての不動の地位を確立していますが、コーポレートガバナンスや情報開示のあり方が常に論議されているように、多くの問題を内包しています。これらの問題は、上場している株式会社という枠のなかだけで解かれ得るものではなく、株式の上場制度の外に、更には、株式会社という制度の外に視野を広げることで、より適切な改善策が得られるのです。
中心論点は株主の利益の保護ですね。
生産手段を所有しない労働者と、それを独占的に所有する資本家との分解が生じたときに、資本主義が成立するわけですが、その構造は、資本家が株式会社の株式を所有し、株式会社が生産手段を所有する形態なのです。そして、原初的な資本主義においては、資本家は、議決権を完全に支配し、会社を所有して、自ら経営し、あるいは経営者を使役していたのですから、株主の利益を論じる余地も必要もなかったのです。
しかし、現在では、日本などの先進諸国においては、主要企業の多くは上場されていて、株主は多数に分散し、株式会社は、所有と経営の分離のもとで、専門の経営者によって、株主の利益を守るという責任のもとで、経営されています。故に、小口分散によって、支配力を喪失した株主の権利を擁護するための仕組みとして、コーポレートガバナンス、即ち、経営者を統制することが重要な意味をもつようになったわけです。
コーポレートガバナンスは、株主の力のもとで効力を発揮するので、その力が弱いのなら、機能し得ないと思われますが。
コーポレートガバナンスの背後には、株主が多数に分散していても、共通利益によって結ばれているとの前提があって、個々の株主が自己の利益を守る方向に行動するとき、集団としての株主は、一種の一体性のもとで、強い力を行使できると考えられているのです。
しかも、株主が分散しているとはいっても、実際には、機関化、即ち、投資運用業者等への議決権の集中も進行しているのですから、機関化された投資家が一定の共通原則のもとで行動するとき、コーポレートガバナンスへの影響力は大きくなるわけで、その共通原則を定めたものこそ、「スチュワードシップ・コード」にほかなりません。
株主は、大株主としての影響力のもとで、自己の利益を守るべきではないでしょうか。そのほうが簡単であり、資本主義の原理に忠実だと思われますが。
いわゆるアクティヴィズム、即ち、特定少数の銘柄に集中投資して、大株主としての影響力のもとで、投資先企業の価値を上げて、高い投資成果を実現しようとする戦略は、現在では、少しも珍しくはないのですし、事実として、この戦略を実践する投資運用業者による株主提案の事例は少なくありません。また、プライベートエクイティを運用する投資運用業者が上場会社を買収して非公開化することも普通になりました。
こうしたことは、コーポレートガバナンスが機能しないが故になされるわけですが、同時に、経営の独立性を守りたい経営者に対しては、コーポレートガバナンスが機能するように経営努力させる方向に、強い誘因として働くわけです。つまり、機能しないコーポレートガバナンスを否定する強い力が働くからこそ、コーポレートガバナンスが機能するということです。
大株主としての創業者の機能も同じことですね。
上場後も、創業者が経営者にとどまり、かつ、大株主として大きな影響力を行使することについては、経営の独断専行を許すものとして、コーポレートガバナンス上の難点が指摘され得るわけですが、同時に、こうした原初的資本主義に近い形態においてこそ、真の創造がなされ得る面を否定できません。なぜなら、真の創造は必ず不確実な未来への賭けの要素を含むのに対して、コーポレートガバナンスの美名のもとで、合理的な説明可能性が求められれば、賭けは困難になるからです。
むしろ、未来へ賭けるという資本主義の本質からすれば、異能な創業経営者の自由な行動を許容し、更には、上場制度の外で、ユニコーンと呼ばれるような新興の非公開企業が大胆に活動できる環境を整備することによってこそ、資本主義は成長を持続できるのであって、コーポレートガバナンスの高度化は、必ずしも成長を生むとは限らないのです。
コーポレートガバナンスの限界ですね。
株式による資金調達とは、生起し得る損失を吸収して、事業継続を可能にするためのものですから、株式には、配当支払いと償還についての明示的な約定を排することで、贈与的な性格が付与されていて、株主への利益還元とはいっても、贈与への返礼に近いものにすぎず、株主の権利は、本質的に希薄なのです。そこで、経営者と株主の関係について、契約的な再構成が必要だと考えられて、その検討が東京証券取引所の「コーポレートガバナンス・コード」に結実したわけです。
こうして、コーポレートガバナンスは、「コーポレートガバナンス・コード」と「スチュワードシップ・コード」との緊密な連携のもとで、規範性が強化されてきたのですが、一方では、法的な拘束力がないために、実効性が十分ではなく、他方では、これ以上に拘束力を強化すれば、経営者の行動の自由を束縛し、成長の抑制要因になりかねないわけです。
こうした事態は、コーポレートガバナンスの限界というよりも、矛盾なのであって、その打開のためには、コーポレートガバナンスの機能不全を前提とした投資手法の工夫や、視野を上場株式の外に拡大させ、新たな投資対象を創造することで、結果的に、上場株式の価値も高くなるようにするほかないのです。
アクティヴィズムなどのアクティブ運用の強化ですか。
投資家は、上場株式に投資するにしても、アクティヴィズムの投資運用業者のファンドを経由して投資することができますし、アクティヴィズムほどではなくとも、投資対象の銘柄を厳選するアクティブ運用を徹底することで、株価形成に影響を与え、株価が低迷する企業の被買収等による淘汰を促すことができます。実は、こうした投資家の働きは、資本主義原理のもとでは、資本家としての使命なのです。
それに対して、機関化の進行に伴って、銘柄選択を放棄したインデクス運用が主流になっていることは、弱肉強食の市場原理の働きを弱めていて、故に、その補完としてコーポレートガバナンスの強化が叫ばれるのは、本末転倒というほかありません。
非公開株式への投資もありますね。
ユニコーンと呼ばれる非公開企業は、上場という選択肢を使わずに、大きな企業価値を形成しているわけで、このこと自体、上場する意義の再考を迫るものですが、非公開でも、株式発行等による資金調達をしているわけですから、理論的には、何らかの方法で投資対象になし得るわけです。
また、投資家は、上場会社を買収するプライベートエクイティのファンドに投資することができ、それ自体として、投資収益を得られるだけでなく、上場企業全体に対して、経営の独立性を守るためには、企業価値を高めるほかないと経営者に決意させることで、上場株式の価値向上も期待できるわけです。
株式である必要もないですね。
事業活動においては、不動産の使用は不可欠ですが、現在では、不動産における所有と利用の分離が進んでいて、不動産は、株式の外で、独立した投資対象になっていますし、対象不動産の範囲は、ホテルや倉庫等に広がっています。更に、投資対象になし得る実物資産の範囲は、不動産の領域を超えて、発電所等の設備や、輸送用機器等の動産にまで、拡大を続けています。
こうして、投資家が上場会社から様々な資産を買い取り、それを賃貸に供して、独立した投資対象に構成していくことは、上場会社における資産の利用効率を改善して、投資対象としての上場株式の価値を高めることにもなるのです。
投資家の価値創造が先にあって、投資先企業の価値創造につながるのですね。
原初的な資本主義において、成長の原動力は資本家の意思でした。大きく修正された現代資本主義においても、基本構造は変わるはずもなく、現代の資本家である投資家の意思と努力こそ、成長の原動力なのであって、経営者ではなく、投資家がコーポレートガバナンスを高度化し、企業価値を高めるのです。
・そもそも何のために株式を上場しているのか (2020.10.22掲載)
株式市場は企業の資金調達が目的ですが、現在の日本の実態においては、資金調達を主たる機能にしているとはいえないでしょう。多様な資金調達の手法が発達している現状、上場によって投資家や取引所に拘束されるくらいなら、非公開化するほうが経営しやすいのではないでしょうか。株式市場は、上場による資金調達を必要とする企業を中心にして構成されるとき、本来の機能が復活し、そして、企業の経営改革が進展するだろうと述べています。
・投資家と上場会社との対話が対話にならないわけ (2021.9.16掲載)
金融庁は、上場会社と投資家との対話を重視しています。株式の上場制度を原理的に解する限り、開示制度で事足りているはずであって、新たに対話を導入する必要はなさそうに思えますが、投資家との対話において、上場会社が持続的成長の方向に促されることを期待しているのです。
本論考では、責任ある機関投資家としての対話の重要性について論じています。
・もう株式投資は古い (2018.9.20掲載)
投資といえば株式投資というくらいに、株式は投資対象の代表になっているわけですが、難点として、常にガバナンスの問題性が指摘されています。そして、ガバナンスは、常に株式会社を前提として議論されているわけですが、株式会社によらない方法で改善できるなら、それでいいのです。ガバナンスのリスクを回避する金融の努力は、結果において、上場株式会社のガバナンス改善の促進につながるだろうと論じています。
(文責:飯塚)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。