融資に担保の付されることは一般的で、多くの場合、不動産が担保に利用されます。不動産は、担保の権利を登記できること、担保価値を評価しやすいこと、その価値の変動が少ないこと、流通市場が発達していて換価が容易であることなど、担保に利用されやすい属性を備えており、また、逆に、担保として利用されてきた長い歴史があるからこそ、担保に適するように不動産の属性が進化してきた面もあります。
しかし、理屈上は、必須の要件として、債権者が担保権を第三者に対抗できる限り、資産価値のあるものならば、何でも担保になし得るのであって、例えば、動産については、2005年から、民法の特例法のもとで、動産譲渡登記制度が運用されていて、譲渡担保であることを登記できるようになっているので、担保に利用され易くなっているわけです。
譲渡担保とは何でしょうか。
資金調達の最も簡易な方法は、動産であれ、不動産であれ、資産を他者に譲渡して、売却代金を得ることなのであって、これは、金融以前の基本的問題として、常に念頭に置かれなくてはなりません。つまり、なぜ金融機能が発生するかといえば、事業者は、事業活動に必要な資産を売却してしまっては、事業を継続できないので、売却に換えて、資産を担保に供することで、資金の借入を行うからなのです。
譲渡担保というのは、資産を形式的に債権者に譲渡し、売却代金の形態において、資金の借入を行うことであって、資産の引渡しはなされずに、いわゆる占有改定という方法がとられるので、債務者は、債権者の代理人として、資産を占有し続け、事業活動において使用収益できるのです。いうまでもなく、債務が弁済されたときは、資産の所有権は債務者に戻り、弁済されないときは、所有権が確定的に債権者に移転するわけです。
譲渡担保の場合、担保に供する目的で形式的に譲渡されたにすぎないことを第三者に対抗できなければ、債権者が他者に再譲渡してしまうと、債務者は資産を確定的に喪失し、また、逆に、債務者が他者に二重譲渡してしまうと、債権者が担保を失うなど、様々な紛争を生じる可能性があります。そこで、特例法により、動産の譲渡担保について、登記制度が設けられたのですが、登記によらずとも、紛争を未然に防止する工夫があればいいわけです。
動産担保融資は、現にあるのでしょうか。
動産担保融資は、英語ではAsset Based Lending、略してABLですが、現在では、ABLは少しも珍しくありません。実は、本来は、Assetは資産であって、不動産を含む極めて広義なものですが、ABLというときは、通常は、動産や売掛債権のような流動資産担保の融資を意味し、更に狭義に使われて、動産担保の融資を指すことが多いのです。
どのようなものがABLの担保の対象になり得るのでしょうか。
ABLにおいて、担保になり得る資産は、価値があるのは当然として、更に、その価値は、客観的に評価可能で、安定的で、現金に換価できなくてはならず、その意味で、売掛債権のような金融債権は、担保に適するのですが、動産については、範囲が狭く限られるわけです。
例えば、製品在庫は、価値があるにしても、その価値は債務者の営業力に依存しているわけで、その債務者が債務不履行に陥ろうとする局面においては、価値が維持されるはずもなく、一般的には、担保に適さないのです。原材料在庫については、理屈上は、産業界で一般的に利用されるものは担保になり得るようですが、現実的には、原材料は特有の方法で流通するので、換価性に疑義があると考えられます。
動産担保の具体例があるでしょうか。
よく知られたものとして、畜産ABLがあって、その代表例は、食肉用の牛を肥育している農家に対して、肥育中の牛を担保に融資することです。肥育経営を行う農家は、繁殖経営の農家から子牛を購入し、約20ヵ月の飼育を経て出荷しますが、その長い期間、多額の運転資金を必要とするので、ABLによって資金調達しているわけです。
この肥育牛ABLの担保は、いわば仕掛品在庫ですから、通常は、そこに担保価値を見出し得ないはずですが、肥育牛には、肉牛の市場価値が確立していることや、牛の成長に伴って自然に価値が増殖していくことなどの特性があるために、その利点を用いてABLの対象になし得たわけです。なかでも重要な工夫は、債権者が牛の異動情報を完全に把握できるようにしたことです。
債権者は牛の形式的な所有者だからですね。
債権者は、不動産を担保に融資をしても、債務者の経営状況について、事後的に財務諸表等を見ることで把握できるだけですが、肥育牛ABLのような動産担保融資においては、対象資産の形式上の所有者として、簡易な情報システムを導入するだけで、譲渡担保の対象となっている在庫の日々の異動状況を常に観察でき、債務者の経営状況の変異を即座に把握できるのです。
こうして、債権者は、経営状況の悪化が懸念される事象を発見したときには、直ちに債務者と協議することで、事象の背後にある原因を特定し、早期に債務者と協働することで、事態の深刻化を回避できるわけです。つまり、動産担保は、不動産担保に比較して、担保権が発動する段階では脆弱であるにしても、担保権が発動することを未然に防止する機能としては優れているわけです。
また、そもそも、債権者としては、例えば、肥育牛を担保にしたところで、生きている大型動物について担保権を行使するのは困難であって、この困難さは、程度の差こそあれ、どの動産担保にも共通ですから、多くの場合、同業を営む優良な他の債務者の協力を仰ぐほかなく、結局は、再編による業界の効率化につながるのです。
様々な機器類は動産担保融資の対象になるでしょうか。
金融の重要な機能は、事業者の機器類の購入資金を融資することですが、ならば、金融機能を非金融の機能に置き換えて、資金を貸すのではなく、購入対象の機器類を貸してもいいわけで、実際に、そうした発想からリース事業が生まれているので、機器類は、一般的には、動産担保融資の対象ではないのです。
リース契約においては、対象資産は、債権者であるリース事業者によって最初から所有されていて、債務者の占有のもとで使用収益されます。この点について、リース事業と動産担保融資との間には、同じ基本構造を認め得ます。そこで、両者は、対象資産の種類によって、使い分けられていて、実際上は、肥育牛のように、リース契約の対象になし得ないものが動産担保融資の対象になっているのだと考えられます。
リース資産についても、その稼働状況をリース業者は知り得るわけですね。
リース事業者は、資産の所有者として、契約内容を様々に工夫し得ますし、また、情報技術の高度化によって、資産の稼働状況などを常に把握することも可能なのですから、リース事業は、事業者の収益性を高め、同時に利用者の利便性を改善し得る可能性をもつものとして、金融の成長分野であって、より正確にいえば、金融を非金融化することで、金融機能に革新をもたらすものなのです。
実際に、例えば、空運産業への低価格の新規参入業者が著しく増加したのは、航空機リースの利用によって、初期投資額が小さくなったからであって、このように、新規参入の増加によって競争が促され、産業の成長発展につながることは、他の分野にもみられていて、ここにリース事業の大きな貢献があるわけです。
リース事業と動産担保融資とが構造的に同一なら、動産担保融資にも、同様の成長可能性があるのでしょうか。
動産担保融資は、リース事業の対象になり得ない案件を対象にするものだとしたら、リース事業の高度化によって、リース対象資産が拡大していけば、動産担保融資に固有の領域は縮小していくようですが、他方では、牛の肥育経営が典型であるように、農林水産業には、時間をかけた熟成が付加価値を増殖させる分野も多いので、動産担保融資の新たな対象資産が創出されてくるのでしょう。
・投資対象でないものを投資対象にする技法(2022.3.31掲載)
アートは、歴史的な信用基盤があるわけでもなく、キャッシュフローを生まない動産ですが、投資対象に構成する技法について論じています。
・とかち酒文化再現プロジェクト(2012.9.13掲載)
産業金融の王道の見本として、帯広信用金庫の活動を例に、信用金庫が果たす地域社会への役割について論じています。
・なぜ信用金庫には顧客の顔が見えるのか(2021.2.18掲載)
地域社会との協同組織としての信用金庫が地域と自身の明るい未来をひらくために、「銀行には見えないものを見て、銀行には融資できない先に融資する」という創業の原点に立ち返ることの重要性について論じています。
(文責:翁)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。