2010/06/09開催 HC資産運用セミナーvol.030 セミナーレポート

HCセミナー
※当日配布資料をPDFでダウンロードすることが可能です。

今回のセミナーには、総勢34名の方々にご参加頂き、誠にありがとうございました。

◆セミナーのまとめ◆

◆金融の社会的機能
社会から需要される資金を供給することが、金融の社会的機能です。金融は産業の「裏方」に過ぎません。金融収益は、産業全体の利益の内数でしか、あり得ないのではないでしょうか。金融全体の収益は、長期的には、全世界の名目GDPの成長率を超え得ないのではないでしょうか。逆にいって、そもそも、機関投資家の資産運用の目標として、名目GDPの成長率以上を追求すべきでしょうか。

◆金融の社会的機能としての投資と融資
投資と融資が一緒になって、産業金融の社会的機能を果たしています(投融資という言葉があります)。伝統的な融資は銀行等の機能ですが、投資は資産運用の業界の機能です。

◆投資の機能と不確実性
銀行等の機能は、資金決済や運転資金のような短期的資金の供給を中心とし、投資は、設備投資などの長期的資金需要を対象としています。ですから、投資には、融資に比べて、より多くの将来にかかわる不確実性が伴うのです。逆にいえば、銀行機能を純化させる中で、銀行等が負い得ない不確実性が、投資の世界に移転してきているのです。その不確実性を引き受けることが、投資の機能です。

◆日本の特色
日本では、英米に比較して、銀行の機能が著しく大きく、長期資金需要も広く取り込んでいます。逆にいえば、投資の機能が小さくなっています。具体的には、社債や非公開株の市場が、英米に比較して、極端に小さくなっています。このことは、必ずしも「日本の金融の後進性」ではありません。世界的に統一された銀行資本規制の枠の中でも、各国固有の歴史と事情に応じた金融制度を設計する自由度は、きちんと確保できるはずなのですから。

◆投資の収益率
金融全体の収益率に融資を含むことを考慮すれば、投資を狭く考えた場合においては、その収益率は、ある程度は高くなり得ると考えられます。資本市場全体に、構造的な「レバレッジ」がかかっているようなものです。

◆バブルの問題
バブルとは、産業の実需要を超えた、もしくは存在し得ない需要に基づいた、資金需要のことだと思われます。要は、社会的な基盤がない資金需要です。このようなところからは、損失はあり得ても、投資収益はあり得ないようです。

◆投資と投機
社会的機能に裏打ちされている限り、投資の利益は、他人の損失の上に形成される利益ではあり得ません。投資収益は、社会全体の付加価値の創出の一部であるはずです。また、投資に伴う不確実性については、合理的な管理可能性がなくてはなりません。この二つの条件が、投資を、投機から一線を画するものにするのです。

◆許容できる「リスク(損失の可能性)」
一見、融資先にはなりえないような貧困層でも、社会的に必要な資金使途であり、かつ日常的債務者管理ができれば、充分に商業的な融資対象になり得ることを、マイクロファイナンスの事例は証明しています。リスクは、社会的必要度が高ければ高いほど、小さくなり得るのかもしれません。インフラストラクチャ投資も、同様の考えに立脚しているようにみえます。

◆投資の「適格性」
投資が、適格な投資であるためには、投機ではない、というだけでは、十分でありません。「適格性」は、もう少し狭く具体的に考えられるべきでしょう。それは、合理的な投資判断(より確からしいものに基づく判断)が可能である領域にとどまるべきだという保守主義の原則であり、理性の限界をわきまえた投資、ということだと思われます。

◆判断の合理性
価値判断に基づく投資は認められても、単なる価格予想に基づく投資は認めがたい。また、合理的に長期は展望できても、短期的な事象の予測できない、などです。

◆金融の社会的機能という側面からの「オルタナティブ」の選別
いわゆるヘッジファンドといわれるものの全てが、適格な投資対象とは限らないでしょう。同様に、プライベートエクイティや、アセット・ファイナンスから生まれるリアル・アセットについても、金融の社会的機能という側面からの選別は必要なのでしょう。


次回、2010年 第7回HC資産運用セミナーは『実物資産への投資の意義と方法』です。
是非とも皆様のご参加をお待ちしております。

なお、本セミナーで実施致しました「セミナーテーマに関するアンケート」の結果に関しましては、
「HCセミナー・アンケートレポート」にて公表予定です。