昨年の11月20日に成立した改正法の「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」は、第2条で、「金融サービスの提供等に係る業務を行う者」が負う義務として、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」と規定しています。
ここで極めて重要なのは、この誠実公正義務が適用される金融サービスの提供者には、全ての金融機関のみならず、貸金業者や企業年金などの極めて広範囲なものが含まれることと、「顧客等の最善の利益」が非常に深い意味をもつことです。
衆議院での審議過程で、前原誠司議員が鋭い質問をしていますね。
6月7日の衆議院の財務金融委員会において、前原議員は、秀逸な質問をしています。まずは金融サービス提供者側の視点において、法律が「顧客にとって最もふさわしい商品、サービスの提供となるよう業務運営を行うこと」を要求しているとして、「このような業務運営の在り方は、金融事業者や企業年金関係者にとっては一律ではなく、まさに企業の業態やビジネスモデルによって異なる」と指摘したのです。
次いで、金融監督の視点において、「各事業者のそれぞれの顧客等の最善の利益を、業態やビジネスモデルが違うのにどうやって把握するのか、そしてまた、何をもって顧客等の最善の利益の追求という義務を果たしていると判断するのか」と、今後の金融行政の課題について、真正面から突いたのです。
これに対して、鈴木俊一金融担当大臣は、「金融事業者それぞれにおいて、顧客の最善の利益を勘案した業務運営を行うためには、その提供する業務の内容でありますとか、顧客とのコミュニケーションに基づき把握した顧客の属性、意向等に対して、何が顧客のためになるのかを適切に検討する必要がある」として、「顧客の最善の利益の考え方について、金融事業者等の間で認識を共有してまいりたいと思っております」と回答しています。
そのうえで、顧客の利益の視点における質問になるわけですね。
前原議員は、金融商品の販売を例にあげて、「どういう判断に基づいて顧客等の最善の利益を勘案するというところの判断基準になるんでしょうか」と質問し、鈴木大臣は、顧客属性は多様であるとして、「それは運用業者におきまして、十分相手を見ながら、勧めるべき商品等についてもよくよく顧客本位の立場に立ってしっかりと対応していく、そういうことが求められているのではないか、そういうふうに理解をしております」と答弁しています。
前原議員は、「監督当局は、ですから、どのようにそれを継続的に判断していくのかといったことをお伺いしています」と攻めたのですが、鈴木大臣は、「しっかりこれはモニタリングを常にしていきたいと思っております」とかわし、前原議員は、「監督官庁、金融庁自身が経験則を積み重ねながら、そういったことがしっかりとフォローアップできるように御努力をいただきたいなと思います」と念を押したわけです。
次いで、前原議員が一番疑問に思ったことですか。
前原議員は、「私、この法案を金融庁から説明をもらったときに一番疑問に思ったのが、要は、顧客が希望する資産形成の方法と、金融サービス提供者が専門的な観点から最適解と導いた資産形成の方法との間に乖離とか相違、ギャップがあることも十分考えられる」ことだと述べています。
これに対して、鈴木大臣は、法律の主旨として、「金融サービスの提供に当たりまして、顧客等の属性、目的やサービスの特性等を踏まえ、自ら提供できる金融サービスの中からその顧客等に最も適したサービスを提供できるよう業務を遂行することを求めるもの」だとし、大いに注目すべきことに、「金融事業者は、顧客が希望する商品、サービスであったとしても、必ず提供しなければならないというわけではなく」と応じたのです。
「売らぬも親切」ですか。
鈴木大臣は、続けて、「中には、極めてリスクが高いけれどもリターンが大きいので、どうしてもこの商品を欲しいという方があったとしても、そこはしっかりとした金融業者として最も最善を尽くしていく、顧客等の最善の利益を勘案するという観点から、それは売らないといいますか、そういうこともすべきだ、することができる、そういうふうになっております」と述べています。
前原議員は、「今大臣がおっしゃったハイリスク・ハイリターンのものもあるし、ハイリスクの方になれば損をするということもありますけれども、それは個人の責任ではなくて、そういうものについて、サービス提供者は予見できるものであれば販売しないということを今御答弁されたということでよろしいんですか」と確認したのに対し、鈴木大臣は、「そのように答弁いたしました」と答えています。
前原議員は、「買いたいものを売らないということもなかなかのものだと思うんですけれども、そういったところまで踏み込んで説明責任を負うんだ、それが今回法改正による義務なんだということで理解してよろしいですね」と念を押して、次の質問に移るわけです。
誠実公正義務違反の罰則がない点ですね。
前原議員は、「顧客への最善の利益を勘案されなかったと認定された場合、監督上の指導や行政上の措置を講ずるだけであって、罰則は設けられていませんよね、今回。これはなぜ罰則が設けられていないんですか」と質問し、鈴木大臣は、「罰則ではございませんが、行政対応をするということで、いわゆる徴求、報告を求めるとかそういうことはできるということになっております」と回答しています。
続けて、前原議員は、「外貨建て一時払い保険とか、ファンドラップとか、仕組み債とか、毎月分配型投信といったサービスの提供では、一部不適切な販売が行われて問題になっているということが指摘をされているわけであります。では、今回の法律案で、これまでとは何が異なって、どのように顧客本位の業務運営が担保されていると考えるのか。そして、今回の法改正で、今まであった不適切な販売、先ほど申し上げた外貨建て一時払い保険とか仕組み債とか、こういった問題点はなくなるというふうに言い切れるかどうか」と迫っています。
鈴木大臣は、「この法律では、これまで金融事業者に促してきた顧客本位の最善の利益を図る取組について、法令上の義務とするとともに、企業年金関係者もその対象に加えることとし、金融事業者に不適切で悪質な業務運営が認められる場合には、必要な行政処分を行うことができることとすることで、金融事業者等の取組の一層の定着、底上げを図っていきたいと考えております」と答弁したのでした。
前原議員は更に攻めますね。
前原議員が「金融事業者の手数料収入優先の営業というものはなくなるということでよろしいんですか」と問えば、鈴木大臣は、「顧客本位の対応ということでありますから、そういうものは改善されていく、そういうふうに思います」と答え、前原議員は、「しっかり、こういったものは根絶をしていくということで、取組をしていただきたいと思います」と締め括っています。
最後に、前原議員は、「買いたいと言っても売らない場合がある、こういう御答弁でしたよね」として、「やはり、こういう金融商品というのは、素人が手を出して、結局損をして、例えば、借金してそれをやっていて、更に借金が増えていくということになると、本当に悲惨な状況になるわけですね。そして、家庭にも大きな影響を及ぼし、あるいは自ら命を絶つというケースも多々あるわけですよね。そういうものを生じさせないということが第一義的に来なきゃいけないですし、そういう意味では、法律で義務づけするというのは消費者保護の観点なんだということ、これが徹底されるということが私は一番大事なことだと思いますが、消費者保護の観点から義務を法定化するんだということをもう一度しっかりと御答弁いただけませんか」と迫ったわけです。
鈴木大臣は、「先生と同じ認識でおります」と断言したのでした。
・前原誠司議員が鋭く突いた「顧客等の最善の利益」の意味(2023.12.21掲載)
金商法等改正法の要点解説シリーズの起点です。
・なぜ信用金庫には顧客の顔が見えるのか(2021.2.18掲載)
信用金庫は顧客との間に情報の対称性があり、全面的に融資先の進展発展を理解しながら融資の可否を判断している特徴から、顧客本位の本質の実践をしています。「貸さぬも親切」を例に信用金庫ならではのビジネスモデルを説明しています。
・顧客満足に反してこその金融(2017.1.19掲載)
金融機関は、顧客の真の利益を考えると、表面的に顧客満足が高いものでも、専門家として顧客の要望に反する判断が必要な場合があります。カジノの存在を例にして顧客本位について解説しています。
(文責:ティ)
ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。