そもそも株式投資とは何だったのか

そもそも株式投資とは何だったのか

森本紀行
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株式投資が金融であるためには、新株を引き受けて、発行体企業へ資金供給を行うことでなければなりませんが、通常の株式投資は、既発の株式を取得することであって、発行体企業には一円も入らないものです。では、金融ではない株式投資とは何なのか。
 
 投資とは、第一に、産業界の事業活動に対して必要な資金を供給すること、即ち金融であり、第二に、産業界の事業活動によって生じる収益の分配を受けること、即ち事業参画ですが、この二つは必ずしも同じことの二面をいうわけではありません。なぜなら、一つの投資対象について、それに投資する投資家は変動していくからです。
 例えば、企業の創業に際して株式を引き受けて資金を投じた投資家は、事業が軌道に乗ったときに、多くの場合、株式を他の投資家に売却して資金回収するわけですから、その後の企業の事業活動から生じる収益の分配を受けるのは、株式を譲り受けた別の投資家になるのです。
 
典型的には、未上場の新興企業への投資と、その企業が上場した後に投資することの違いですね。
 
 株式投資といえば、普通は、上場企業の株式への投資ですから、金融ではなくて、事業参画ですが、金融としての投資、即ち、事業活動への資金供給としての株式投資は、上場前の段階において必ず必要であって、一般にはベンチャー投資と呼ばれていて、普通の株式投資とは異なるものだと理解されています。
 実際、ベンチャー投資には、投資家から資金を募り、それを事業として行うベンチャーキャピタルがある以上は、上場株式への投資とは全く異なる特性があり、故に全く異なる専門性、即ち創業への金融という専門性があると社会的に認知されていて、また他方で、投資家から資金を募り、上場株式への投資を行う投資運用業者も数多くあるのですから、そこには別の専門性、即ち事業参画としての専門性があると考えられているわけです。
 こうして、専門性が異なり、また、背後にいる投資家の期待も異なるために、ベンチャーキャピタルは、投資先企業の上場に際して、保有株を売却して資金回収し、株価の値上がり益を享受することで投資を終了させ、同時に、その新たに上場株式となったものは、別の専門性をもつ投資運用業者の銘柄選択の対象になるのです。
 
金融と事業参画の違いは、非上場と上場の違いとは必ずしも一致しないのではないでしょうか。
 
 ベンチャーキャピタルが投資対象にするのは、原則として、上場を予定して創業される新興企業の株式ですから、いわば未上場の株式です。しかし、それ以外にも、多様な理由で上場されていない企業は数多くあり、また企業の事業部門を分離して別会社にしたり、上場企業を非公開化することで、新たに非公開企業を作ることもできます。
 これらの非公開企業の株式への投資は、一般にプライベートエクイティ投資と片仮名で呼ばれていますが、現在では非常に大きな投資の領域を形成していて、ベンチャーキャピタルは、その一部を占めるにすぎなくなっています。また、ベンチャーキャピタルにおいては、資金供給という金融機能が主たるものなのですが、他のプライベートエクイティにおいては、事業会社等への再譲渡を前提にして、一時保有を行う事業参画を主としたものも多くあります。
 逆に、上場企業においても、広く投資家を募る公募や、既存の株主に割り当てる方法、特定の第三者に割り当てる方法等により、新株を発行して資金調達を行うことがあり、それに応じることは、上場株式の投資においても重要な意味をもちます。要は、金融と事業参画、非上場と上場、この二軸が絡み合って、株式投資の全体を構成しているのです。
 
プライベートエクイティ投資において、ある企業から子会社、もしくは事業部門を買収すれば、売り手の企業に対する金融になるのではないでしょうか。
 
 ある企業から不動産や子会社株式等の資産の譲渡を受ければ、当該企業に対して、売却代金の形態において、資金を供給することになりますが、この金融手法は、事業再編や資産圧縮による売り手企業の経営効率の改善に連動する形で、現在では極めて重要な役割を演じています。
 また、企業にとって、業況の浮き沈みはつきもので、一時的に困難な経営課題を抱えるために、株式の発行や債務の負担という普通の形態における資金調達ができず、同時に、その困難な課題を解決するためにこそ資金調達が必要になることは珍しくありませんが、そうした場合でも、資産売却による資金調達は可能である点も見逃せません。
 
困難な状況だからこそ、割安な価格での譲渡を受けられるということでしょうか。
 
 プライベートエクイティ投資が創造する付加価値は、第一に、企業が子会社株式、あるいは事業部門を売却して資金調達を行うに際して、より低廉な価格で譲渡を受ける、即ち、自己に有利な条件で売り手企業に資金供給を行うという金融機能の付加価値であり、第二に、取得した非上場株式、あるいは事業の価値を維持し、更には高めて、他の企業等へ再譲渡するという事業参画機能の付加価値なのです。
 また、いうまでもなく、事業参画機能のなかには、成長戦略を実現するために、新株の引受け等により資金供給する金融機能を含むわけですから、整理すれば、プライベートエクイティ投資は、事業の売り手企業に対する資金供給という金融機能、当該事業に参画する機能、その参画の一環として当該事業に対する資金供給を行う金融機能を通じて、付加価値を創造するものなのです。
 
上場株式への投資についても、同じことがいえるでしょうか。
 
 上場株式に投資できるということは、それを売却する投資家がいるからで、なかには何らかの都合で資産の現金化の必要にせまられて売却する投資家もいるわけですから、上場株式投資にも売り手に対する資金供給という金融機能があります。ただし、これは金融機能と呼ばれるよりも、売り手は買い手を必要とし、買い手は売り手を必要とすることは、一般に市場の流動性の問題とされているので、流動性の供給と呼ばれるべきです。
 こうして、適時に適切に流動性を市場に供給することは、株式を割安な価格で取得することを意味するのですから、そこに上場株式投資の付加価値源泉があり、また逆に、適時に適切に流動性を市場から引き上げることは、株式を割高な価格で売却することを意味していて、そこにも付加価値の源泉があるわけです。
 
流動性の付加価値だけでは、投機とはいえても、投資とはいえないのではないでしょうか。
 
 株式投資は、投機、即ち流動性の過不足をつく短期的な売買ではなくて、長期的な視点のもとにおける事業参画だとされています。このことは、いうまでもなく、投資においても流動性の付加価値は無視し得ない要素だとしたうえで、それ以上に事業参画の付加価値が重要だという意味です。
 事業参画というとき、プライベートエクイティ投資の場合には、多くの場合、議決権の全てを取得していて、経営参画の次元にあるわけですから、その意味は明瞭ですが、上場株式の場合には、経営参画しないのが原則ですから、事業参画は銘柄選択に帰着することになります。
 つまり、投資家は、受動的な事業参画を前提として、周到なる調査を実施して、事業参画するに足るだけの経営戦略の差別優位、見識と経験を有する経営執行体制、健全なる企業統治の構造を備えていることについて、確信を形成できる銘柄だけを厳選して投資する、その選択活動こそが事業参画の実質だということです。ただし、例外的に能動的な事業参画として、増資の引き受けがあります。
 
しかし、昨今の風潮としては、上場株式投資においても能動的な経営参画が必要だとされているようですが。
 
 上場株式の保有分布において、いわゆる機関化、即ち、年金基金等の重い社会的責任を負う投資家の比重が上昇し、しかも、それらの投資家の運用資金額が巨大化したために、銘柄選択が機能しにくくなっているとされ、また更には、銘柄選択を放棄したインデクス運用の普及もあって、株主としての能動的な経営参画の必要性が求められるとする論調があります。
 その際、経営参画は、議決権の積極的な行使や、株主としての経営者との対話などを通じて行われるとされるわけですが、参画の程度は様々であり得て、現実に、比較的軽度のエンゲイジメント、即ち経営関与と呼ばれるものから、深く経営戦略にまで論及するアクティヴィズム、即ち積極的経営介入まであります。
 しかし、こうした論調や実践があるとはいえ、上場株式運用の銘柄選択による事業参画という原理原則は変えようがないのですから、銘柄選択が機能しないことを前提とした工夫ではなく、銘柄選択が機能するように市場構造を改める工夫が先決課題でなければならないはずです。その際、論点は、そもそも上場株式市場というのは資金調達の場なのだという基本中の基本の再確認です。
 
資金調達の必要性が企業経営を高度化させるということですか。
 
 原点に返り、第一に、株式投資とは、資金供給という金融機能と事業参画が合体したものであること、第二に、上場株式市場とは、投資家の厳格な銘柄選択によって、成長する企業の資金調達を支援し、そうでない企業の被買収等による淘汰を促す場であることが確認されれば、それで十分です。
 つまり、優れた企業が成長するのではなく、成長するためには資金を必要とし、資金調達を有利に行うために、経営改善努力が促されて、優れた企業になるのです。故に、上場株式への投資は、資金供給という金融機能を基礎において、受動的な事業参画で成立してきたこと、この原点の確認が必要なのだということです。

以上



次回更新は、10月15日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫
2020/06/25掲載「コスト削減からリスク削減へ
2020/03/19掲載「安っぽいSDGsとESGで儲けようとする君たちへ
2019/09/12掲載「成長しないものに投資価値はないのか
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。