投機の技と投資の巧拙とは異なる方法で評価されるにしても

投機の技と投資の巧拙とは異なる方法で評価されるにしても

森本紀行
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意図的に資金異動をして儲けようとするのは投機だとしても、正統な投資においても、意図せざる資金異動は投資の成果に大きな影響を与えるのです。
 
 投資をすれば、その成果を計測しなくてはなりません。このとき、誰しも知るように、投資成果に決定的な影響を与えるのは、資金の投入の時期と金額、および資金の回収の時期と金額であって、この資金異動は、多くの場合、投資対象の選択よりも大きな影響を与えるのです。
 そこで、二つの極端な考え方があって、一方では、資金異動の影響を小さくするように工夫すべきだとされ、他方では、上手に資金異動させればよいとされます。世の常識としては、前者が投資と呼ばれ、後者は投機といわれています。つまり、投資とは、資金異動の影響を排除して、投資対象の選択に集中することだとされているわけです。しかし、投資を投資対象の選択に純化しようとしても、資金異動の影響は、いかに工夫するにしても、完全には排除され得ないのです。
 
どうすれば、資金異動の影響を小さくできるのでしょうか。
 
 金融庁が最重点施策として掲げる国民の安定的な資産形成は、具体的には、長期にわたる就労期間中の長期積立投資を意味していて、金融庁の想定では、形成された資産は、就労期間終了後に、公的年金を補完して、豊かな老後生活を送るための原資として、計画的に取り崩されるわけです。
 この資産形成においては、投資対象として選択されるものが何であれ、価格が変動するなかで、高い価格においても、低い価格においても、同額の小さな金額が継続的に投資されるので、取得価格の平均化が生じて、資産形成の長期的な投資成果は、投資対象資産そのものの収益率に接近するはずです。つまり、こうした同一金額の長期積立では、資金異動の影響は、完全ではないまでも、概ね排除されるのです。
 
そもそも、どのようにして、投資成果を計測するのでしょうか。
 
 投資においては、初期投資、追加投資、一部回収というように、資金の流出入が生じるのが普通ですが、全ての資金の流出入の金額と時期、および計測基準日における投資資産の時価総額は、事実として把握されるので、それらを用いて収益率を算出できます。これを内部収益率internal rate of returnIRR)といいます。
 簡単な例で説明しましょう。100を初期投資し、1年後に100を追加投資して、それらが5%の収益率を実現したとします。最初の100は5%の2年間の複利で110.25になり、次の100は105になりますから、計215.25になります。この計算を逆転させて、100の初期投資がなされ、1年後に100の追加投資がなされて、評価基準日において、時価が215.25になっているという事実からは、三つの数値を均衡させる収益率として、5%を計算できます。このように、既知の数値を内部的に均衡させる収益率なので、内部収益率と呼ばれるわけです。
 当然のことながら、最初の100と次の100とは、実際には、全く異なった収益率によって、215.25の合計時価に到達しているので、内部収益率は、各投資資金の実際の収益率の平均値という意味をもちます。しかも、単なる平均ではなくて、投資金額の加重のかかった平均となりますから、内部収益率は金額加重収益率とも呼ばれます。
 
その計算方法だと、内部収益率は資金異動によって大きく左右されますね。
 
 投資対象の資産の価格は常に変動していますから、資金異動の生じる時期によって、内部収益率で測定される投資の成果は、資産自体の収益率とは大きく異なったものになります。しかも、金額の加重がかかるので、資産価格の低いときに大きな金額が投資されれば、内部収益率は高くなり、逆に、資産価格の高いときに大きな金額が投資されれば、内部収益率は低くなるわけです。
 また、投資の回収による資金の流出は、負の追加投資とみなせますから、効果が逆にでて、資産価格の高いときに大きな金額が流出すれば、内部収益率は高くなり、資産価格の低いときに大きな金額が流出すれば、内部収益率は低くなります。
 
問題は、資金異動の生じる理由ですね。
 
 投機とは、内部収益率を高くするように、意図的に資金異動を生じさせることで、投資とは、内部収益率が投資対象自体の収益率に近づくように、資金異動の工夫をすることです。初期投資だけで、その後の資金異動がなければ、内部収益率は投資対象自体の収益率に一致しますが、実際には、様々な理由で、資金異動は発生してしまうので、その影響を排除する工夫が必要なのです。そして、その工夫の代表例が同一金額の長期積立投資だということです。
 
どのようにして投資対象の選択の効果を測定するのでしょうか。
 
 意図的な投機の効果は、内部収益率で測定できますが、投資を投資対象の選択の問題だとするときには、その投資の効果は、内部収益率では測定できませんから、替わりに、時間加重収益率が用いられます。時間加重という言葉には特に意味はなく、内部収益率が資金異動の影響を受ける金額加重収益率であるのに対して、資金異動の影響を排除して計測される収益率だと理解しておけばいいでしょう。
 時間加重収益率を測定するためには、資金異動が生じたときの投資資産の時価を評価する必要があります。そして、追加投資のなされたときには、そのときの資産時価から追加投資金額を控除し、逆に、資金回収されたときは、資産時価に回収金額を加えたうえで、資産時価の伸び率を計測すれば、資金異動の影響の排除された時間加重収益率が得られるのです。
 
投資成果を時間加重収益率で測定し、それと市場指数を比較すれば、投資の巧拙がわかるわけですか。
 
 例えば、株式投資においては、銘柄選択の巧拙は、実際の投資成果を時間加重収益率で測定し、それを市場指数と比較することで、判定できます。市場指数とは、色々な種類の投資対象について、それぞれの資産の平均的な収益率を指数化したものです。株式の場合は、平均株価の動きに配当収益を加味して、様々な市場指数が作成されていますから、株式投資の方法に応じて、適応なものを選べばいいのです。
 
投資運用業者は、時間加重収益率によって、評価されるわけですね。
 
 投資信託の基準価額の推移は、基本的には、時間加重収益率です。ただし、正確にいえば、分配金が支払われると、その分、基準価額が下がるので、その調整は必要です。投資信託の評価において、基準価額の推移をもとにして、市場指数との比較が行われているのは、実は、投資運用業者の運用能力を時間加重収益率で評価するためなのです。
 投資運用業者の評価には、投資信託だけではなく、企業年金の資産運用なども含めて、必ず時間加重収益率が用いられます。これは、当然のことで、投資運用業者の立場からいえば、顧客の意思決定のもとで発生する資金異動は管理対象外のことなので、自分の能力評価においては、その影響は完全に排除されるべきだからです。
 
投資家自身の運用能力も、時間加重収益率で評価されるべきでしょうか。
 
 論点は、資金異動が意図的なものかどうかです。意図的に資金異動を行う投機については、投機家の能力は金額加重収益率で測定されるべきですし、逆に、投資運用業者のように、資金異動の決定に全く関与できない場合は、時間加重収益率で評価されるべきです。また、長期積立投資は、資金異動に投資家の意図を介在させないようにして、金額加重収益率と時間加重収益率を一致させようとする試みです。
 さて、問題は、投資の意図として資金異動を行うのではなくても、様々に異なる事情のもとで資金異動が生じてしまうときに、結果的に金額加重収益率が時間加重収益率を下回る可能性です。例えば、豊かな老後生活のための資産形成についても、形成中は、長期積立投資で資金異動の影響を排除できるにしても、老後生活が始まった後の取り崩しにおいては、一時的な資金需要等によって、不利な条件のもとで、資金流出の生じることがあるはずです。
 
投機ではない資金異動の影響について、金額加重収益率による評価が必要でしょうか。
 
 投資の意図が評価されるべきだというのは正しいとしても、投資の意図でないことの影響は評価されなくてもいいとはなりません。資金異動は、必ず様々な事情のもとで生じるのですから、その影響を金額加重収益率で評価してみることも重要でしょう。
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(文責:広瀬)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。