再び、プライベートエクイティなるものについて

森本紀行
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ある会社が、事業再編の一環として、子会社の一つを売却する場合、その子会社株式を譲り受けることがプライベートエクイティの投資機会を作るのだが、企業金融の働きに着目すれば、これは売却側の企業の資金調達なのである、確か、そういう論点で前回は終わったのでしたね。

 プライベートエクイティ投資というと、普通は、出資先の企業への資金の供給が目的であるように思われます。しかし、子会社の譲り受けのような場合は、当該子会社へ資金が供給されるわけではありません。資金は、売却した企業のほうに入るのです。
 このことを通じて私が主張したいのは、プライベートエクイティというのが、投資対象の議論である以前に、企業金融の一つの社会的機能であるということなのです。しかも、常態におけるものではなくて、起業、事業再編、破綻と再生というような、通常の融資等の仕組みでは柔軟に対応できない状況における企業金融の機能だ、ということなのです。
 そういう意味を籠めて、前回は、プライベートエクイティを仮に定義して、「特殊な状況において、私的な関係性の中で提供される資金供与の柔軟な形態」としておいたのです。


その定義の中で、私的な関係性という意味のプライベートはわかるのですが、エクイティのほうは、どこへ行ってしまったのでしょうか。

 エクイティは、柔軟な形態というところに現れているのです。重要な点は、特殊な状況というところにあるのです。より具体的にいうと、特殊な状況というのは、時間が読めない状況、あるいは時間の不確実性を許容できない状況なのです。
 このことは、起業に一番典型的に現れるのです。起業の成功までの時間は、全くもって読めません。だから、エクイティの形態で資金供給を行うほかないのです。これが、ベンチャーキャピタルの機能です。
 詳しくいうと、融資のような形態であれば、必ず有期であり、しかも利息もきちんと払われなければならない。期限を切られた資金が起業になじまないのは、自明でしょう。創業期の事業キャッシュフローが不安定な中では、利払いも難しい。だからエクイティなのです。エクイティというのは、いわば、出世払いのような最も柔軟な資金の供給形態だ、ということです。
 ですから、柔軟性さえ確保できれば、エクイティである必要はない、劣後融資のようなものでもいい。そこで、エクイティでないプライベートエクイティがあっても、一向に差し支えないのです。その意味で、プライベートエクイティとは、単なる非(未)公開株式ということではなくて、企業金融の一つの理念なのだ、と、そういうことになるのです。


話を元に戻して、子会社の売却の例ですが、これが、どうして時間の読めない状況における企業金融になるのでしょうか。

 企業経営における事業再編の意思決定は、既になされた、そのような状況を想定しているのではないのですか。そうでなければ、子会社の売却は行われない、そうでしょう。
 当該子会社が売却対象になったということは、経営が、中核事業として認定しなかったということ、撤退すべき事業と認定したということでしょう。ここまでは当然ですが、次の問題は時間です。
 事業再編は、中核事業への資源の集中を目的にしているのです。資源の集中です。だから、撤退すべき事業には、経営資源は投入できないはずです。つまり撤退に時間をかけることは許されないということです。
 この子会社の事業価値を客観的に評価したとき、100億円程度に見積もられるとしましょう。しかし、売却は相手あってのことです。時間をかけて、じっくりと売却先を探せば、100億円以上で売ることも可能かもしれません。しかし、そのような時間をかけること、経営のコストをかけることは、この企業再編という局面で、許されるでしょうか。
 そのような時間をかけることは、結局は、撤退しないのと同じことです。しかも、その間、事業価値を高めるような努力は、もちろん、払われ得ない。しかも、こういう不安定な状況の下で、子会社の経営陣や従業員に対して、意欲を維持するよう求めることはできないでしょう。多くの場合、事業価値は低下に向かうのが関の山です。
 もう一つ重要な論点は、100億円という売却代金の回収です。当然のことですが、この資金、事業再編計画の中に、資金源として織り込まれているはずです。その資金回収の時間的目処が立たなくては、経営計画に支障をきたします。
 だからプライベートエクイティの利用です。プライベートエクイティのファンドは、こういう状況下で、売り手に、時間の節約と確定という大きな価値を提供することができるのです。ただし、価値に対しては、対価を要求する。それがプライベートエクイティの収益源泉です。


要は、プライベートエクイティの運用者は、事業価値よりも低い値段で、その子会社の株式を取得できるということですね。

 100億円という事業価値は承知の上でも、時間の不確実性を取り除き、経営コストを削減できるならば、例えば、三割安い水準の70億円で売却したとしても、十分に合理的な経営行動になるはずです。
 しかも、この70億円は、一定時間内に確実に入手できるものです。だから、経営計画の中に予測可能性をもって、きちんと組み込むことができるのです。このことの利益は、事業再編を急ぐ企業にとって、とても大きいと思います。


つまり、企業再編を急ぐ企業に対して、時間という利益を供与することで、その利益がプライベートエクイティの側の収益として転化してくる、これが、プライベートエクイティの投資価値である、そういうことですね。

 そうなのです。そう考えると、プライベートエクイティの運用者に求められる役割期待というものも、はっきりしてくるのではないでしょうか。要は、取得した子会社の事業価値を維持しながら、適切な買い手を捜すということでしょう。
 ここで注意すべきは、価値を維持しながら、ということと、買い手を捜すのに要する時間、この二つの問題でしょう。
 プライベートエクイティの世界では、バリューアップ(価値の増大 value-up)といいますが、実業の専門家ではないプライベートエクイティの運用者にできることには、限界があります。経営者の意欲を高めるような報酬制度の設計など、運用者のそれぞれが、冷静に自己の能力をわきまえて、経営者を支援するような黒子の役割に徹し、とにかく事業価値を維持することが、重要なのでしょう。
 また、時間と売却価格との関係も、よく知られた論点です。投資採算をはじくのに使われる内部収益率の計算方法ですと、価格を二倍にすることと、時間を半分にすることは、同じ効果をもちます。理想的には、時間をかけずに、高く売るに越したことはないのですが、状況により、時間と価格との相反を適切に判断することも、運用者の重要な能力だと思います。


しかし、この子会社売却の例を考えていくと、投資銀行などが行う合併買収の仲介業務とどこが違うのか、わからなくなりますね。投資銀行の機能と違うプライベートエクイティの独自の機能とは何でしょうか。

 まさに、そこが決定的に重要な論点なのです。いよいよ話は、核心に迫ってくるのですが、例によって、時間切れではないでしょうか。続きは、次回に譲りましょう。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。