長崎県には、もともと十八銀行と親和銀行という二つの独立した地方銀行がありましたが、現在では、両行とも、ふくおかフィナンシャルグループの傘下にあります。ただし、十八銀行が親和銀行に遅れて傘下に入るに際しては、公正取引委員会が「独占禁止法」に抵触するとの疑義を呈したため、2016年2月に事案が公表されてから、2018年8月の排除措置命令は発せられないとの決定まで、長時間を要しました。
最終的に公正取引委員会が統合を認めた背景にあるのは、両行を独立の放棄に追い込んだ深刻な事業環境です。あからさまな喩えを用いれば、池が縮んでしまって、二匹の魚が棲めなくなったときには、事態を放置して二匹ともに死に至らしめるよりも、池の大きさに適合するように一匹にして、その一匹が確実に生き永らえるようにしたほうがいいわけで、独占の弊害よりも、独占の利益を優先すべき状況があり得るということです。
池が縮んでいるのは、長崎県だけではないですね。
長崎県の事案は、人口減少等で経済全体の規模が縮小に向かう地域においては、地域内の金融機能を維持するために、集中によって効率化を実現するほかないことを示しているのですが、いうまでもなく、これは長崎県固有の問題ではなく、日本の地方全体の問題ですから、同様の事案は今後も続いて起きると想像されるのです。
そこで、先の閣議決定があるわけですか。
今年の6月21日に閣議決定された成長戦略実行計画では、事業の継続可能性に疑義のある地方銀行の存在を前提にしたうえで、「業績悪化により当該銀行が業務改善を求められており」、「当該地域における円滑な金融仲介に支障を及ぼすおそれがある場合に限定して、早期の業務改善のために、マーケットシェアが高くなっても、特例的に経営統合が認められるようにする」とされています。
具体的な制度の概要は、「経営統合を行おうとする金融機関が金融庁に対して、特例法に基づく独占禁止法適用除外の申請を行う。申請があった場合、金融庁は、特例法の以下の要件に該当するかについて確認し、その要件該当性について公正取引委員会に協議を行う」というもので、政府は、10年の時限措置として、2020年の通常国会への特例法案の提出を目指すとのことです。
「業績悪化により当該銀行が業務改善を求められており」とは、どういう状況をいうのでしょうか。
おそらくは、特例法が適用されるためには、早期警戒制度の発動が条件になるのでしょう。早期警戒制度というのは、「銀行法」第ニ十六条に根拠のあるもので、健全性に疑義を生じた銀行に対して、金融庁が業務改善命令を発するものです。健全性のうち自己資本の充実に関しては、同条第二項の規定により数値基準で発動されることになっており、早期是正措置と呼ばれていますが、早期警戒制度というのは、その予防措置との位置づけになっていて、発動基準は金融庁の監督指針で定められています。
実は、金融庁は、この閣議決定の後、6月28日に、その発動基準にかかわる監督指針を改正し、「持続可能な収益性と将来にわたる健全性」という評価基準を導入しています。つまり、銀行の存立可能性が問題にされているわけで、この点に疑義が生じている銀行については、他行との統合しか選択肢が残されていない事態が想定されて、特例法の制定に至ったのだと考えられるのです。
閣議決定でいう「以下の要件」とは、どのような内容でしょうか。
まず、特例法の適用があるのは、「人口減少等で銀行業の基盤が縮小している地域」に限定されています。そのうえで、「申請者の地銀が継続的に、当該事業からの収益で、当該事業のネットワークを持続するための経費等をまかなえないこと」と、「経営統合により相当の経営改善や機能維持が認められること」という要件があげられているのです。つまり、寡占による規模の経済の利益が地域に還元されることをもって、「独占禁止法」の適用除外の要件にしているということです。
構造不況業種指定のようなものですか。
かつて産業界で行われていた構造不況業種指定というのは、需要の後退に対して過剰となった供給能力をもつ業種に対して、行政が積極的に介入して、計画的に供給能力を縮小させて需給の均衡を図るものであって、この計画的に、というところが自由競争に反した業界の協調を意味するので、「独占禁止法」の適用除外が認められたものです。
さて、「独占禁止法」は市場原理による自然な需給の調整を前提にしているはずですから、その適用除外が認められるためには、市場の失敗、即ち、諸般の事由により自由な競争に任せておいても需給の均衡が回復し得ない状況がなくてはなりません。
しかも、過当競争による低価格の定着は、業者の不利益ではあっても、顧客の利益なのですから、競争制限が正当であると認められるためには、市場の失敗だけでは不十分で、更に、供給能力過剰の状態が継続すると、価格低迷により業界全体として赤字操業となり、逆に供給能力の安定的維持に懸念が生じて、最終的に顧客の不利益になり得るという条件も満たされなくてはならないのです。
ところが、現在の市場環境においては、どの業種においても、このような厳しい条件を満たす事態は考え得ないわけですから、構造不況業種指定など遠い昔の話になっていたのですが、ついに、地方銀行の深刻な現況は、古色蒼然たる構造不況業種指定の復活を招来したということなのでしょう。
「独占禁止法」の適用除外によっても、法の主旨からの逸脱は許容され得ないのですから、いかにして寡占の弊害を防止するのかという論点が残るのではないでしょうか。
特例により寡占が認められたことで生じた諸現象について、それらが意図されたものである限り、望ましい効果なのか、望ましくない弊害なのか、明確に区別することは不可能だと考えられますし、区別することの実益も乏しいでしょう。重要なのは、事実として意図された現象が生起することであって、それらの現象の評価ではないのです。
もちろん、現象として価格の上昇が生じた場合には、寡占の弊害として社会的批判の対象になる可能性を排除できませんが、もともと、「独占禁止法」の適用除外が認められた段階で、価格の上昇は暗黙の前提であり、意図されたことなのですから、特例を認める施策そのものが批判の対象とされることは当然としても、施策の意図していない弊害という批判は当たりません。
さて、銀行の地域内寡占においては、価格の上昇として問題になり得る現象は、貸出金利の上昇が優越的地位の濫用とみなされる場合です。しかし、金融庁は、こうした弊害を確実に阻止しなければならない一方で、そもそも、特例を認可する段階で、不毛な過当競争の弊害が是正される過程においては、貸出金利の適正化が生じることも期待するに違いないのですから、結果的に貸出金利が上昇する可能性を想定しているはずです。
貸出金利の適正化とは、どういうことでしょうか
再度確認すれば、「独占禁止法」は市場原理による自然な需給の調整を前提にしているのですから、その適用除外は、銀行規制等の特殊な事情のもとで市場原理が機能せず、過当競争の継続による銀行の体力低下が深刻となって、地域における銀行機能の維持に懸念が生じる場合だけに認められるわけです。
つまり、適用除外が認められる状況においては、貸出金利は、健全に市場原理が機能している状況に比較して、低い水準にとどまっており、故に銀行の収益を圧迫していると考えるほかありません。そして、その金利水準を適正化し、銀行の経営基盤を安定化させて、銀行機能の維持を図ることに適用除外の目的があるのだとしたら、貸出金利は上昇しなくてはならないのです。
しかし、貸出金利の適正化とは、要は、寡占の弊害を正当化するための言葉の遊びではないでしょうか。
あからさまにいって、「独占禁止法」の適用除外は、寡占の弊害を、弊害ではなくて効果だと正当化するものであり、過当競争の果てに淘汰されるべき銀行を、競争制限で救済し、銀行機能の維持を図るものですから、一部の強い反対意見は避け得ないでしょう。実際、特例法が制定されるのは、予想される公正取引委員会の反対を封じるためです。
故に、正当化が単なる言葉の遊びにならないようにすることは、政府および金融庁の国民に対する重大な責務だといわざるを得ないわけです。そこで、具体的に金融庁が統合銀行に求めなければならないこととしては、少なくとも二点を考え得るでしょう。即ち、第一に、徹底した経費削減等の合理化、第二に、適正な貸出金利に見合った融資先顧客に対する適正な関与です。
融資先顧客に対する適正な関与とは、どういうことでしょうか。
特例法の目的は、地方銀行の救済にあるのではなくて、地方銀行が基盤としている地域の経済振興にあるのですから、統合銀行には、その目的にそった地域経済への貢献が求められるはずです。つまり、具体的には、その地域内の融資先企業に対する総合的な支援が求められるのであり、その支援の対価としてのみ、適正な貸出金利が正当化されるわけです。
自分の地域への貢献が求められるということは、他地域への展開は抑制されるべきだということでしょうか。
ある県で特例法により統合された地方銀行があって、その銀行が隣の県へ積極的な進出をすることと、逆に、特例法で寡占が成立した県に、隣の県の地方銀行が積極的に進出してきて不毛な過当競争を復活させることは、明らかに特例法の主旨に反したことです。さて、金融庁として、こうした行為を規制するのでしょうか、それとも地方銀行の経営者の良識に委ねるのでしょうか。
以上
次回更新は、10月10日(木)になります。
2018/01/18掲載「地域金融機関の淘汰の原理と退出の作法」
2017/03/09掲載「これが金融庁のいう顧客本位だ」
2015/01/22掲載「なぜ現にある地方を新たに創生するのだ」
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。