規制の虜(レギュラトリーキャプチャー/Regulatory Capture)

2017/12/21更新
金融を例にとると、金融庁が金融機関の行為を規制し、その業務運営を監督しなければならないのは、金融機関を利用する国民の利益を守るためである。しかし、規制当局として、直接に国民に接することができず、金融機関だけを相手にするほかないため、顧客を支配して情報の優位を確立している金融機関の側に誘導されて、意図せずして、顧客の利益よりも金融機関の利益を守る方向に行動してしまう危険がある。これが規制の虜である。規制には、規制遵守の反対効果として、規制を遵守してさえいれば金融機関の特権的地位が保護されてしまうという強い副作用があり、その副作用が勝ってしまう事態が、規制の虜なのである。また、法体系が業態別になっていて、金融庁の構造も、法体系の構造を映して業態別に構成されていることも、規制の虜の重要な要因をなしている。各金融業態と担当する金融庁の部署との間で改革を検討するなかでは、特権として確保された各業態の機能を前提にしてしまい、意図せずして既得権が保護されてしまうことになりかねない。規制の虜を回避するためには、法体系と金融庁組織を機能別に再編し、金融の全業態を横断的に、また金融の外からの新規参入の可能性も含めて、国民と産業界の利益の視点で、制度の設計と規制のあり方を検討する必要がある。

2017/06/27更新
「規制の虜」即ち、被規制側が優越的な力を持つことによって、規制側と被規制側に力の逆転関係がおこり、規制の実効性が失われる危険性のこと。従来型の規制手法を支持する人は「当局が銀行と対話をすればregulatory captureのリスクが高まる」と主張する。金融庁は「動的監督」により、静的な金融規制を、金融機関との動的な対話で補い金融行政の目的を実現すると宣言している。金融システムの安定と経済成長という二つの目的を目指す上で、金融機関と顧客との間の共通の価値が実現している限り、金融行政は適切に機能しており、それが、金融機関と金融庁との対話によって実現しているとしても、そこに、regulatory captureのリスクを問題とすべき余地はない。

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