20120308 東京電力の経営の独立と資金調達 原子力損害賠償とも絡むことですが、東京電力が直面する最大の困難は、資金調達ですね。なにしろ、現状では、社債の発行はできないし、銀行にとって簡単に融資できる経営状況にもない。一方で、電気事業の継続には巨額な資金調達が不可欠なのだから、これは困ってしまいますね。 東京電力問題(2011)
20120301 東京電力の不徳のいたすところか 最近の論考は、政府の不徳を訴訟によって糺す、というような激しい勢いですが、今回は、東京電力の不徳ですか。確かに、東京電力に対する世の風当たりは、苛烈ですよね。ここまで、いわれなき理不尽な攻撃を受けるのも、不徳のいたすところか。 東京電力問題(2011)
20120223 東京電力の無過失無限責任と社会的公正 「原子力損害の賠償に関する法律」が定める無過失責任と無限責任というのは、過失責任の原則に対する例外規定で、原子力事業者に非常に重い責任を課すものですが、いざ実際に東京電力に適用されてみると、哲学的に深く考えさせられるところがでてきますね。 東京電力問題(2011)
20120216 東京電力の責任よりも先に政府の責任を問うべきだ 政府責任を先に問うというのは、再び、免責論への回帰でしょうか。最近の論考の主張は、東京電力に賠償責任があることを前提にしたうえで、政府と東京電力との間の責任の配分論に移行していたはずですが、また議論の前提を覆そうということでしょうか。 東京電力問題(2011)
20120209 政府の第一義的責任のなかでの東京電力の責任 原子力損害賠償責任について、政府は、東京電力に第一義的責任がある、といっていますが、それは法律適用の形式の問題で、実質的には、政府こそが第一義的責任を負うべきである、これが前回の論考の主張でした。その前提で、東京電力が負うべき責任の範囲を明らかにしようというのが、今回の趣旨ですね。 東京電力問題(2011)
20120202 東京電力の責任が政府の責任より大きいはずはないのだ 昨年の4月から今日まで、東京電力の原子力損害賠償責任について書きに書きに書きに書いて33編、厖大な文字を費やしての結論を、ぐっと凝縮して一言、東京電力の責任が政府の責任より大きいはずはないのだ、これですね。 東京電力問題(2011)
20120126 東京電力の株式の価値 このところ、東京電力免責論を改めて展開していますが、今回の趣旨は、東京電力が原子力損害賠償責任を負うという政府の規定路線を前提にしたうえでの議論ですね。しかし、その場合には、東京電力の株式に価値はほとんどない、というのが、これまでの主張ではなかったですか。 東京電力問題(2011)
20120119 東京電力を免責にすると国民負担は増えるのか 東京電力の原子力損害賠償問題のあり方について、政府は、国民に対して、国民負担の極小化という基準による政策選択を約束しています。政府が東京電力の免責を否定する根拠について、前回の論考は法律的側面を問題としたのですが、今回は国民負担という見地から経済的側面を検討しようということですね。 東京電力問題(2011)
20120112 東京電力免責論の誤解を解く 東京電力の免責を主張することは、様々な誤解を受けやすいようです。なにしろ、著しく政治的な色彩の濃い問題になってしまって、本来の原子力損害賠償のあり方はどうであったのかについて、誰も冷静な議論ができなくなっているのですから。故に、少しくどいのかもしれませんが、念のために、免責を主張する真の理由を、背景も含めて詳しく解説してください。 東京電力問題(2011)
20120105 東京電力の免責を否定した政治の力と法の正義 新年早々、またまた東京電力ですか。前回の論考で、東京電力問題は終わった、としていたはずですし、免責問題も、東京電力が「原子力損害の賠償に関する法律」第十六条に基づく支援要請を政府にした段階で、けりがついているはずですが。 東京電力問題(2011)