債券は、株式と並んで、投資対象としての有価証券の代表的存在です。有価証券は、証券と呼ばれるように、かつては、文字の印刷された紙券として発行されていたのです。証券は、法律上、その券面に印刷された事項をもって権利内容が確定し、権利者は、券面の所持により、自己の権利を第三者に対抗できるものです。故に、証券不発行になるまでは、偽造防止のために精巧に彫られた図柄で印刷されていました。
債券のなかでも、社債は企業が資金調達するために発行するものですが、昔は、発行体企業が破綻して、社債が無価値になることも珍しくなく、紙屑になった社債は、有価証券としては無価値でも、精巧な図柄の装飾品としては価値があり、骨董品として取引されていました。実際、投資運用業者の事務所の壁には、投資判断の過ちの戒めとして、破綻企業の社債が飾られていたものです。
クーポンという用語は、債券が紙の印刷物だったことの名残なのですね。
金融債権の代表的な形態は、融資した金額に対して、定期的な利息の支払いと、期日における融資元本の弁済を受けることであって、この金融債権を証券にしたものが債券なのです。つまり、債券を取得すれば、その対価として、利息および元本弁済を受ける権利を得ることになるわけですが、利息を受ける権利も、債券に付属する小さな紙の券、即ち、英語でいえばクーポンだったのです。
一般的な金融債権においては、年に2回の利息後払い、元本一括弁済となっていて、債券も、通常は、同じ仕組みです。そこで、例えば、5年満期の債券の場合、10回の利息が払われるので、債券の券面の左右に各5枚、計10枚のクーポンがついていました。クーポンはミシン目で切り離せるようになっていて、債券所持者は、切り離したクーポンを支払い銀行にもっていくことで、利金を受け取れたのです。証券不発行となった今でも、債券の利息はクーポンと呼ばれていて、そこに昔の名残をとどめているわけです。
債券の内容は、券面が印刷された後は、変更され得ないために、市中金利の変動に伴って、債券価格が変動するわけですか。
債券を保有することによって得られる権利は、全て債券の券面に記載されており、債券が発行された後は変更され得ません。そこで、例えば、クーポン5%で満期まで5年ある債券は、5年物の市中金利が6%になったとしても、5%のクーポンは不変ですから、1%の金利差を元本の償還差益で埋めるために、債券の価格は下落するわけです。逆に、金利が低下すれば、償還差損で調整されるように、債券価格は上昇します。
つまり、単純に考えて、額面100に対して5%の年利ということは、5年間の利金の合計は25になるのですから、額面100の債券の価格が95に下落すれば、償還時に差益が5生じて、合計30の利益になり、5年で30の利益は、額面100に対して、年利6%になるということです。逆に、債券価格が105になれば、5年間の利益は、利金合計の25から償還差損の5が控除されて、20になりますから、年利4%になるわけです。
債券の利回りとは、こうして、償還差損益を加味することで、クーポンの表面の利率を調整したものです。債券発行時には、債券価格が100で、利回りとクーポンは一致していますが、その後は、市中金利の変動に伴って、債券の利回りは変化し、それに対応して、債券価格が変動していくわけです。
債券には額面があり、額面100は100で償還されるわけですね。
金融債権は、融資額100に対して、期日に融資額100の弁済を受け、期日までの間に利息を定期的に受けることの約定ですが、それを証券にした債券は、全く同様に、額面100に対して、満期時に100の償還金、および満期までの間に定期的に利金を受けることの約定です。故に、債券は、いかに価格変動があっても、満期の接近とともに、価格は必ず100に収斂していきます。額面100について、価格100で発行された債券は、価格100で償還される、この馬鹿馬鹿しいほどに単純な事実こそ、債券の本質なのです。
では、債券では、損失は発生し得ないのでしょうか。
債券には発行体に関する信用リスクがあります。信用リスクとは、元本の償還と利金の支払いがなされないこと、即ち、債務不履行の可能性です。債務不履行が生じれば、法的な手続きに移行しますが、元本の全額が戻ってくることはないので、損失が発生します。
しかし、債券投資の理論においては、信用リスクは独立した大きな領域を形成していますから、ここでは、信用リスクはないものとしておきます。さて、信用リスクがなく、100で投資したものが100で償還になるとすれば、債券投資においては、損失は決して発生し得ないようにみえますが、実は、損失は、機会損失という形態で、生じ得るのです。
例えば、クーポン5%で、5年満期の債券に投資するとします。その後、5年物の金利が上昇すれば、債券価格は下落して、損失が発生しますが、この損失は一時的な評価損にすぎず、満期まで保有すれば100で償還になるので、実損失は発生しません。しかし、満期まで、金利が5%よりも上に留まるとしたら、クーポン5%の債券を保有し続けることで、より高い金利での運用機会を失います。これが機会損失です。
保有債券を売却すると、機会損失が実現損失になるわけですか。
金利が上昇して債券価格が下落し、評価損が発生しているときは、利回りは上昇しているのですから、保有債券を売却して、全く同じ銘柄を買い戻せば、機会損失を回避できますが、評価損は売却損として実現します。つまり、評価損とは、機会損失の指標なのです。同様に、金利が低下したときには、評価益が発生しますが、それは、機会利益、即ち、市中金利よりも高いクーポンを享受する利益の指標なのです。
こうして、同一銘柄については、金利変動に伴って発生する評価損益は機会損益に一致するわけですから、同一銘柄を売却して買い戻すことに伴って発生する実現損益も機会損益に一致します。しかし、別の銘柄に入れ替えれば、実現損失よりも大きな機会利益、あるいは実現利益よりも小さな機会損失を得る可能性があります。債券投資の技法とは、その可能性の追求にほかなりません。
金利変化に伴う価格変動は、債券の属性によって異なるということでしょうか。
債券の利回りは満期までの残存期間によって異なります。そこで、横軸に満期までの残存期間をとり、縦軸に利回りをとると、曲線が引かれますが、英語で利回りのことをイールドというので、この曲線はイールドカーブと呼ばれます。
仮に、イールドカーブの1%の上方へのパラレルシフト、即ち、全ての年限における1%の利回り上昇を想定すると、償還差益で利回りの上昇分を補完するのですから、単純に考えて、概ね年限と同じだけ価格は下落することになります。つまり、10年債ならば10、5年債ならば5程度の価格下落が生じるはずです。こうした利回り変化と年限との関係は、金利低下に伴う価格上昇の場合も同じで、満期までの年限が長いほど、利回り変化に対応する価格変動の幅は大きくなるわけです。
そこで、金利変動の循環性を想定する、即ち、金利は、上昇すれば低下し、低下すれば上昇すると想定するのならば、金利上昇時に、相対的に価格下落幅の小さい中短期債を売却し、長期債に買い換えれば、金利が反転して低下したときには、売却時の実現損よりも大きな評価益を得ることができます。こうして、金利変動に基づき、将来の更なる金利変動を想定して、保有債券の年限構成を変化させることは、債券投資の基本中の基本なのです。
イールドカーブはパラレルシフトせず、形状変化しつつ上下するのではありませんか。
イールドカーブは、通常は、右肩上がり、即ち、年限の長いほど利回りが高くなっていますが、常に、そうであるとも限りませんし、カーブの傾き方は、年限によって、急であったり、緩やかであったりします。そして、その形状や位置は、金利変動に応じて、常に変化しています。実は、債券投資の真の極意は、イールドカーブの微妙な変化のなかに小さな利益機会を発見することにあるのです。
・価値の変動と価格の変動 (2009.12.17掲載)
債券の理論価格と市場価格の間に格差が生じる場合、価格の変動要因を本源的か市場要因か見極めたうえで投資機会を発見できる人こそ、投資のプロだと述べています。
・国債と通貨と金 (2010.6.10掲載)
国債は債券の中でも安全性が最上位に位置付けられていますが、国債といえどもデフォルトの可能性があります。国債に限らず、投資を行うには、一見安全性が高いと考えられるものでも、改めて裏付けになる資産や条件の健全性を分析する必要があると述べています。
・投資の極意はS字カーブにあり (2022.9.15掲載)
本来、価値と価格は連動しますが、価値に対して価格が相対的に安くなる場所が生じます。この現象を図示すれば、S字のカーブを描きますが、このS字カーブの理論を用いて投資の極意を解説しています。
(文責:大山)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。