借金をして不動産投資をすると大損をするわけ

借金をして不動産投資をすると大損をするわけ

森本紀行
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借金をして不動産に投資することは、普通のことですが、借金の仕方を誤ると、大きな損失になります。逆に、借金をしない限り、不動産投資で損をするのは稀なのです。
 
 長期投資目的で不動産を取得するときは、賃料水準や稼働率についての保守的な仮定が置かれて、投資採算が計測され、採算の合う目標価格が求められて、その目標価格以下で取得されるわけですから、保守的な仮定を裏切る異常な状況が発生しない限り、結果としての投資収益率は、事前の期待値の近辺に落ち着くはずです。
 なお、ここで、長期とは、不動産を耐用年数まで使い切ることを意味し、保守的な仮定とは、一定の稼働率のもとで、賃料水準の上昇を見込まず、合理的な追加的資本支出額と管理費用を予測し、土地価格の上昇も見込まず、最終的に除却損失が土地の売却代金によって相殺されるとする仮定です。つまり、諸予測値を保守的に置いたとしても、減価償却累積額に期待利益額を加えた金額は、建物が減価償却により価値を喪失するまでの期間に、諸費用控除後の賃料収入として、回収できるということです。
 
保守的な見込みのもとで投資採算が合えば、取得資金の一部について、借入れが可能になるわけですね。
 
 不動産投資において、自己資金だけで不動産を取得するのが最も保守的な方法ですが、十分に保守的な仮定のもとで投資採算が合うと見込まれるとき、取得資金の一部について借入れを行うことは普通になされています。融資を行う金融機関からすれば、安全性の高い優良な案件になるでしょうし、投資家からすれば、不動産自体の期待収益率よりも低い金利で融資を受けることで、総合的な期待収益率を高め得るからです。
 ここでの重要な論点は、取得資金に占める自己資金と借入額との比率の決定です。いうまでもなく、仮定の狂う確率、即ちリスクが小さければ、借入額を増やすことができても、逆に、リスクが高いときは、借入額を抑制する必要があるわけです。つまり、仮定が実現する蓋然性との関係において、自己資金と借入額との比率には、最適値が存在するはずだということです。
 
最適資本構成の理論ですね。
 
 最適資本構成の理論は、株式会社において、事業に内包するリスクに応じて、資本と負債の最適な比率を決めるものです。資本とは、事業リスクを吸収するためのものですから、事業リスクに対して過大な負債をもつことは、経営破綻の可能性を高くして、投資家の利益を損ね、事業リスクに対して過大な資本をもつことは、資本利益率を低下させて、投資家の利益を損ねます。故に、最適な比率を保つことが求められるわけです。
 この最適資本構成の理論は、当然に、不動産投資にも適用があります。投資対象物件が内包するリスクに対して、過大な借入れを行うことは、破綻を招く可能性を高くし、逆に、過小な借入れを行うことは、みすみす期待投資収益率を下げてしまうことになるのです。
 
不動産投資における破綻とは、どういう事態でしょうか。
 
 不動産投資において借入れを行うときは、該当不動産を担保に供することになります。金融機関として、不動産取得に対して融資しやすいのは、不動産を担保にとることができ、しかも、不動産には登記の制度があるので、容易に担保権を保全できるからです。こうして、貸し手からみて、貸しやすいということは、借り手からみても、借りやすいということになって、投資の収益性を高める誘因のもとで、借入比率が最適値を超えて過大になりやすいわけです。
 ここに深刻な問題を生じ得るのは、金融機関は、損失を回避できるように、融資条件を定めているからです。つまり、一般に、金融機関は、融資実行時における想定が狂うとき、即ち、リスクが顕在化するときは、融資の期限の利益を喪失させて、即時に融資を回収できるように、特約しているわけです。
 この特約が発動したとき、投資家が弁済できれば、問題はないわけですが、弁済できないときは、金融機関は、担保権を行使し、換価して回収するので、投資家は不動産を失います。しかも、リスクが顕在化している状況ですから、不動産売却額は融資額を下回ることが多く、不動産が失われるだけではなく、負債の一部が残ってしまいます。これが破綻の構図です。
 
問題は、特約が発動する条件ですね。
 
 重要な指標が二つあります。第一は、不動産価格に対する融資額の比率であり、第二は、不動産が生み出す費用等控除後の賃料収入と、融資にかかわる利息等の金融費用の支払い額との比率です。
 リスクが顕在化するときは、一般に、空室率が上昇し、賃料水準が低下するときですから、後者の比率は悪化していき、同時に、こうした局面では、不動産価格も下落するでしょうから、前者の比率も悪化していきます。こうして、事前に約定した比率を超えて悪化したとき、特約が発動するわけです。
 
プロシクリカリティを生じないでしょうか。
 
 不動産市況に限らず、株価等の変動においては、一般に、シクリカリティ、即ち、循環性が働きます。要は、売りが嵩んで価格が下落すれば、相対的魅力度が上昇するので、買いが入って価格が上昇するということです。それに対して、プロシクリカリティとは、価格が下落するとき、その下落そのものが誘因となって、更なる価格の下落を招く事態をいいます。
 不動産は、プロシクリカリティを生じる典型的な事例です。なぜなら、不動産の取得には、多くの場合、金融機関から融資がなされていて、上に述べた事情のもとで、不動産市況が悪化したときには、担保権の行使による不動産売却が加速し、不動産市況を一段と悪化させる可能性が高いからです。
 
プロシクリカリティは、同時に、バブルも生じさせるわけですか。
 
 不動産市況が好調のときは、当然に、不動産の売買が活況を呈するわけで、それに伴う融資額も急増していき、そこに、避け難いこととして、心理的な楽観主義が働きます。つまり、市況の先高観のもとでは、融資額が適正値を超えて過大になりやすいわけです。こうして、不動産市場に大量の資金が流入することは、更なる不動産価格の上昇を招くというプロシクリカリティを生じさせます。これがバブルの構図です。
 バブルにおいて、著しく危険なことは、不動産の投資家にとって、保有不動産の価格の上昇は、担保価値を高めることになるので、金融機関から融資を受けやすくなり、投資額の拡大が可能になって、不動産価格が一段と上昇するという究極のプロシクリカリティが生じてしまうことです。昭和の不動産バブルは、まさしく、そうした事態だったのです。
 
バブルがはじけると、逆向きにプロシクリカリティが働くわけですね。
 
 昭和が平成になったとき、バブルが崩壊し、その想像を絶する巨大な破壊力により、多くの金融機関を消滅させました。不動産価格の大暴落は、不動産投資家、あるいは投機家の全てを破滅させたのはいいとして、金融機関の不動産関連の融資の多くを回収不能にしたからです。これは、プロシクリカリティどころか、カタストロフィと呼ばれるべき事態です。
 もっとも、おかげで、東京は綺麗になりました。不動産向け不良債権の整理は、同時に、担保されていた土地の整理にもなり、土地の大規模な統合が進んで、超巨大な不動産開発が可能になったわけです。よくも悪くも、金融の力なくしては、大規模な都市改造はできないのです。
 
なぜ、バブルは再来しないのでしょうか。
 
 冒頭に述べたように、現在では、不動産取得価格は、十分に保守的な仮定のもとで投資採算が合う水準に設定されているからです。当然のことながら、人は経験から学習することで、それなりに社会を進化させるわけです。
 また、金融機関のリスク管理が高度化したことも背景にあります。現在では、不動産関連への与信集中は起き得ないのですし、不動産取得時の借入比率についても、金融機関側の自制のもとで、過大になることが回避されているのです。ここでも、社会は進化したわけです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
オバマ大統領就任演説とプロシクリカリティの問題(前編) (2009.2.26掲載)
2008年の金融危機は、プロシクリカリティの発生が重要な要因とされていますが、オバマ大統領の対応は、政府が市場に替わって機能するのではなく、市場が正しく機能するように、市場を監視し、適切な介入もしなければならないというものだと解説しています。

上手に借りる人が上手に運用するのだ (2020.11.12掲載)
家計においても最適資本構成はあるはずです。運用収益と利払いを比較のうえ、適切に負債を利用することで、生活の豊かさを増し、資産の取り崩しを回避し安定的な資産形成ができるはずだと述べています。

企業の資金調達の目的と企業統治論 (2013.5.9掲載) 
企業統治の本質は、調達目的に対する最適な金融機能の実現にあります。資金調達の目的(運転資金、設備投資資金、危険準備)それぞれについて、金融機能と企業統治の連関について論じています。
(文責:杉本)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。