為替ヘッジはグローバル株式には不可でドル建て債券には必須

為替ヘッジはグローバル株式には不可でドル建て債券には必須

森本紀行
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外貨建ての資産に投資するとき、自国の通貨ではない通貨に投資するのと、自国の外に投資するのと、どちらに重点があるのか。そもそも、なぜ外貨建ての資産に投資するのか。
 
 国家や通貨は、投資においては、非常に難しい問題を提供しています。なぜなら、投資の前提となっている経済活動の主体は企業であり、企業は、グローバルに、即ち、国家の境界を越えて事業展開しているのに、いかなる投資対象も、依然として、特定の国家の信用力を背景とした通貨によってしか、取引できないからです。
 例えば、英国のロンドンの証券取引所には、グローバルに活動する多数の巨大企業が上場されていますが、それらの銘柄は、英国の通貨であるポンドによって、取引されているわけです。東京の証券取引所に上場されている日本企業についても、事業基盤の中心が日本の外にあるものが珍しくありませんが、それらの企業の株式は、円建てなのです。
 
今や、資産分類として、グローバル株式が定着していますね。
 
 どこの国でも、かつては、自国株式と、自国を含まない外国株式という資産種類の区分がありましたが、現在では、自国株式は存続していても、自国を含まない外国株式は消滅して、グローバル株式、即ち、自国を含む全世界の株式に置き換えられました。この変更は、一方に、閉じた国内経済のなかで活動する企業群があり、他方に、開かれた世界経済に展開する企業群があるという事態を反映したものです。
 グローバル株式は、世界経済の成長が創造する付加価値に参画する手段ですが、世界経済は、国境を越えて展開される企業活動の集積によって形成され、それらの活動は、様々に異なる通貨によって、なされているので、グローバル株式に内包されている通貨は、世界の全通貨について、企業活動による使用量の加重をかけた平均のようなものになります。故に、グローバル株式を構成する企業の上場地の通貨は、単に表示上の便宜にすぎないわけです。
 
では、グローバル株式に投資して、為替ヘッジすることは誤りなのでしょうか。
 
 為替ヘッジは、外貨建ての資産に投資するときに、為替変動の影響を除去もしくは抑制するために、投資された外貨の全部もしくは一部について、為替先物取引を使って、売立てておくことですが、グローバル株式においては、世界の通貨の取引量の加重平均というべきものが投資対象になっているのですから、理論的にも、技術的にも、売るべき通貨を特定すること自体が不可能です。
 更に、より本質的な論点として、購買力の保存という投資の基本目的が関係します。つまり、グローバル株式投資、あるいは国際分散投資の意義は、自国経済の世界経済における地位を反映して、自国通貨の価値が変化し、輸入物価が変動することを考慮したうえで、自国通貨の購買力を保存することにあるのですから、為替ヘッジしようとする意図自体が投資目的に反しているわけです。
 
不動産などの実物資産についても、海外に投資する意義として、購買力の保存があるのでしょうか。
 
 世界経済が創造する付加価値に参画する手段には、株式投資のほかに、企業が経済活動に使用する不動産などの実物資産への投資もあります。実物資産は、天然資源関連の資産に象徴されるように、多くはグローバルなもので、世界経済総体の動きを反映し、そのなかに自国通貨の価値変動を内包することで、真に自国通貨での購買力の保存を可能にする投資対象であって、グローバル株式と並んで、国際分散投資の一翼を担うものなのです。
 
投資額全体のうち、どれくらいの割合が国際分散投資に振り向けられるべきでしょうか。
 
 国際分散投資に対する配分は、自国経済が世界に開かれている程度によって、決められるわけで、より具体的には、株式投資において、自国株式とグローバル株式との間の配分比率決定の問題として現れます。この比率は、理論的な決定が困難で、感覚的なものになるほかありませんが、現実にはグローバル株式に重心が移っていて、そこに投資家の平均的判断が現れているのでしょう。
 不動産等の実物資産については、世界経済全体の動向に連動したものが多いのですが、不動産については、その名の通り、特定の国に不動で立地するものですから、自国株式という資産分類と同様に、自国不動産があるわけです。グローバルな実物資産と自国不動産との比率の決定についても、特に科学的な根拠があるわけではなく、自国不動産に対する投資家の選好の問題になるほかありません。
 
ところで、債券は、まだ登場していませんが、どこに位置づけられるのでしょうか。
 
 投資の基本として、最初に決められるべきなのは、自国通貨建ての債券への投資比率であって、その残りが自国の株式と不動産への投資、および国際分散投資になるわけです。理論的には、この最初の基本比率は、投資している資金の性格、より具体的には、資金の使途と、使途が到来する時期によって、規定されるのです。
 このとき、当然に、使途が具体的に確定していれば、自国通貨建ての債券への投資比率は高くなり、更に、使途の到来時期が近ければ、その中身は中短期債が中心になります。逆に、豊かな老後生活のための個人の資産形成のように、使途が不明確なままに遠い先にあるときや、年金基金の半永久的な資産運用の場合には、自国通貨建ての債券への投資比率は低くなるわけです。
 こうした比率決定は、理論的ではあっても、個別具体的に数値を確定できるものではありませんが、実際には、多くの投資家において、常識の働きにより、理論的に正しい方向に配分決定がなされているはずです。要は、投資においては、技術的な知識よりも、良識に従った健全な判断が重要であって、危険なのは、常識を欠いた表層的な知識の適用なのです。
 
グローバル債券もあるのでしょうか。
 
 理屈上は、グローバル債券はあり得ますが、グローバル株式と比較したとき、その普及が進まないのは、実用性と必要性が必ずしも高くないからでしょう。むしろ、外貨建ての債券は、自国通貨建ての債券の延長として、即ち、為替ヘッジをともなったものとして、重要な意味をもちます。
 特に、日本の円建ての債券市場では、国債が圧倒的な比重を占めていて、多様な投資対象への分散が困難になっているのに対し、ドル建ての債券市場は、量において巨大であり、質において多種多様を極めています。そこで、投資の技法として、ドル建ての債券に投資して、為替ヘッジを行うことが広く行われているのです。
 こうした為替ヘッジ付きのドル建て債券は、投資の意図からして当然であるように、自国の債券ではないものの、かといって、外貨建ての外国債券、あるいはグローバル債券でもなく、広義の自国通貨建ての債券という新たな分類に含まれるわけです。
 
為替ヘッジには、ヘッジコストに関する問題があるのではないでしょうか。
 
 為替ヘッジにおいては、自国通貨の短期金利よりも、外国通貨の短期金利のほうが高いときに、その差がヘッジコストになるのですが、他方で、投資対象である外貨建ての債券が金利収入を生みますから、その金利収入がヘッジコストよりも小さいときに、純損失が発生するのです。
 ヘッジコストの上昇によって損失が発生することは、実は、少しも珍しくなく、そのたびに、悩ましい問題を惹起します。対策としては、為替ヘッジの一部を解消するしかないのですが、そうすると、ドル建ての債券に投資しているときは、ヘッジが解消された分、ドルの為替変動を受け入れざるを得なくなります。そこで、更なる対策として、多通貨分散、即ち、ドル以外の多様な通貨の変動をも取り込んで、ドルの影響を緩和する工夫が必要になるわけです。
 
それがグローバル債券投資ではないのですか。
 
 地球の表面に中心がないように、グローバルな投資には、自国という中心はないのです。外貨建ての債券の多通貨分散投資は、自国通貨建ての債券への投資を中心にして、その派生として生じたものである限り、グローバルではありません。そもそも、グローバル株式が国家を超えて展開する企業活動に基礎をもつのに対して、債券の発行体は、どの国でも国家が中心であって、国家にグローバルな活動はあり得ないわけです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
グローバルとインターナショナルの本質的な違い (2010.10.7掲載)
グローバルとインターナショナルという言葉は似ていますが、その違いは、少なくとも投資の世界の言葉使いでは、自国を含むかどうかにあります。グローバルは自国を含んだ世界である一方、インターナショナルは、自国以外の外国を指します。この違いによる投資分類への影響について論じています。

投資の基本は分類して統治することである (2022.7.14掲載)
資産分類は投資方法に大きな影響を与え、投資の技術の高度化は、必ず資産分類の変更を伴います。企業の多国籍化に伴いグローバル株式という分類が成立したことや、資産分類の方法によって投資運用業者にもたらされる権限移譲の在り方について論じています。

使途のある資金を運用してこそ真の投資なのだ (2020.5.21掲載)
本コラムでも触れている通り、資金の使途と、使途が到来する時期によって投資配分の目安が決まります。日本の実情を踏まえながら、資金使途のある資産形成が本来どうあるべきかについて論じています。
(文責:長澤)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。