20171102 金融なぞ所詮は虚業なのだから 融資を受ければ、利息の支払いという負の価値が生まれます。その負の価値が金融の実態です。融資を受けた企業は資金を事業に投下して正の価値を生み、その正の価値が金融の負の価値を上回るからこそ、金融は成立するにすぎません。実業の影にあるものとして、虚業といわれる所以です。さて、金融は、所詮は虚業ならば、極力目立たないように心掛け、必要最小限の役回りに徹するべきではないか。 金融の脱構築
20171026 金融のフィデューシャリーを目指す働き方改革 フィデューシャリーは、英米法の専門家だけが知る特殊な言葉だったのですが、三年前に金融庁の施策を表現するものとして採用されたことから、今では金融界で知らぬもののない流行語になりました。これは専らに顧客の利益のために働く人を意味していて、弁護士や医師を思い浮かべればいいのですが、それだけに、金融機関に働く人をフィデューシャリーと呼ぶことの違和感は強烈です。強烈な違和感をもって有名となったフィデューシャリー、さて、金融行政の狙いは何か。 働き方改革
20171019 金融のプロフェッショナルを目指す働き方改革 金融庁がいう顧客本位を徹底していくと、金融機関本位が消滅して、金融機関に働くプロフェッショナル本位が現れてきます。なぜなら、金融とは、顧客と、顧客を担当する金融のプロフェッショナルとの間に、共通価値を創造することだからです。そこに創造された価値は、結果的に金融機関の利益となるのです。金融機関は、ついに、主役の地位を顧客とプロフェッショナルに譲り渡す、これが顧客本位の本質です。 働き方改革
20171012 金融における顧客本位な働き方改革 金融庁は、金融機関に対して顧客本位な業務運営を求めているのですが、顧客本位は、金融機関本位の否定として、金融機関に働く人本位をも意味するのではないでしょうか。顧客本位のもとで、顧客の利益のために働くことは、金融機関のなかで自立した立場を確保するのでなければ、貫徹し得ないと考えられるからです。これぞ真の働き方改革ですが、さて、いかにして可能なのか。 働き方改革
20171005 金融機関が顧客に質問するのは愚行である 少しまとまった預金があるとして、銀行員から使途の有無を聞かれて、まともに答える人はいません。決まった使途がないといえば、どうせ、外貨預金だの、投資信託だの、保険だのと売りつけられるに決まっているからです。金融の営業では、顧客本位の名のもとに、顧客の意向の確認が重視されるのですが、下手に問うことは、問う動機を暴露して警戒させるだけです。では、上手に問うとは、どういうことか。 金融の脱構築
20170928 金融の営業では、お金を語るな、夢を語れ 融資は、お金の話ではなくて、資金使途である実業の話です。住宅ローンは、お金の話ではなくて、住むことの必要性を充足するための一つの選択肢の話です。ゼロ金利のときに、預金は、お金を貯めるものではなくて、決済手段であり、金庫替りです。生命保険は、お金ではなくて、生活保障です。損害保険は、お金ではなくて、失われたものの填補です。故に、金融の営業で、お金の話をするなかれ。 金融の脱構築
20170921 金融における不毛なソンタクを豊饒な対話に転換するために 金融界は重篤なソンタク病に侵されています。顧客は金融機関の意向をソンタクし、金融機関は金融庁の意向をソンタクします。そこで、病魔克服のために、金融庁は、金融機関との対話を目指し、金融機関には顧客との対話を求めています。では、ソンタクを廃して、対話を可能にする条件とは何か。 金融行政方針
20170914 金融機関が顧客に質問して正しい答えを得る方法について 顧客からの質問に対して商人が正しく答えないと、商業はなりたちませんが、逆に、商人が顧客に質問をしたとしても、顧客には質問に答える理由など全くないのです。今、金融界では、顧客本位の徹底の名のもとに、顧客の欲しいものを聞きだして、それに適切に応えようとする動きがありますが、顧客からまともな回答を得られると思っているところで、既に、勘違いがあるようです。 フィデューシャリー・デューティー
20170907 銀行に本当のことを話す顧客はいない 銀行から融資を受けている中小企業の社長は、個人として債務の保証人になっているので、万が一に備えて自分の財産を隠しておく誘因をもちます。その社長のところに同じ銀行の営業が個人財産の運用の提案に行っても、本当のことを聞き出せるとは到底思えません。ある程度の資産をもつ人は銀行を複数に分けていることが多く、その顧客の預金総額がいくらか、そのうちの一つの銀行は知り得ません。さて、このようなことで、銀行は真の顧客本位を実現できるのか。 金融の脱構築
20170831 無価値な銀行において銀行員が価値を生むために 商人とは、顧客の求めに応えるものです。これは、商業の定義そのものであって、銀行業も例外ではないはずです。経済は需要優先ですから、商業の発展は、顧客が求めるものが高度化するにつれ、それに応える供給側の商人の創意工夫を誘発することで、実現されてきたのです。ならば、銀行の未来は、顧客の視点で創意工夫が生まれてくるように、組織の仕組みを改めることにかかってくるのではないか。 金融の脱構築