市場原理からいえば、事業承継を問題にすること自体が問題です。なぜなら、事業に価値があれば必ず承継するものが現れるはずですから、事業承継は問題にならず、承継するものが現れないことは事業に価値がないことの証明であって、価値がないものは消滅すべきですから、そこで事業承継を問題にしてはならないのです。故に、事業承継に問題として意味があるとしたら、様々な理由で市場原理から外れてしまった事案だけだということになります。
例えば、市場原理を支えるものに情報の対称性があって、価値のある事業でも市場で知られていなければ承継者が出てきません。普通は、どの事業者にも広範囲に及ぶ取引先があるので、そうした問題は起こり得ないはずですが、取引先の範囲が非常に狭い個人事業主等の場合にはあり得ることで、そこに情報の流通を促す工夫等の諸施策が必要になるのでしょう。
また、例えば、取引費用が大きすぎても、市場原理は働きません。つまり、承継の条件として、大きな追加投資が求められる場合や、逆に、一部の事業の整理等が必要で、それに伴って大きな損失の計上等が見込まれる場合には、承継されるべき価値を内包する事業でも、承継は簡単でなくなりますから、やはり、費用の合理化等のための諸施策が講じられなければならないわけです。
こうして、多種多様な理由で、多種多様な事情のもとで、行政や金融等の様々な場面で、事業承継が問題となり、日々、様々に解決されているのだと考えられます。
成長性の欠如も、市場原理が働かない理由になっているでしょうか。
成長性の高いほうが事業価値も高いでしょうが、成長性のないものにも事業価値はあります。故に、金融の立場からいえば、成長していない企業でも、事業活動により付加価値を創造している限り利息の支払い能力はあるので、運転資金の融資対象になるのです。しかし、昔から争われているように、成長していない企業に元本の弁済能力はない可能性があって、実際、かつての金融庁は、そうした融資を疑似資本と看做していました。
つまり、成長していない企業の一般的な構図として、事業活動に必要な固定資産を自己資本で支えていて、運転資金を負債調達で賄っているときに、その負債を弁済しようとすれば、廃業して清算するほかなく、多くの場合、固定資産は、事業継続をしている限り価値を有していても、廃業すれば価値の多くを失いますから、負債を完済できるか微妙なところです。
この事情は負債がなくても同じことで、一般に、固定資産を処分した後の自己資本の残余は僅少だと推定されますから、成長していない事業については、継続基準では価値があるにしても、清算基準では全く価値がないか、僅かしか価値がないことになります。このとき、市場原理のもとでは、価値評価を保守的に行うほかなく、承継困難になるのだと考えられます。
低廉な簿価で優良な不動産を所有している場合は別ですね。
事業所が所在する場所の周辺環境が大きく変化することで、継続している事業の価値よりも、保有している土地の価値のほうが高くなることは、珍しくもないでしょう。その場合は、市場原理の素直な働きとして、承継者の立場からいえば、事業を継続しないほうが合理的となり、不動産だけを承継することになるはずですから、不動産の取引にはなっても、事業承継にはならないでしょう。
事業承継は、まさに承継なのですから、事業が継続している限り価値があるのなら、理屈上は、成長性がなくとも承継され得るのではないでしょうか。
事業承継は、形式的には資本の移転になるわけですが、一般的な理解として、資本は本質的に成長を志向するものだと考えられているのではないでしょうか。ならば、成長しない資本という概念自体が矛盾したものになってしまいます。つまり、資本の回転、即ち、承継された資本は、再度、別のものに承継されていくことを想定したときには、その間に資本が成長によって増殖していなければ、経済取引としての事業承継は成立しないというのが一般的な考え方だと思われます。
しかし、投下資本は、譲渡によって回収されなくとも、長期的に配当で回収されてもいいのではないでしょうか。
事業価値がある限り、即ち、事業活動により付加価値が創造されている限り、金融として、資本形態であれ、負債形態であれ、資金供給したものに対しては、必ず計画的に回収することができます。そこには、成長という要素は必要ではありません。
先ほどの資本性のある運転資金の調達にしても、本当は、事業者が経営努力することで、毎期生じる小さな内部留保を用いて借換えのたびに負債を微減させていき、長期間かけて完済し、内部留保だけで運転資金を充足させることができます。ただ、そうすることの実益が乏しいだけです。また、設備投資のための長期負債の調達は、計画が進捗して設備が本格稼働した後は、そこで創造される付加価値を用いて、計画的に元利金の弁済がなされるのが原則です。
資本は、事前の弁済計画が全くない点で負債と異なりますが、資金調達の手段であることは同じです。しかし、資本は全く無制約な資金調達手段で、満期償還すらないので、出資者の立場からすれば、常に再譲渡による投資回収の可能性を考えざるを得なくなるわけです。そこで、別の回収方法として、弁済計画に替えて、例えば、計画的な配当還元のような仕組みがあればいいと考えられます。
ここで大きな難問は、仮に年率5%の配当でも、投資元本の回収に20年も要してしまうという超長期性です。しかも、配当の支払いには保証がなく、あくまでも期待にすぎないという大きな不確実性が加わりますから、配当による投資回収を前提とした出資は、経済取引としては、簡単に成立しないでしょう。
投資運用業の立場からは、超長期的なものは事案になり得ないということでしょうか。
事業承継においては、事業者間の直接承継だけではなく、投資運用業の重要な一角を形成するプライベートエクイティの投資ファンドを介在させる事案も増えてくると思われます。つまり、一旦、ファンドが事業を売り手から取得し、適切な買い手に再譲渡するわけですが、このとき、ファンドは、売り手と買い手の情報を媒介し、保有期間中に事業の再編等の必要な処置を行うなど、市場原理を効率的に働かせる機能を演じるのです。
こうした投資運用業においては、一定期間中に再譲渡による投資収益をあげることが目的となりますから、成長可能性のない事業は当然に投資対象になり得ませんし、超長期の投資対象も扱い得ないことになります。
保有し続ける投資運用業はあり得ないのでしょうか。
経済全体の視点においては、事業承継とは、資本の論理と市場原理の徹底による産業再編が進行するなかで、産業全体の成長が実現する過程において生じる多数の事業者の再編、合併、淘汰等の現象の総称なのであって、投資運用業は、そのなかで資本の論理を体現する金融機能にほかならないのです。
しかし、複雑な多様性を内包する経済の動態においては、経済全体の成長過程のなかで、成長しないもの、あるいは衰退するものすら、それぞれの役割を演じていて、それらの存立のためには金融機能を必要としているはずですから、投資運用業のあり方にも、成長を志向しない形態があり得ると考えられます。例えば、不動産の投資運用業についてみると、現実に、一方で、成長、即ち開発への投資があり、他方で、開発済みの物件を長期保有する投資もあるわけです。
リートですね。
リート(REIT)の優れた工夫は、リート自体は不動産を長期的に保有しますが、リートそのものが上場されているので、投資家はいつでも市場で売却することにより換価でき、しかも、不動産の賃料収入の期待値にかかわる不確実性も、多くの物件への分散投資により低減されていることです。
では、同様の工夫により、多数の企業を長期保有するプライベートエクイティの投資ファンドを上場させることができるかという問題になりますが、その理論的な可能性は周知のことで、実際に様々な具体化への取り組みがあるのですが、現実には多くの困難を伴います。なぜなら、プライベートエクイティは、不動産とは大きく異なり、第一に、投資対象の客観的な公正価格を算定できず、第二に、いかに分散を進めても配当収入の安定性を実現できないからです。
では、逆にいえば、投資対象の客観的な公正価格を算定できて、配当収入を安定化させることができれば、実現の可能性がでてくることになります。ならば、額面があって、定期配当の約定がある出資形態を工夫すればよく、それは劣後ローン、優先株式等の名称のもとで既に現実に存在するものです。
先ほどの資本性のある運転資金融資も、実質的には、同様のものですね。
要は、最初の議論に戻るわけですが、成長しない事業にも確かに価値はあるのですが、その価値を金融的に回収する方法としては、資本形態では極めて困難であり、負債、代表的には融資、あるいは資本性のある融資が適切だということです。
そうだすると、それらを投資ファンドに仕立てて上場させるという理論的には興味深くとも、現実的に難しい道よりも、現に信用金庫や信用組合が行っている融資の延長に答えを求めたほうが簡単だろうと思われます。実際、信用金庫や信用組合は、地域社会等の共同体によって所有され、共同体内部の蓄積を内部経済に還流させ、そこで創造された付加価値を更に共同体に還流させる仕組みですから、一種の私的なファンドともみなせるわけです。
ところが、ファンドに比べて、信用金庫や信用組合の事業は高度に規制されています。今後、信用金庫や信用組合が事業承継や地方創生等において重要な役割を演じていくためには、大胆な規制改革が必要なのでしょう。
2019/08/01掲載「金融の王道は信用金庫と信用組合にあり」
2018/06/07掲載「ラーメン産業に投資する方法」
2017/03/30掲載「地域経済を連結すると信用金庫になる」
森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。